何が違うのか。消費者の行動を左右する要素は様々だが、「絞り込むと本質的には3つしか残らない」と、 刀の最高インテリジェンス責任者(CIO)、今西聖貴は言い切る。
最も重視すべき点は「プレファレンス(相対的好意度)」。次にどれだけ知ってもらえているかの「認知」。最後に、消費財であれば製品の手に取りやすさを示す 「配荷」が続き、テーマパークなら、ここはパークまでの「距離」になる。刀には、独自の消費者調査も織り交ぜ、この3要素を精緻に数値化し、高い精度で確率をはじき出すノウハウがある。だから未来の需要を見通せるのだ。
日本企業は品質や技術力といったパフォーマンスを重視し、優先順位を高くしがち。だが、刀の考えではその優先順位は高くない。インテリジェンスチームの河合桃子は「新機能を搭載しただけでは、消費者に響かない」と明言する。相対的好意度、認知、配荷のどれかが足りないと、どんなにいい製品でパフォーマンスを示しても、埋もれてしまうというわけだ。
森岡は、自身が在籍していた頃のUSJについて、こう証言する。USJがオリエンタルランドに比べて高い利益率を出せたのは、需要予測の精度が高かったからだ。森岡がいた頃のUSJの需要予測の精度は約70%。オリエンタルランドだけでなく、「米国のユニバーサル・スタジオも、これほどの精度はなかった」と森岡は自負する。
需要予測が正しければ事業の効率化が図れ、コスト削減につながる。利益率が高められるのは、無駄を極限まで省けるからだ。正しい需要予測ができると、パーク内に配置すべきスタッフの数をはじき出せる。過剰に配置する必要がなくなり、人件費を抑えられる。飲食店や土産店も同様だ。用意するメニューの数や陳列すべき商品数を過不足なく用意できる。「品切れによる販売機会ロスだけでなく、在庫リスクが小さくなる。需要に費用をぴったり合わせることができる」と森岡は語る。
刀が誇るインテリジェンスチームが正しいデータを導き出すとともに、意思決定や事業の見通しが本当に正しいかを客観的に判断する。「『真実の番人』であることが私たちの役割」と同チームに属する河合桃子は言う。
では、はじき出した数字をどう活用するのか。
そこに、刀の強みであるチーム力が発揮されている。刀では、事業を担当するマーケターが、需要予測をするインテリジェンスチームと密に意思疎通をして戦略を練る。
「このエリアからの客数をあと1000人増やすためには認知をどれだけ増やせばいいですか」
「このイベントに追加投資したら、客数はどれだけ伸びますか」―――。
各担当がインテリジェンスの担当に尋ねるのは日常茶飯事だ。インテリジェンスチームの担当者は「そこまで投資しても客数増は見込めない」とブレーキをかけることも多い。予測を基に、その判断が正しいかどうかを問う。
よくありがちな、「(ハードやソフトを)つくって終わり」、「プロモーションを打って終わり」は、この場には存在しない。予測が外れれば、すぐに要因を分析する。刀が運営するテーマパーク「イマーシブ・フォート東京」の週間入場客数は、予測が外れると、 翌週にはインテリジェンスチームがその分析を出してくる。その分析でも、真実の番人である担当者とマーケターが議論を深めて検証し、翌日以降の予測やイベント・プロモーションなどに反映させて、より精度を高めていくのだ。
ー消費者の心を動かす本質的価値をつかみ、掘り下げていくのは多くのマーケターが意識していると思います。そこに数理モデルを掛け合わせるのが、森岡さんの独自性でしょうか。
まさに、そこが森岡さんの独自価値で、彼の強みの一つだと思いますね。数学だけだと、本質にはなかなかたどり着けない。だって、数学的に考えても、粉からお店でうどんをつくることが価値の源泉であるなんて、導けないじゃないですか。現場に行って分かったということでしょう。
そういう「真実の瞬間」というものをきちんと捉えながら、裏でそれをビジネスモデルに昇華するときに、彼は数学を使うんですよ。USJの入場客数予測も、様々なパラメーターを持っていて、条件を全部入れていくと、このぐらい人が来るはずだ、と。実際、結構当たっていましたよね。
「どういうものをつくればいいかの戦略は私たちマーケターが絶対に間違わずにつくります。だから、その戦略を信じて、自身がこれだと思うものを、自信を持ってつくってください。それで失敗したら、責任はすべて私が取る」
