エドムント・フッサールのレビュー一覧

  • 現象学の理念

    Posted by ブクログ

    本書を読むにあたって、まずは、
    入門用にセンチュリーブックス
    の「フッサール」を読んだ。
    前置きもなく本書を読めば、
    多分、撃沈していただろう。

    朧気ながら、何をテーマにした
    哲学なのかといったことは理解
    したが9割方意味不明だった。
    それから、本書に挑む。

    結果、読破することは出来た。
    理解できたと思えるまで一つ
    一つの章を五回から十回ほど
    繰り返し読み直し、分からない
    哲学用語があればChatGTPに
    尋ねながら進めた。
    ただし、聞くのは用語だけだ。

    例えば " 超越的認識 " に
    ついてGTPに尋ねても正しい
    回答は得られない。誤った
    解釈で返ってくる。Copilot
    でも試したが、AIと哲学に
    ついて語り合うといったこと
    は現在でも不可能なようだ。

    いずれにせよ、せっかく
    現象学を理解しかけたのだから、
    フッサールの他の本も読んで
    みようと思う。

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    2024年03月14日
  • 現象学の理念

    Posted by ブクログ

    まず竹田青嗣氏の「超解読!はじめてのフッサール『現象学の理念』」を先に読んでいたので、比較的文意を理解しやすかったように思う。
    ただ、竹田氏の解釈と比較しながらフッサールの思索の軌跡を追っていったつもりではあるが、どうしても竹田氏の解釈に僕の思考が引っ張られた感は否めない。

    そこを前提としての所感になるが、フッサールがエポケー(判断停止)によって自然的超越(外界の事物)を本来的認識の明証性の議論から排去したことと、その上ですべての認識は内在における「あたえられかた」の直感とその様々な様相の構成によって明晰な妥当性を得るというフッサールの現象学的還元の要諦は読み取れたように思う。

    ただ、本書はフッサール現象学の初期の、学生に向けて編まれた講義録であるが故に、論を立てるに当たっての注意深い(取りようによっては迷走的な)既存の認識論(デカルトのコギトエラズム、カントの悟性、科学主義、心理学などを含む)が行なった主客的中の方法論を退ける要素に多くの字数を割いており、肝心の現象学的還元の具体的な方法についてはまだ入り口に立ったところ、即ち、序章というふうな印象を受けた。

    また、5章における内在への対象の明晰な「あたえられかた」が個的なものから一般へと構成される(たとえば、家の様々なパーツの色や形の記号的な認識から家という一般認識が内在において純粋に明証的に構成される)といった考え方は、現代の機能脳科学における認識の段階的な成立の仕方と類似した構造を持つように思った。たとえば、バラバラな部分の認識を統合して意味のあるひとかたまりの事物を認識するゲシュタルトは、フッサールの現象学的還元による内在的認識の構成に似ているのではと。それに連関して、人間の脳内における主観が主導しない認識の構築方法は、現代の人工知能(AI)研究にも繋がるように思う。

    フッサールをもう少し踏み込んで咀嚼するためには、「イデーン」の通読が必要と感じた。

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    2020年02月07日