呉夏枝のレビュー一覧
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ずばり、いい本でした。
・子供は親の失敗談を喜ぶ
確かに!私も母がファミコンをやっていて鍋を焦がした話がたまらなく好き(笑)
・親は補助輪のようなもの。なくてはならないものから、あると邪魔!になって健全である。
上手いこと言う。補助輪として必要とされているうちが花ということか。
・母性は育てる中で育まれる。
これはもっと前に聞きたかった。頼りない背中や泣き声を聞きながら、おっぱいをあげながら、母になっていくんだよなぁ。生まれるまでは実感が湧かなくて本当に不安でいっぱいだった。その頃の私にだんだんお母さんになれるよ!と伝えてあげたい。
・酸素マスクは親が付けてから子に付ける。ケアする人だってケアされる必要があるし、それでこそいいケアができる。
これ、当たり前のようで誰も言ってくれないよね。尊い。
・旅のベストテン
娘とやってみたい。ジュースを混ぜて飲む罰ゲームの話、生き生きとしていて好き。子供がいると大変だけど思い出がグーンと鮮やかになる。
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Posted by ブクログ
母の友で連載されていたエッセイ集。
一つ一つはとても短いエッセイなので読みやすい。
著者の人柄が現れているのか、文章も優しく温かい。
しかし、
母親の自己犠牲は美化されがちだが、実際には何のメリットもない。
ズバリと清々しいほど言い切ってくれた!
素晴らしい!!!
この前後も夫に読み聞いてもらったのだが、「つまりこうやって夜な夜な読書をしていることが、妻(私)にとってのセルフケアってこと?」と聞かれた。
確かに読書は自分の大切な時間だけど、それだけじゃなくて子ども抜きで社会との繋がりが欲しいんだよね。
そこはなかなか理解してもらえなかった。残念。
それから著者が家事なんてだーいきらい!と断言しているのも笑っちゃうくらい好印象。
ああ、日本でもシンガポールのように朝食は屋台で食べるような習慣が生まれてほしい。
華々しい経歴を見て驚いたが、人に優しく、自分を飾らない、とてもステキな方だと思う。
母だけでなく父にも独身者にも読んでもらいたい一冊。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ育児にまつわる内容でも、読んでいて説教くさくなく、読者に寄り添うやさしい文章で、するする読めた。こうでなければならないといった型にはまった考え方でなく、柔軟にとらえることの大切さをしみじみ感じた。
完璧でない者がこどもを育て、育てられる。こどもであったとしても、一人の人間として慈しみ、尊厳を大切にすることを大切にしなければと思う。そう思っていても、少しでもより良い道を歩ませたいと願う親心が時に過干渉へ繋がるのだから、あんばいは難しい。ただ、同じ空間にいても別のことをして、時おり同じ時間を共有する。それくらい気楽に生きてもいいのだと思った。
自分の失敗談が子どもたちにウケるというのは面白かった。自分の失敗というものは、渦中にある時は向き合いづらく、カッコ悪くて話題にしづらい。受け止める努力と人に話せるようにまとめるのは普段から意識しようと思った。
何かが起きてからではなく、起きそうな段階で助けを求めることは大事だと実感する。それは子育てだけではなく、人生において大切だ。 -
Posted by ブクログ
ははがうまれる。
このやわらかいひらがな表記の中に、戸惑いや迷い、自信のなさなどいろいろな葛藤が含まれている。妊娠中の今の私に、それでいいんだよ、と包み込んでくれるようなやさしい安心感を与えてくれる。
ほどく、という章がとても好きだった。
何かを作るというワークショップは多いけれど、ほどくワークショップはほとんどないという。
「私たちは、何かを作ることが、生産的で価値のあることだと思い過ぎている」とも宮地さんは言う。今の私の状態は、まさにこのほどく過程にあるのではないかと思った。
作り出すことは、目に見えてわかりやすいし、やった感があって充実した気持ちになる。でも、どうしても気持ちがそちらに向かない。
1ヶ月ちょっと後に控えた出産という大きな出来事に向かうモラトリアムのような時間。今の私は、作り出すよりも、いろいろなことをほどいていく時なのかもしれない。自分の分身のいのちが生まれるその時までに、私は静かに神妙に少しずつ自分をほどいていっている。
そして、まっさらな自分に生まれ変わって、あなたを迎える。あなたと一緒に、ははもうまれる。
そのための時間を、今私は過ごしている。
そう考えると、産休のこの時間を有意義に過ごせない劣等感や虚無感、敗北感、自己嫌悪、そういったものたちから自分を解放してあげられる。
ははがうまれる。
母になるでもなく、母をするでもなく、ははがうまれる。
しばし、あたたかいシャワーのように、このことばに素直に包まれていようと思う。
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あったはずのものが消失し、静かな空間が残る。なくなってしまったセーターのかわりに、手の間を糸が通る感触と、編まれていたものに向き合っていた時間が残る。
ほどかれた毛糸は、蒸すと、よれがなくなり、まっすぐになる。もう元のセーターの余韻は去り、次に何かに生まれ変わることを待っている。
編んだり、結んだり、作ったりする動作から、ほどく、ゆるめる、ほぐすといった動作に注目を移すこと。それは、よれる、もつれる、からむ、といった途中経過も含めて、日々の暮らしの大切な何かを語っているような気がする。(86)