市毛良枝のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
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市毛良枝の山なんて嫌いだったやっと読めた。ハワイの山憧れるな。あんまりハワイに山目当てで行く人居ないけど。市毛さんは運動神経は全く無かったけど、山はハマったって言ってて、山歩きはそういう万人に開かれた素晴らしいスポーツだと思う。
これが登山だという認識も、登山はスポーツだという認識もな かった。それまでは高所を目指したり、ザイルやピッケルを使って 岩山や雪山に登ること、つまりエベレストのような山に登ることを 登山だと思っていた。自分は歩いて登っただけ。ただ歩いただけな
人の和には自信があるなんて言ったって、ちょっと落ち込んだだけで、もうこの世界 で友だちといえる人はいないなんて思ってしまうほど、希薄な人間関係しか作ってこな かった。劇団のような大きな組織に属していない限り同僚がいるわけではないから、元 気のないときはひどく孤独感を感じてしまう。いったい、長年なにをやってきたんだろ うと思うと情けなかった。 向いていない⋯⋯。やめたい⋯⋯。 長い間浮かんでは消え、消えては浮かんできた気持ちだが、このときほど強く思った ことはない。まわりで起きている問題とは別の、自分の内なる問題だった。 でも、仕事も私生活も、すべてが離れ合い、絡み合ったこの状態では、やめることも 許されなかった。 幸い私には学生時代の友人や、仕事以外の友人がいて支えてくれた。そして山に行っ ていれば、時折見知らぬ人に指差されることはあっても、いつでも、ただの人でいられ 山は、自分の力で一歩踏み出さなければ、誰も登らせてくれない。どんな人も対等 に、やったことが、やっただけ自分にかえってくる。そして山の仲間たちが、ひとりの 人間として当たり前に接してくれたことで、私は芸能人といわれる特殊な人ではなく、 普通のひとりの人間であっていいのだと思えるようになった。
ホノルルに来て山に登る人は少ないだろうけれど、私たちとしては山に登らなければ 始まらないではないかということになった。以前、ダイヤモンドヘッドに登ったことは あったが、ほかにもいいコースはないかとガイドブックで探し、早起きしてトレッキン グに出かけた。
一見なにごともないような、人間が主導権を握って いるように見える都会のほうが危険予知能力をそがれてしまってい て、より恐ろしいような気がする。
確かに彼女の言葉は、一般的に誰もが抱いている女優に対するイ メージだ。しかし、山に登るようになってから、生活のほとんどは パンツやTシャツなどのような山のウェアで過ごしている。外出着 も対外的に許される限りアウトドア・ファッションである。 というのも、山のウェアは素材が良く、耐久性、機能性の面で優 れているので、度着るとその快適さにやみつきになってしまうからだ。そして、なによりもシンプルである。
一年の三百六十日も休みなく、お金を遣う暇もないほど働いていた時期があった。ばかばかしいことだが、なんだか白分が無性に可哀相になって、自分白身をほめてやるつもりで宝石を買ってみた。よほど淋しかったのか、そんなことが数年続いた。その熱がおさまったとき、前より、もっと淋しい感じになった。 ものでは幸せにはなれなかったのだ。 山に行けば宝石類なんてなんの価値もない。季節ごとに彩りを変える草木、風雪に耐えて可憐に咲く花々⋯⋯それ らのほうがはるかに美しい。
自分の求めるもののために長い休暇をとってニュージーランドに 行っていたとき、真剣に、「半年も日本を離れていたら、動きの早 いこの世界ではすぐ忘れられちゃうよ」と助言してくれた人がい た。しかし、私は「そうかもしれないなあー。そうだとしたらそれ も私の運命だろう」と思った。人が絶賛してくれることより、自分 が認める自分でいたかったのだ。仕事をセーブしてでも、やりたい ことをやらせてもらっている今は、以前よりももっとわがままに なったといえるかもしれない。
父の病床に二カ月間付き添って、父の跡を継いで医者になればよかったと初めて後悔 した。今からでも本気にやりたいと思うならできる。でも今から医者になって社会に役 に立つようになるには時間がかかりすぎて、少しもったいない。 -
Posted by ブクログ
市毛良枝さんが登山をされているというのは聞いたことがあったが、この本を読んで、想像以上に本格的な登山を経験されていると知り驚いた。もはや登山家!
物静かな俳優さんというイメージだったので、本から伝わる気さくで芯がある強さを感じさせる文章に意外だなと思った。
山に登るようになってからの人とのつながりが多く語られているが、なかでも田部井淳子さんとのふれあいにひかれた。田部井さんて魅力的な方だったのだなと改めて感じた。同郷なのでなんだか嬉しい。
市毛さんが山を通じて、人とつながり、活動している様子はとても精力的で刺激を受ける。あの小さな身体にどうしてこんなパワーがあるのかしら?なんだか私も山に登りたくなってきちゃう。
いまこの本にもでてきた『みちのく潮風トレイル』が気になってます。
田部井さんが市毛さんにかけられたことば
「自分の山をやりなさい」
「学びは究極の遊びです」という市毛さんのことばが印象的だった。
ニュージーランドで短期滞在の学生として過ごされていた時期があるという。
「良枝は将来何になりたいの?」
と問いかけられ戸惑ったそうだ。このことばに私はどきっとした。自分にも問いかけてみたい。
市毛良枝さん魅力的な方だなぁ。登山愛好家のエッセイだと思い読み始めたら、人生を考えさせられる良本でした。良い刺激を受けました。ありがとうございました。
市毛さんのニュージーランド記も読んでみたいなぁ。書いてくれないかしら??
