ヴィトゲンシュタインの言語ゲームや、チョムスキーの生成文法を踏まえて、本書は、それとはまた違った切り口で「会話機械」を説く。人間の言葉は会話に用いられるものだが、会話にはルールがあり、何気ない「え?」などの反応からそれを解き明かそうとするもの。当たり前のように受け止めているような反応やコミュニケーションを分析して結論付けるという発想が面白い。
発音や語彙は国や文化によって違うが、例えば会話のときの「話し手の交代に関する法則」には違いはない。本書から抜き出すと、私たちの日常の会話に関しては、たとえばすでに次のようなことがわかっている。
・何か質問をされて答えるまでにかかる時間は平均すると、瞬きの時間と同じくらい。つまり200ミリ秒ほどである。
・質問に対し「いいえ」と答えるのには、「はい」と答えるよりも時間がかかる。それは言語を問わず共通している。
・会話中に相手の返答を待つ時、私たちはだいたい「1秒間」を基準にその速さを評価している。一秒間の間に返答までが一定時間より短いか長いかで「速い」、「遅い」、「ちょうどいい」、もしくは「返答がない」と判断する。
・会話中は、84秒に一度、必ず誰かが「え、何?」、「誰が?」など、相手の言ったことを確認するための言葉を発する。
・会話では60語に一語は「えー」、「あー」といった一見、無意味な言葉になる。
「えー、あー」の意味は何なのか。これは、重複を避けるための話者交代だという。重要なのは、これらを使う場合、話者は相手が自分に協力的なはず、と無意識にでも考えているということだ。「遅延するけれど、発話は控えて待って欲しい」という信号に従ってくれるはずだと思っているのである。隙間が空いて、割り込むのは不可能ではないがあえて割り込まないでいてくれると思っている。
脳みそが働かないときに「えー」と言っているような気がするが、もう一歩踏み込めば、これは、脳みそが働かないがまだ私のターンだからちょっと待っていてね、というシグナルだというのだ。更に、こうしたルールに沿って会話を修復していくのだという。もう一歩、会話によって形成される目的を解き明かせたら更に面白いなと思いながら、しかし、先ずはこのルールの解説だけでも興味深かった。