新書813内部告発の時代 (平凡社新書) 新書 – 2016/5/13
内部告発はスピード重視で行うべし
2017年8月20日記述
山口義正氏と深町隆氏による著作。
山口義正・・1967年生まれ。 愛知県出身。
法政大学法学部卒。
日本公社債研究所(現格付投資情報センター)アナリスト、日本経済新聞社証券部記者などを経て、現在は経済ジャーナリスト。
月刊誌『FACTA』でオリンパスの不透明な買収案件を暴き、第18回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」の大賞を受賞。
著書に『サムライと愚か者──暗闘オリンパス事件』(講談社)。
深町隆・・オリンパス事件第一通報者、現役社員。
内部告発を多く扱ってきた山口氏による考察が前半。
後半は深町氏のオリンパスでの出来事を振り返りながら内部告発についてどうあるべきなのかを述べている。
内部告発をどのように行う方が良いのか?というものが見えてくるだろう。
基本的には自分の所属するムラ社会を撃つ行為になってしまいがちだ。
だからこそ内部告発者は大義が必要。
公益通報者保護法があることにはあるが不十分であること。
行政は積極的に動くわけではないこと。
まだ我が国日本では内部告発をうまく活用しているとは言えないのが現実だ。
内部告発を考える方は本書などを読み内部告発の正の面、負の面をよく把握して効率的に苦労するべきであろう。
印象に残った部分を紹介したい。
障害者支援施設たんぽぽでの職員による暴行に対する内部告発経験者の内部告発案件に対する困難さ
1明らかな事実に基づいた公益通報であるにもかかわらず、嘘つき呼ばわりされて非難の対象となり苦痛を強いられるなど、個人的な犠牲や負担(経済的な負担を含む)が大きすぎること。
2問題解決までに時間がかかり、しかも解決までの目処も立たず不安にさらされ、次の就職に支障をきたしたこと。
3行政は訴え続けなければ動いてくれないこと。
4告発対象の施設側が行政(東京都)を相手取って問題解決の引き伸ばしとも思える訴訟を起こし、反訴した東京都は、聞き取り調査に応じた施設職員の証言内容を当事者の許可なく裁判に提出。
それによって、施設職員は施設側から恫喝や嫌がらせを受けたこと。
会社内にいい人ばかりが蔓延している場合、その組織は時としてとんでもない方向に暴走することがある。
周囲との衝突を恐れない人、自分の良心にのみ忠実で、放っておくと何をしでかすか分からない人
ある意味でイエスマンばかりでない人材も必要な理由であろう。
会社の上から下まで「穏やかな性格の優秀な人達」を揃えていながら潰れてしまった会社→山一證券
山一證券は野村證券や大和証券のように人を押しのけてでも突き進む猛烈なタイプは少なかった。
→「いい人」ばかりでは組織の健全性を保ち続けることはできないという典型例だろう。
会社の存続に関わるような問題を監督官庁やマスメディアに告発できるのは会社の中枢近くにいて秘密を知りうる人物に限られる。
告発者が誰であるかは容易に絞りこめるのだ。
明確に特定できなかったとしても内部情報を漏らした被疑者の1人と目されただけでその後の昇給や昇進の道は絶たれる恐れが大きい。
トナミ運輸の巌窟王、串岡弘昭さん
1974年、運輸業界の闇カルテルを社内で告発した所、会社から報復人事を受け29歳から60歳で定年退職するまでの約30年間、研修所で草むしりなどの雑務しか与えられなかった。
仲間と呼べる同僚もいない孤独な環境だった。
月給は手取り18万円である。昇給は一切なく、退職を迫る暴力団員の脅しは家族にまで及んだという。
串岡さんは定年まで3年を残すのみとなった2002年1月にトナミ運輸を相手取り裁判を起こす。
一審で串岡さんの主張をほぼ全面的に認め
トナミ運輸に1365万円の支払いを命じる判決が下り、2005年には控訴審で賠償額を上乗せすることで和解が成立した。
この訴訟を通じ公益通報者保護法が制定された。
いわば串岡さんはその半生と引き換えに公益通報者保護法の制定を勝ち取ったのである。
密告・・支配階級に追従する行為
内部告発・・社会全体のための行為、組織の不正を正す行為
マスメディアに告発する際にはそれぞれのメディアにはタブーがあることを意識する。
TV、ラジオなどの放送局はCM企業の不正を暴くことには腰が引けてしまう。
地元に有力企業を抱える地方紙にも言える。
*例としてはリニア新幹線計画・・・環境負荷、工事の難しさ、事故時の安全性など多くの問題を抱えているが、TV番組などで批判されることはない。
雑誌も思い切った記事が多そうなイメージだが大手小売、特にコンビニには弱い。
