2013年、ガザ・イスラーム大学の教員リフアト・アルアライールと彼の学生たちが、2008年12月~2009年1月にかけて行われたイスラエルの軍事侵攻「キャストレッド作戦」をガザの側から小説として記録した23篇の短篇とショートショートを収める。原著は2014年に米国で刊行、日本語訳は2024年刊行の新版にもとづく。編者のリフアト・アルアライールは2013年12月にイスラエルのミサイル攻撃で殺害され、新版の刊行時では本書の執筆者6名と連絡が取れていないという。
原著の序文でアルアライールは、パレスチナの人々と物語の特別なつながりについて語っている。「物語は、人間その他すべての経験を超えて生き続けるのだと、書き手たちは知っている」「誰もが物語や物語る行為に触れてきたのだから、私たちすべてのなかに、あるパレスチナ、救い出すべきパレスチナが存在している」(25)と書いている。だから、まさに物語ること自体が抵抗となり、反撃となる。イスラエルの側もそれを理解しているからこそ、ジャーナリストや知識人を、大学や学校を、さらに物語そのものを淵源となるパレスチナの人々と土地のつながり自体を切断しようと躍起になっているのだ。
このアンソロジーの小説はどれも読者を引き入れる力を持っているが、その伝で言うなら、アルアライール自身が寄稿した2つの短篇、「家」と「老人と石」は気が遠くなるほどの絶望に落とし込まれながら、その中にかすかな希望を掴み取ろうとするパレスチナの人々の苦闘が滲み出ていると思う。「家」では、イスラエルの分離壁のために自分が建てた家に戻れなくなった難民が、それが自分の家であることを示すためだけに危険を冒して爆破を企てようとする。「老人と石」では、自分の弟が持って来た石を「エルサレムの石」だと信じて大切にしてきた老人が、それが虚偽だという息子の話を信じられず惑乱する物語である。
加えて忘れてならないのは、このアンソロジーの書き手たちが自分の第一言語ではない言語で書かなければ、自分たちが圧倒的な暴力に曝され続ける日々を聞き取ってもらえないという非対称的な状況である。岡真理が巻末の解説で書いている「ジェノサイドを止められない私たち」は、そのような構造を彼ら彼女らに強いているのだ。