ジャック・ケルアックのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
国や時代を問わず、多くの若者が抱える将来への希望や不安、どうしようもない孤独感を、アメリカ中のロードを駆け回るイカれた旅に重ね合わせているように感じた。
若い頃に感じる無限の未来・可能性と、とんでもなく広大なアメリカの大地、どちらも一見無限に続くように見えるけど、どんなに広大な大地にも終着点はあって、その終着点で起こる出来事は出発点で起きてることと変わらない。
どこまで行っても、誰と旅してても、常にどうしようも無い寂しさ、孤独から逃れえないというメッセージを繰り返し描く一方で、旅の途上で描かれるアメリカの原風景はとても美しく、ケルアックにとっての人生は、どこかに安住するのではなく、本当に美しいものを求めて路上を彷徨い続ける旅そのものであるように捉えていたのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
読書というより小説というよりひとつの人生だった。天使の若さの暴発を、そばにいて体験したのだ。
と書きつつ、第二部まではなにを読まされてるの?と退屈で仕方ない。だってここは2025年の日本で、舞台は1940〜50年代の遥か広大なアメリカ。若さゆえに金に女にここじゃないどこかにとピョンピョン飛び回るディーン像が想像でも立ち上がらず、ただひたすらに言動がころころ変わってついていけない。なんなら主人公パートしか読めない。
なんでこんなに分厚いの?と思って読み進めると、時折り登場する、人生への世界への鋭い洞察。そこに興味をもち後半に入ってくると、驚くことに前半の退屈さが繋がってくる。若さには前後なんてなく、今しかない。前半が今の集合体でしかなかったことが過去になることで、ディーン像に深みと奥行きを与える。おどけたクレイジーに哀愁が透ける。読み終えても、ディーンはどうなったのだろうと、私にしては珍しく登場人物の安否を気にしてしまう。これは原文で読めばもっとおもしろいのかもしれない。50年以上読み継がれ愛されている理由がよくわかった読書体験だった。 -
Posted by ブクログ
最高だったっ…!
冒頭の10ページほどでもう好きになってしまっていた。
要約の合間に描写がはさまれてるような感じなのに退屈さを感じないのは、文体がリズミカルなだけでなくて、語彙センスがずば抜けてるからなんだろう。
ディーンの父親は最後まで見つからず、サルはディーンを置き去りにした。おそらく、ここでディーン父は何かのメタファーであろう。
たしか1890年だかにフロンティアはなくなったとの宣言があったはずだが、ディーン父が産まれたのはもしかしたらその前後の年なのもしれない。であれば、ディーン父の不在はフロンティアの消滅を表してるのであり、かつてのアメリカのメタファーである。サルの旅が西へと向かうところから始まったこともそれを意識してるからだろう。
父を探していたディーンすらもサルは置き去りにする。もはや、かつてのアメリカはどこにもないし、それを探すこともしなくなった。
それでも最後は、僕はディーンとディーン父のことを考え続ける、という文章で終わる。サルは諦めたわけではなく、まだ旅の途上にいるのだろう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレロサンゼルス入り(出張)のお供に連れて行きましたが、よかった…!アメリカ!という感じで、心身がlandingに向けて準備された笑。ナボコフのロリータとは全然違うロードノベルw
もっと若い時に手に取ってたらどういう感想だったのだろう。
ふたり並んで仰向けに寝て、天井をながめながら、神はいったいどういうつもりで人生をこんなに悲しいものにしたんだろう、と考えていた。ぼくらはフリスコで会う計画を漠然とたてた。…アメリカの男と女はいっしょにいてもひどく淋しい時を過ごしている。すれてくると、ろくに話もしないでいきなりセックスに入りたがる。まともに口説こうともしないー魂について率直に語り合うべきだ、人生は神聖で、一瞬一瞬、貴重なのだから。(p.92)
「ニューヨークで会おう、テリー」ぼくは言った。一ヶ月したら兄さんと車でニューヨークに来ることになっていた。でも、きっと来られないのはふたりとも承知していた。(p.163)
