藤野知明のレビュー一覧
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いつも古本しか買わないけれど、これは早く読みたくて珍しく新品を買った。
「残り時間がなくなっていくような感覚がありました。」
そんな焦りがうまれるのも当然。最初に急性症状が出て救急車を呼んだ日から、姉を医療に繋げるまでに25年も要してしまったのだから。
「姉ともっと会話ができるようになりたい」
幼い頃、姉に優しくしてもらった弟の
切実な願いだったことでしょう。
全体的にとても拙い文章だけど、いや、拙い文章だからこそ逆に伝わってくることもあって良かったのかもしれない。もちろん上手い文章のほうが読みやすいけれど、この本は編集者の手助けが入りすぎていないように感じられるところが良い。それだけ -
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うーん。どうすれば良かったのだろう。
私は、一部noteにも書いているけど、統合失調症のサバイバーで、まさにここに書かれていたような内容を、自分の家族が感じ取っていたのだろうと想像しながら読んだ。
私の場合は、私自身が早めに受診して治療を受け、障害者雇用ながらも社会に復帰して、現在は無事働いているので、この本の家族に起こったようなことを経験した当事者でもありながら、同時に健常者で全く無関係で居たいような不思議な気持ちで本書を読み終えた。
ドキュメンタリーを観ていないので、私がこの本について言えることは極めて限られるが、当事者としては、この本を書かずにはいられなかった家族の一人の気持ちが、極 -
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映画の方は観ていないのだが、タイトルが気になったのと、このご家族が地元の方だと知って手に取った。表紙を一見しただけで、重い内容であることは予想できるのだが、タイトルで著者が読者に投げかける問いには、きっと何かしら自分も考えさせられるものがあるのだろうと思いながら読み始めた。
なんともやりきれない話だった。「どうすればよかったか?」という問いは姉に対してではなく、両親に対してのものだった。なぜ姉を受診させるまでに25年もかかってしまったのか。
両親ともに医師で、姉も医学部に入学。教育虐待のみならず、姉が統合失調症を発症した後、受診をすすめても世間体を気にして病気であることを認めようとせず、「あな -
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自分の記憶に深く刻まれたドキュメンタリー映画。
お姉さんの棺桶に論文を入れるお父さんに怒りを覚えたこと。最後のお姉さんのピースする姿に泣けたこと。
苦しむ娘と、「鈍感」で「愚か」な両親。
壮絶な家族の物語。
本当に「どうすればよかったか?」
書籍化にあたって、映画で描かれなかったことと、「どうすればよかったか」の答えが導き出されていて、映画に魅せられた観客の1人としては読まずにはいられない本だった。
いくつもあった岐路。
そのチャンスをことごとく逃した家族。
何度もお姉さんのお茶目な姿が目に浮かぶ。
あの健やかさを取り戻すチャンスはこんなにもあったのなに。
ほんの少しの親の愛情の踏み間 -
Posted by ブクログ
身内に当事者がいる立場として、本作は決して他人事ではなく、藤野監督のおかれている状況に共感しながら読んだ。
映画も観ているが、文章からは両親の判断は誤っていたのではないか、もっと早く医療に繋げられていたのではないかという監督の自責の念が、よりはっきりと伝わってきた。
姉を人として尊重し、ねばり強く向き合う姿勢には監督自身の優しさと覚悟を感じた。
一方で、身内は精神病棟への入院が長期化してしまい悪化したため、入院するかしないかの二択の話ではない気がした。(著者も実体験から十分認識されていると思うが)
現在進行形で、どうすればよかったか?どうすればよいか?と悩まされているが、このドキュメンタリ -
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昨年だったか一昨年だったか、本書の元となった映画が劇場公開され、数十年ぶりにミニシアターに公開作品を観に行った。
50人程度の収容人数の劇場だったが満員で、パイプ椅子が追加されて公開されていたことを覚えている。
本書は、著者が自身の姉を撮影したドキュメンタリー映画を書籍化したもの。
著者は、姉の様子が明らかにおかしいことに気づいていて、それでも医療の助けを拒んだ両親を説得もできず、著者自身も苦しみ、いざとなった時に、姉の症状を確認してもらえるよすがにしたいと撮影を始めたという。
著者も言及しているが、発症からこれほど時間が経っていても、きちんと治療を受けることでこんなにも状況が改善するなら