20250308
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Posted by ブクログ
ニュージーランドの世界一美しいと言われるミルフォード・トラックを歩かれた話から始まり、40歳で山ガールデビューされた市毛良枝さん、最初の山登りがなんと燕から常念への2泊3日の小屋泊縦走だった事にも驚きました。
若い時からスポーツとかされてなかったインドア系のお嬢様育ちの女優さんが突如山に目覚めてキリマンジャロとかヒマラヤトレッキングにも行っちゃうのだかもう素晴らしいの一言に尽きます。山をやりだすと誰もが一端の哲学者みたいになっちゃうところもアルアルのようなんですが本当に素晴らしいと思いました。
また、女性で初めてエベレストに登った田部井淳子さんとも親交を深められたり、他にも加藤則芳さんとか超一流の登山家や冒険家、山小屋の主人やカメラマンとも親交がありそこらは女優妙理に尽きるなと感じました。
母の介護とかで山から遠ざかる時期もあったようですが30年以上も山をやっていらしたとか尊敬に値しますし素晴らしく思います。
また、40歳で初めて登山されたルートを23年後と言うから63歳であるかれて常念どころか槍ヶ岳に大喰岳、中岳、南岳と縦走され体力的衰えも全く感じなかったとかすごすぎる。田部井さんに連れられて国内外登ってきたお陰なのかもw
私は国内しか行くの難しいと思いますが、「黒部の山賊」の著者の伊藤正一さんが開拓された伊藤新道。廃道化してたルートなんですが、昨年より整備が進み歩けるようになったようなのです。そこを通って北アルプスの最深部の雲の平に行ってみたい。 -
Posted by ブクログ
この本を手に取った時、ちょっと躊躇った。今年、私は足を傷めて山に登れなくなった。山登りを始めてから、初めて、夏はどの山にも行けなくなってしまい、治療に明け暮れた。なのに手に取ってしまい、読み始めると、頂上からの眺めの感動や、ここだけの植物との出会い、登山道を踏み締める感触が思いだされてちょっと悲しくなった。
でも、読むうちに、市毛良枝さんの言葉は山への想いや感動がキラキラしていて、だんだん引き寄せられた。
どの山へ登っていても、誰と出会っていても、市毛さんは市毛さんだし、そのことがとても好ましくなった。
体を治そう、無理なく鍛えよう、そして私もまた、山へ行きたい、そう思えるようになった。技術や経験でなく、とにかく山が好き!なら、今からでもまたやり直せるだろうか。
後半は、田部井淳子さんやトレイル協会の加藤則芳さんなど、山を通じて縁を得た人たちとのお話。思うように山へ行けない介護のさなかでも、筋力を鍛えようとする姿は、山へ行くための努力を語らない、市毛さんの姿がふと垣間見られた瞬間だった。 -
Posted by ブクログ
女優の市毛良枝さんの著書ですが、この女優さん前からとても大好きな方です。
登山をされるということは、数年前に知りました。
でもこの本を読んで、彼女がどういった形で登山をはじめ、何をもとめて登っているのか、そして最終的には自分に向き合うためにここにいるのだということに気がつくまでの葛藤など、自分を分析しながら、さっぱりとした文章で書かれています。
とても読みやすく、そして、彼女の私生活にどれだけ山が関与しているかが分かります。
かっこすぎず、肩肘張らない彼女のそのままの姿が、そのまま載っている、そんな感じの一冊です。
以外や以外で、数々の登山家や冒険家の方々とのお付き合い、そしてそのお付き合いが出来るまでの出会いなどもびっくりするほどスマートです。
たまには、山岳本も読んでみるといいですね。
登山口にたったあの瞬間、そしてピークで味わう達成感。
同じように登山を趣味としている方々には、自分のことにように感じる部分が多くあります。
市毛さんの文章力もすばらしいですね。
もっと書いてもらいたいなあと思います。 -
Posted by ブクログ
俳優の市毛良枝さんが、百歳で亡くなられたお母さんを介護された記録。
市毛さんのお母さんは、わがままなお姫様だったが、なぜか人に好かれる人だった。
八十代後半から、脳梗塞や骨折を繰り返し、何度も入院、リハビリを経て、市毛さんとその友達らと、九十代後半になっても、アメリカなどに何度も旅行に行っている。
リハビリを頑張ると、毎回、医療関係者でも驚くほど回復し、それが市毛さんの励みにもなっていたようだ。
それにしても、不規則な俳優という仕事をしながら、看護を続けるのは大変だったと思う。
正直、ここまでしなくてもいいのに、と思うところもあったが、これも市毛さんの頑張る源になったのだろう。そして、市毛さんも、周りに支えてくれる知人がたくさんいたようで、できたことなのだろう。