清水俊史のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ブッダが本当に得た知恵ってなんだったんだろう?というのは、なんだかとても惹かれる問いで、そのあたりを探求している本はわりと読んでしまう。
その代表が中村元の本であるわけだが、それに真っ向から議論を挑む本。
ブッダは本当は?と言っても、本人が書いた本があるわけではなくて、弟子たちがこんな話しを聞いたというのがベースとなる。そういう経典などで成立が古そうなものを対象に後代の加筆部分を外し、直接の弟子が付加しただろうものを推測し、超自然的な要素を排除していくことでブッダの実像に迫っていこうという方法論がこれまでの主流であった。
これに対して、著者は、上記の方法論によるこれまでの研究は、成立のはやい韻文を重視することになるが、韻文は仏教以前にも同様のものがあり、韻文の性質上、恣意的な解釈を可能なものにすることから、散文を中心にすべきと主張する。そして、仏教以前の宗教や同時期の宗教との比較を通じて、歴史上のブッダに迫っていくという感じ。
著者によるとどうしても我々は今日の常識をベースに、こうあってほしいという思いをブッダに投影する傾向にあるという。そうだろうなと思う。
本書の前半は、平和主義、輪廻、階級差別、男女平等などに関して、現在の価値観をブッダに投影されたものを批判していく話しで、なかなかの説得力があって、そうだろうなと思った。
後半では、いよいよ何が本当にブッダが独創的なだったのは何かという議論に進む。ここもなるほど感はあるが、なんとなくそこまで説得力はない気もする。人の議論を批判することはできても、自分で新しい議論を打ち立てるということの難しさを確認したかな?
あと、方法論の違いはあるものの、結局、たどり着く結論部分は、そこまで衝撃的ではなくて、他の本でも、そういう話しは聞いたことあるかな?とか思った。
後書きで、他の研究者との間での諍いが記載されており、あんとなくそういうのって仏教的ではないな〜と思った。これも私が持っているブッダへの期待みたいなものから生じているのかな?
でも、上にも書いたように、結論的な部分がそこまで独創的な解釈とは思えないので、そこまで喧嘩しないでいいのに(これは著者だけでなく、批判者も含め)と思ってしまうわけだ。 -
Posted by ブクログ
ブッダというのは、みなさんご存じ、ゴータマ・シッタールダ、仏様でございます。私が思い描くブッダのイメージはというと、手塚治虫の「ブッダ」、光瀬流/萩尾望都の「百億の昼と千億の夜、さらには「聖☆おにいさん」・・・。すみません、漫画ばかりで(「百億の昼と千億の夜」は小説も読んでます)。
私はよく知らなかったんですけど、ブッダってすごい超能力者と思われてるそうですね。ていうか、お生まれになってすぐに立ち上がり「天上天下 唯我独尊」とおっしゃったとか、そりゃ、ただ者じゃないに決まってますわよね。そんな低レベルな認識の私が読みました。感想は「へー、そうなんだー」でございます(頭悪くてすみません)。
ものすごく簡単に言うと「ブッダという人(実在の人物)」に関して、仏教学者、哲学者、フェミニストのみなさんが「ブッダのここがすごかった!」と主張する方向性が「自分たちの思い描く理想的な近代(現代)人」になっているんじゃないですか?それ、本当ですか?という立場で「初期仏典」をつまびらかに検証して、現代の価値観では都合が悪いこともきちんと整理した上で、ブッダの本来(に近いであろう)実像を明らかにしながら、尚且つ「ここがすごかった!」ということを改めて認識させてくれる本、という風に、私は解釈しました。
神話化されたブッダ、それはそれでとても魅力的なのですが、理想や先入観を取っ払って実像に迫ったブッダ像を知ることによって、私たちは仏教に新しい価値を見出すことができるかもしれない。ただただ、お墓参りやお寺巡りでしか触れることのない「仏教」ですが、「人の心を救う」という宗教本来の目的に立ち返るためには、仏教の開祖であるブッダの真の姿をできるだけ正確に知ることは、決して意味のないことではない、と思いました。
寝る前に読んでいたのですが、何度も寝落ちしかけて(よく眠れるんですよ!)、読み終えるのに時間がかかりましたが、大変有意義な本でした。