決定的な証拠(内部資料、映像、録音)などを提供すればメディアは動くかというと必ずしもそうではない。
特に記者クラブに所属している記者は官公庁からの発表があるまで動かない傾向が強い。
彼らは記者クラブの外の情報には呆れるほど疎いし、視野も狭い。
マスメディアの記者に通報するなら、記者クラブに詰めてバリバリやっていますという若手記者は避けた方が賢明だ。
マスメディアへの通報は、キャップやサブキャップの年次の記者を見つけるか、雑誌記者に打ち明けるほうが確実性が増すのだ。
上場企業の粉飾決算に関する内部告発が増えているが
通報先の選択肢は極めて狭い。
粉飾決算を暴くには会計ルールや財務分析などに精通しているジャーナリストや記者を選ばなければならないが、そうした記者は少ない。
以上のことを考えるとオリンパスの件を報じた月刊誌ファクタやWebメディアMyNewsJapan(広告収入0)あたりに内部告発を持ちかけるのが賢明であろう。
匿名で告発するにしても名前は実名でなくても、連絡先は明かしておく。
記者は必ず裏付けを取る作業をするし、集まった情報を告発者にフィードバックする作業が発生する。
せっかくの内部告発が記事にならないパターンは裏が取り切れないからである。
メディアはあくまで何が起きているかを正確に報道することが大義なので内部告発者の思うような展開にならなかったり、(これ以上やると会社がつぶれるとか)
懇請が聞き入れられないことがありうることも覚悟しなければならない。
公益通報者保護法は欠陥の多い法律だと言われている
この手順に沿っていなければならない、あの条件を満たさなければならないといった
ハードルばかりが高いうえに厳密で、少しでも要件を満たさないと公益通報として受け止められず、通報者の保護にも消費者の保護にもなっていない。
公益通報者を保護するという本来の目的や色彩が薄まった内容なのだ。
しかも公益通報者の不利益な取扱を禁じているが、罰則がないため事実上、実効性の面で問題が大きい状況だ。
国のガイドラインでも通報者の個人情報を徹底的に保護するよう求めているにもかかわらず、通報を受けた官公庁が、不正の疑われる事情者側に通報者お実名を明かしてしまうというお粗末が相次いでいる。
金沢大学附属病院での不正経理、医療ミスを通報した小川和宏准教授のケース
内部告発者の個人情報が守られないケースが多いこと、地方での内部告発にどれだけの難しさが潜んでいるのかの象徴となっている。
金沢の地は地元意識が強く、異分子排除の空気が強い。
金沢大学も旧帝大ほどではないにせよ、地元では大きなブランド力を持っている。
そのOB、OGは医学界の他、法曹界やマスメディアにも根を張り、結束は強固だ。
「司法を含む公的機関、大学、メディア等の癒着が強く、不正等を隠蔽し助長する鉄壁の体制です」(小川和宏准教授)
小川さんの事件を受任した東京の弁護士も「裁判所や行政機関がスクラムを組んで裁判を遅延させるなど、内部告発者は社会を破壊する者として扱う風潮が強い」と声を揃えるほど。
彼らは母校の金沢大学に関する醜聞には徹底的にふたをしようとした。
→最近、富山県富山市で創業し、富山市に本社を置く東京証券取引所第1部上場の総合機械メーカー、
不二越の本間博夫会長が「富山生まれの人は閉鎖的な考え方が強いから採らない」と発言して物議を醸している。
この金沢の小川准教授の置かれた状況を見るとこのような地方の閉鎖性を嫌っているということだろうか。日本の地方創生の未来も決してバラ色ではないのだろう。
内部告発状を書く時には証拠資料を添付すること
書き方がまずいと単なる怪文書としてメディアで処理されることになりかねない。
1要点が客観的で簡潔にまとまっていること。
2問題に違法性がある場合は、具体的にどの部分がどの法律に違反するのかをはっきりさせること。
3関係者しか知り得ないエピソードや事実をまじえて書くこと。
4第三者が問題点を理解しやすいように、不正が起きたストーリーを書くこと。
内部告発はスピード重視で行うべし
早い段階からマスメディアの力を活用できなかった、あるいは活用しなかったケースでは
泥沼の裁判にもつれてしまい、告発内容が真実であるかがはっきりするまでにも長い時間がかかることが多い。
スピード重視の戦略を取ることは、関係者以外は誰も知らない事実を「公知の事実」に一気に引っ張り上げることだ。
全国紙で報じられ、不正の存在が公知の事実として認めらるような状態になれば名誉毀損などに問われるリスクは低減でき、その分だけ有利にことを運べるのだ。
内部告発者は自身が偏狭な正義を振りかざして私憤を晴らすだけなら、やがて周囲は離れていき、告発者は組織の内外で孤立を深めるしかない。
社会を良くするという原点、大義を見失わないこと。