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Posted by ブクログ
散文優先の現代的研究に基づく初期仏説の解説。近現代の歴史的解釈の仏説は、現代的価値観、それも理想的なバイアスがかかっているという立場。
終章及び参考文献が特にまとまっている。かつての日本の研究者達を大胆に否定しまくっており、出版妨害があったというのもわからなくもない。
初期の仏説において、そもそも何が正しいのかわからないということは大前提であり、何かしらのバイアスがかからないとまとめられないだろう。
人間の理想の投影的なバイアスはなかなか気付きにくい分とても鋭い。
また、捨て去ろうとした神話的部分に価値を持って解釈しようとする見方も新しく、もっと広げて研究が進んでいったら面白ろそう。
Posted by ブクログ
従来の釈尊および初期仏教の研究が、近代以降のヒューマニズムを無反省のまま釈尊の教えのうちにもち込んでしまっていることを批判するとともに、とくに無我と輪廻をめぐる釈尊の思想が、当時のインドの思想史的状況のなかでどのような画期性をもつものだったのかということを論じている本です。
著者が批判の俎上にあげているのは、「ブッダは平和主義者であった」「ブッダは業と輪廻の存在を否定した」「ブッダは階級差別を否定し、平等思想を唱えた」「ブッダは女性差別を否定した」という四つの主張です。著者はテクストにもとづいて、これらの解釈が「現代人ブッダ論」にすぎないと批判します。
一方で著者は、「歴史的関心を持ってブッダの実像に迫ろうとするならば、初期仏典を字義どおりに受け入れるのではなく、批判的にこれを読む必要がある。しかし、“批判的に読む”という営為は必然的に解釈を要求するため、先入観なく「歴史のブッダ」を復元することは事実上不可能である」ことを認めています。そのうえで、初期仏典は釈尊の弟子たちが彼の偉大な業績を示すために編纂したということに目を向け、当時のインドの思想史的状況のなかで初期仏教の画期性がどこにあると考えられていたのかということの解明へと進んでいきます。著者は、バラモン教やジャイナ教と仏教のちがいについて検討をおこない、バラモン教において恒常不変である「自己原理」を釈尊が否定する一方、「業報輪廻」にもとづいて五蘊が構成されることを認めていたと主張します。
著者は、「当時の宗教家・思想家たちの最大の課題は、どのように輪廻という苦しみを終極させるのかであった」と述べており、こうした課題に対する釈尊の回答を明らかにすることが本書のねらいだということができます。ただし「自己原理」を否定する以上、輪廻によって生じる苦はもはや「自己」の苦ではないはずです。本書の示す釈尊の回答が、当時の思想史的状況のなかで画期的なものと受け止められたというのであれば、その理由についてもうすこし立ち入って考察することが必要だったようにも感じます。
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