ジョハンナ・シュネラーのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
カナダでは2016年、一定の要件を満たす成人に対する医療介助死(Medical Assistance in Dying: MAiD)が合法化された。本書は、制度の開始当初からMAiDに携わってきた女性医師と、彼女が死の介助を行った患者たちのストーリーである。
2015年2月に、医師が死を願う患者に死の介助をすることを罪に問う現行刑法を、カナダの最高裁が違憲と認定した。その判決を受け、2016年6月にMAiDの要件や実施方法を定めた法律が施行された(法案C-14)。その要件は以下の通りである。
1. 病気、疾患、または障害が深刻で治癒が見込めないこと
2. 能力が不可逆的に低下し続けていること
3. 耐え難いほどの身体的または心理的苦痛が継続しており、患者が許容できるいかなる方法によっても軽減できないこと
4. 自然死が合理的に予見されること(reasonably foreseeable natural death: RFND)
問題になるのは4番目の条項で、RFNDと呼ばれるようになった。「自然死が合理的に予見される」とはどういうことか? 具体的には何か月先か? それとも何年先でもよいのか? ここに曖昧さがある。さらに、慢性疾患では自然死までに長期間を要するケースもある。こうした場合、MAiDは行えないのか?
次いで2021年3月、MAiDの要件が緩和される法が可決された(法案C-7)。すなわち、自然死が合理的に予見されることが、MAiDの一律の適格要件ではなくなったのである。自然死が合理的に予見できなくてもMAiDが認められるようになり、これはトラック2と呼ばれる。実際にはMAiD全体の中でトラック2が占める割合は多くはないが、MAiD全体の実施例が増えるとともにトラック2も増えつつある。ちなみに、2024年にはオランダでは全死亡の5.8%、カナダでは5.1%をMAiDが占めた。ただし、両国では制度や適格要件が異なるため、割合だけをもって単純に比較することはできない。
一方、「精神疾患のみを理由とするMAiD」については懸念の声が大きく、適用開始までに準備期間が設けられた。その期間は延長を繰り返し、2027年3月からになっている。精神疾患のなかには治療によって改善するものもあり、経過や治療反応にも個人差がある。うつ病などの精神疾患について、どの時点で「治癒が見込めない」と判断できるのか。簡単には答えが出ない。
認知症の問題もある。認知症が進行した段階では、MAiDを希望するだけの意思決定能力が失われている可能性がある。では、意思決定能力があるうちに、将来どのような状態になったらMAiDを望むのかを決めておくことはできないのだろうか。この点に関連して議論されているのが「事前要請(advance request)」である。カナダ全体では連邦法上認められていないが、ケベック州は2024年に州法でこれを認めた。本人が意思決定能力を失った後に、過去の意思表示をどのように扱うべきか。本人の自律性を尊重することと、現在の本人の意思を確認できない状況で生命を終わらせることの間には、難しいジレンマがある。
安楽死は日本では認められていない。末期がんや神経変性疾患の方のなかには、外国人の安楽死が認めれているスイスに渡航するニュースをときおり見かける。そのことに問題意識があり、私自身は安楽死の導入を議論すべき時期に来ているのではないか、と感じていた。しかし、岩永直子さんが書かれた「言葉はいのちを救えるか? 生と死、ケアの現場から」(晶文社、2023年)を読んで、その考えがゆらいだ。この本では安楽死の問題も取り上げられているのだが、難病患者の方の、安楽死が容認されるとそれを選択するよう促されていると感じる、という声が紹介されていた。
本書では、この問題についての議論はあまり見られなかった。私は当初、こうした懸念は日本社会の同調圧力と関係しているのではないかと考えていた。しかし、調べてみると、カナダでも同様の議論が行われていた。カナダ司法省が2020年に公表した報告書「What We Heard Report」には、障害者の権利擁護に携わる人々から、RFNDの撤廃によって、障害や病気そのものが生命を終わらせることの正当化理由として扱われるのではないか、という懸念が示されている。
Some disability advocates expressed the concern that the removal of RFND would allow a disability or illness to serve as a justification for the termination of life in a way that no other personal characteristic could.