津野は当時、マーケティング部長だった森岡に言われたこの言葉が今でも頭の中を幾度となくよぎる。自分への絶大な信頼を感じるとともに大きなプレッシャーが押し寄せた。「これほどうれしくて恐ろしい言葉は今までにない」と津野は振り返る。
ここで同時に渡されたのが、1、2枚の紙にまとめられた「クリエイティブ・ブリーフ」と呼ばれる体験やプロダクト開発の設計図。クリエイティブ・ブリーフについて、津野は「ほぼ答えのようなヒントが詰まった宝箱」と説明する。
そこには、このショーを見るのは「どんな人」で、その人たちがショーを見て「どんな感情」になるかが非常に分かりやすく書いてあるという。例えば、ハロウィーンイベントなら、絶叫させた後、すっきりした気分にさせる。クリスマスイベントなら、親子が涙するくらい感動させる、といった感じだ。刀では新たなショーやアトラクション、 広告を打ち出す際には毎回、クリエイティブ・ブリーフを作成する。
刀CMOの森本は「(クリエイティブ・ブリーフによって)マーケターは、こっちにボールを飛ばせば消費者に刺さって売れる、といった方向性を示す」と話す。そして、 「それを受けて、ゼロから1を生み出す僕たちの作業が始まる」(津野)。ただし、受け取ったら終わりではない。その方向性を互いによく理解するため、両者が何度も議論をする。
クリエイターが迷ったときにヒントもくれるのがクリエイティブ・ブリーフ。衣装の色は何色か。流す音楽はロックかジャズか。ショーの適切な時間はどれくらいか。「どんな人」に「どんな感情」をもたらすのかが書かれたクリエイティブ・ブリーフに立ち返ると、正解はおのずと見えてくるという。
「『狂人』と『凡人』に憑依して、2つをつなぎ合わせたベクトルの上に解を見つける」 (森岡)
山の中で自然を相手に体験する際の「狂人」は猟師。一方、ネスタリゾート神戸がターゲットとするのは「狂人」でなく、たまの休日を山で遊びたい消費者たちだ。こういった消費者の気持ちは同じベクトル上にある「狂人」の気持ちを理解すれば分かると森岡は考える。森岡流の消費者を理解する1つの術だ。この猟師経験は、沖縄の自然を体験できる25年開業のジャングリアにも生かされるに違いない。
「1つの事業において、辻つまが合うパターンは多くても3つしかない」
森岡はそう強調する。消費者を本質的に理解し、新たに始めようとする事業でどう成長させるのか。刀独自の成功の条件に当てはめると2つか3つしかないという意味だ。 そして、刀は、それを綿密な仮説を立てることによって探し当てる。
刀は、会社や事業推進のためには4つの不可欠な力があると考える。①市場構造を分析して勝ち筋を見極めた上で、②プロダクトを創り、③その価値を伝え、さらに④これらを全体として推進していく力だ。刀は、①のプロセスで、成功する事業の仮説をつくる。
消費者が頭で考える市場はもっと広い
世の中に既に存在する変えがたい原則を重視するのは、「こうした構造を理解すれば、 自分たちに有利に活用できるから」と刀のインテリジェンスチームの河合桃子は話す。
「逆に、何かを成し遂げようとするとき、構造に逆らうと時間とお金がかかる」。水を低いところから高いところに移動させるにはポンプが必要だ。動力や機械が必要になり効悪い。原則に従えば、効率的に目標に到達できる。
目指す事業のポジションの捉え方にもこだわりがある。ポイントは、「広く」捉えること。「時間や空間を拡張する」と河合は言う。先ほどの小売業界の変遷は、時間軸を延ばすことで構造が見えた。歴史を遡れば、将来の姿が想像しやすい。別の国や地域、事業を参考にして空間を広げることも有効だ。 目指す事業のカテゴリーは狭すぎてもいけない。例えば、新しくハンバーガーショップを展開するとしよう。マクドナルドやモスバーガーとの比較で価格優位性があっても、定食チェーンやうどんチェーンと比べれば優位性はなくなる恐れがある。そしてここでも人間の脳の構造を利かせるのだ。
消費者が頭で考える市場はもっと広い。河合は「もし、その業態がなかったら消費者は何を代替にするのかを考えると分かりやすい」と話す。
あらゆる視点から分析を重ねれば、今度は勝てる市場を検討する。目指すのは、対競合で継続的に構造的に優位を保てるポジション。
刀はこういった市場を「ハイグラウンド」と呼ぶ。
上の図を見てほしい。「消費者が購入を決める重要な要素」と「強みになり得る自社の特徴」「競合が構造的に取りにくい要素」が重なった部分がハイグラウンドだ。前出の刀の新事業、オンライン診療の高血圧イーメディカルを例に見てみよう。
