「炎暑」や表題作など、数々のアンソロジーで作品が収録あるいは映像化されてきながら、日本ではこれまでまとまった形で紹介されていなかった英国怪奇作家ハーヴィーの短編集。初訳3編を含む9編収録。
・2人の男のふとした思い付きが偶然の邂逅によって不穏さを呼ぶ、怪奇小説アンソロジーのマスターピースでもある逸品「炎暑」。
・神経衰弱の女性の付添い看護を任された看護師の体験「ミス・アヴェナル」はヴァンパイアものの変奏とも読める。
・先祖の不行跡が怪異を起こす「アンカーダイン家の専用礼拝席」は舞台設定からしてM.R.ジェイムズ風。
・ポルターガイスト現象の解明のはずがサイコホラー色を帯びていく「ミス・コーニリアス」は、タイトルになっている女性はもちろん主人公も含め、登場人物が皆厭な感じ。
・「追随者」はクリエイターの思い付きが現実を侵食してくる点で「炎暑」と共通しているか。老人の1人が語るアジアで発見された貴重な古写本、失われた奥義のあたりは、何やらクトゥルー神話の世界と繋がるような気も。
・盲目の老学者エイドリアンの右手が本人とは別個の意思を持ち、学者の死後切り離されて大暴れする表題作「五本指のけだもの」。怪物ホラーであり、不気味でありつつも黒いユーモアに満ちている点でも、他の収録作品とも趣を異にしている。
怪物化した"右手"は何らかが憑依したと思しいが、エイドリアンの陰の人格が顕在化(ジキルとハイドよろしく)したのか―と考えるのは深読みし過ぎか。
・旅行先で死体を発見するものの、自分の記憶が抜け落ちていることに気付く「道具」、敬虔なクエーカー教徒で人格者の大おばの周囲で起こる異変「セアラ・ベネットの憑依」、殺人で死刑になった男と、彼が罪を犯す前に3度遭遇していた男「ピーター・レヴィシャム」。この3作品は収録作の中でも特に宗教色が強い感を受ける。
またその他の作品も"何かが起きた"ことは描かれていてもその原因や理由までは明確に書かれていない。因果律や"天の配剤"といった考えを超えた―人間の眼には不条理に映ることも全て神の手によるもの―とでもいう、ともすると諦観とすら思えてくるようなところも、作家ハーヴィー自身の宗教観、なんだろうか。