新たな医療技術を導入するとき、それは言うまでもなく患者の病苦を除くためにおこなわれる。しかし、社会全体にどのような影響をもたらすのか、予見することは難しい。本人が耐え難い苦痛から解放されたいと望むことと、難病患者の生命を社会が低く評価することは、論理的には同一ではない。ただ、そのように感じる人がいるのであれば、それは大きな問題だ。十分な支援を受けられないためにMAiDを選択する人が生じるのではないか、という懸念も報告されている。
つまるところ、安楽死は安楽死だけの問題ではない。緩和ケアも含めて、終末期医療にどう向き合い、どう充実させるか。その先に自然と安楽死も視野に入ってくる。安楽死だけを導入してもよい終末期医療にはならない。きちんとしたサポートがあって、初めて導入が許される制度である。病苦を除くための安楽死を導入することと、難病患者への支援を充実させていくことは両輪でなくてはならない。そう強く感じた。 -
Posted by ブクログ
カナダで2015年の最高裁判決により2016年から合法化された「医療介助死(MAiD)」。MAiDを行ってきた80代の女性医師が書いたMAiDの進展と患者の物語。著者はMAiD合法化のニュースを聞いて(自分には知識・経験もなく、まだ研修プログラムも存在しないため)自ら自習計画を立て、自ら連絡して研修に赴き、医療介助死協会設立にも関わってきている。まず70代にしてその前向きな意欲に頭が下がる。
患者の物語を読むと医療介助死の重要さが身に染みて感じられる。必ずしも医療介助死を選ばなくとも医療介助死できるということが人生の最後を豊かにできる。また、それとともに医療介助死に携わる医師を始めとする関係者の悩み、ストレスも大変なものだと理解できる。医療介助死が定着している国でも死のなかで4~5%とのことで、きちんとチェックが働く制度が構築できれば濫用されるものではないとも思える。
当初のMAiDの要件は以下の4つ。
・病気、疾患、または障害が申告で治癒が見込めないこと
・能力が不可逆的に低下し続けていること
・耐え難いほどの身体的または心理的苦痛が継続しており、患者が許容できるいかなる方法によっても軽減でいないこと
・自然死が合理的に予見されること(reasonably foreseeable natural death)
このうち4番目のRFND条項については「合理的」「予見」の定義があいまいであり議論もあって2021年に外されることとなった。
The Last Doctor
Lessons in Living from the Front Lines of Medical Assistance in Dying
【目次】
プロローグ ヨランダが逝く朝
第1章 「死に方」を自分で選ぶ時代
第2章 ジョー
第3章 アイリーン
第4章 アシュリー
第5章 緩和ケアと医療介助死
第6章 シーラ
第7章 ソー
第8章 トム
第9章 ヨランダ_死ぬ決意
第10章 死を介助する医師の苦悩
第11章 ヨランダ_彼女が望んだ死
第12章 死の介助から学んだこと
第13章 「良い死」を求めて
エピローグ これからの医療介助死 -
Posted by ブクログ
カナダで安楽死を提供する医師が、自身が担当した患者さんのこと、安楽死が承認されている国で起こる問題などについて記述された書籍。スイスに渡り安楽死を遂げた日本人のドキュメンタリーや、ALS女性に対する嘱託殺人などの報道を見る限り、日本においても切実に望んでいる人がいることは間違いがないと思う。この問題をもっと議論し深めていく必要があると感じた。安楽死を提供される患者はそれが決まった時にようやく解放される、と安堵する。その安らぎを与えるのも医療だと思う。『安楽死は命を終わらせるためのものではなく、その人の命を褒め称えるためのもの』と記されている。安楽死が合法化された国で、実際の死亡数に対する安楽死の割合は2-4%程度のようだ。決して多くはない患者数であるが、その望みは極めて切実で、その声に耳を傾け、最期までの大事な時間を国内で穏やかに過ごせるような医療を提供することは大事だと思う。