オンラインでいつでも診察を受けられ、専門医療チームが備わる。これは、購入の重要要素になる。競合の既存医療機関にとって、事業形態の大転換が必要になるオンライン診療への参入は困難だ。さらに、刀が強みであるマーケティングを生かして、高血圧の改善につながる継続診療に貢献できる。同事業は3つの要素を兼ね備える。
仮説を見つけるために調査すべからず
マーケターはそれまでの分析とこのフレームに当てはまるかどうかを行ったり来たりして、成功する事業の仮説をつくる。「つくったアイデアをチェックして、3つの円の中でここが弱いとなると、再考する」(河合)。精鋭が集まる刀でさえ、容易にここにはたどり着かない。高血圧イーメディカルの担当者は、競合が取りにくい要素について、 「(競合になる医療機関は)参入が難しいからこの領域で戦っていないのか、参入はできるけどスイートスポットが空いているのか、相当な時間をかけて検証した」と振り返る。
分析から始めてハイグラウンドを見つけるまでかける期間は半年から1年。ここまで来ると、目指す事業は、2つか3つのパターンに絞られる。「成功確率の高さを重視すれば、そんなに数は出てこない」とCIOの今西は言う。この時点でかなり的が絞られているイメージだ。ここまでのプロセスが、刀にとって「仮説を立てる」作業。この後に、本格的な調査をかけ、十分な市場規模があるかを確認する。
世の多くの企業も市場調査をかけているが、それらと刀の調査ではいったい何が違うのか。河合はこう説明する。
「仮説を見つけるために調査をするケースが少なくない。仮説があってこそ、深い調査も可能になる。刀は本格調査をする前に、既に仮説を持っている。そこの違いは大きい」
手当たり次第、やみくもに調査をして仮説を立てるようでは手間がかかる。調査前からどんな結果が出るかを想定していれば、次にどういうアクションを起こすかも決まってくる。そうすれば他社よりも早く手を打つことができる。
世間のビジネスでは、ハイグラウンドを外している例も多い。CIOの今西は「当初は自社の強みを生かして成長していたが、事業が拡大する過程で自社の強みを見失っている例は多い。やはり、強みを最大限に出さなければ勝てない」と指摘する。強みがない分野に出ればリソースの負担も大きくなるため、優位性は保てないという。
刀によると、世の中で成功している事業はハイグラウンドの条件を満たしている。ただ、その会社がなぜそれが成功したのかの理由が分かっていないケースは多く、その場合、再現性がないという。刀が数々の事業で成功を収められるのは、成功する理由を分かっているから。再現できるノウハウが刀にはあるのだ。
――――刀ではどのようにして、その理由を解き明かしていくのでしょう。
消費者が買わない理由を、私たちは「バリア」と呼んでいます。
バリアでよくあるのが、消費者が「信じていない」。これは、世の中の商品が売れない理由の大部分を占めます。宣伝では良いことを言っているけれど、本当にあなたのブランドがそれをできるの? と消費者が思っている。「既に手に入れている」という人が持つバリアには、本当にあなたは理想のレベルに達していますか、現状でよいですか、と揺さぶりをかける必要がある。
どんなバリアがあるかを見つけ出した上で、それぞれに対応したインサイトを発掘していきます。
消費者はインサイトを言えない
―「顧客の声をうのみにするのではなく、顧客さえ気付いていない需要を創造する」 というのは、ビジネスをする際の理想としてよく言われます。消費者インタビューの際には、そもそもインサイトは表出しないと認識しておくことは重要なのでしょうか。
言うと恥ずかしい、言ったら悪い、発言すると負け組になるのではないか――。いろいろな感情があって消費者は大声で言えないのです。ですので、消費者が声に出せない悩みや望みは何か、丁寧に観察しなければなりません。
例えば、インタビューの中で一緒にスーパーに行った際、消費者が食品のパッケージの裏を見たとすると、「なぜ裏を見たのですか」と尋ねる。すると、「実は子供がアレルギーで」と消費者が答え、新たな事実が分かることもあります。
どうすれば消費者はより幸せな暮らしができるかといった大きな視点を持ちながら、 なぜ消費者は買わないのか、なぜそう言ったのかなどに注目して深層心理を理解することがインサイト発掘のヒントになるでしょう。