ぼくは好きなことが多過ぎて、いろんなことをごちゃごちゃにしたまま、流れ星から流れ星へと走りまわったあげく落っこちるというのだ。でも、いまは夜だ、夜とはそういうものではないのか。ぼくがあげられるものは混乱した自分しかない。(p.200)
「…ねえ、淋しいのよ」
「なにが淋しいの?」
「ぜんぶ。あーあ、ディーンがあんなに狂ってるんでなきゃいいんだけど」(p.261)
「あんたは何年もずっとだれにたいしても責任を持とうとはしなかったもの。ひどいことばかりして、こっちも口の出しようがなかった」…「あんたはね、自分のことと自分の下らない楽しみのことしか、考えてないのよ、頭にあるのは、股の間にぶらさがってるもののことと、ひとからどれだけ楽しみと金が引きだせるかってことだけで、そういう人をも要らなくなるとさっさと棄ててしまう。それだけじゃない。あんたはバカよ。人生をまじめに考えて、人生をきちんとしたものにしたいと頑張っているひとがいるのがわからないの。みんながしょっちゅうマヌケなことをしているわけじゃないのよ」
それがディーンだ。聖なるマヌケ(ホーリー・グーフ)。(p.310)
ぼくらのじっさいの人生が、じっさいの夜が、その地獄が、意味のない悪夢の道がボロボロの狂気と騒乱でいっぱいだったとは夢にも考えないのだろう。なにごとも、内側は終わりもなく始まりもなく、空っぽだ。無知がさまざまな悲しい形になる。(p.406) -
Posted by ブクログ
ネタバレ主人公の作家・サルと親友ディーンはアメリカ大陸をヒッチハイクや自分の車で東西(最後はメキシコ)に行ったり来たり、道中はほぼ酒、盗み、ドラッグ、セックス、しかない。
盗んだバイクで走りだしてずっと走り続けたらこうなった、みたいな…(汗
「あらゆる文化に決定的な影響を与えた伝説の書」(裏表紙)だそうですが今だと迷惑系ユーチューバーっぽいかな。文章や構成も、めちゃくちゃなスピードで車で走った!いい女がいた!走り去った!目的地に着いた!という繰り返しで動画っぽい。
「旅がしたい」と思って手に取りましたが衝撃的でした。女性がモノ扱いというか、心を通わせるとかないんかーい、みたいな。でも自分にとっては異文化すぎて面白いと言えば面白かったです。令和の文学にもこういう「ありえない」疾走感が必要なのかも。 -
Posted by ブクログ
正直言うと、いったい、いつになったら読み終えるものかと途方に暮れてしまった。おそらく僕自身、読むことで、読みながらにして日常生活の隙間から見える“旅路の果て”へと意識を向けていたかのような、読書の最中というものは少なからず意識は“飛ぶ”ものだと思うけれど、今回のそれは、いかにも広大な旅路の眺めだった。
ちょっと言い過ぎかな。呑まれ過ぎかな。
“ロード”をして即ち人生に擬えることは、きっと安易で、有りがちなことで、すでに数多の言葉にて語り尽くされているだろうことは想像に難くない。時代とか世代とか、今を生きる僕らは、いつでもそれらの真っ只中にいて、気付かないこともたくさんあると思うけれど、気付かないことや、知らないことを、そのままにして次代を望むことなど出来はしない。ゆえに僕らは考えたり、探したり、悩んだり、摑みどころのない問題の数々を解こうと試みる。“ロード”に何らかの、解決の糸口を見出そうとした彼らの、剥き出しの物語だった。“ロード”については時代も世代も、じつは無関係で、そもそも人類は移動を繰り返すことで生を繋いできた。それこそ人類の生命力の源であり、根元的な欲求であることは間違いないだろう。思い思いの場所に根を下ろした彼らの振る舞いから、何らかの彩りを感じただろうか。生命力を誑かす数々の誘惑に溶けきってしまった日常は一見居心地が良く思えるけれど、何らかの違和感の、それらが不満や鬱憤などとは気付かないほど些細な齟齬の積み重ねなどは避け難く、少しずつ表出し、漏れ出し、いずれ隠しようのない、明らかな居心地の悪さとして確信に至るだろう。その場に居たのが僕らなら、きっと茫然としてしまうに違いない。
しかし彼らは実践してみせた。
“ロード”へ、と。
止まることのない移動の、すなわち生への欲求の発露。誰へ向けても、分け隔てなく開かれた“ロード”へ。
その一端に立つことで、僕らは、きっと自由を手に入れる。唯一無二の人生を手に入れることができるのだろう。