種田輝豊のレビュー一覧
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素晴らしい。AI時代にはもはや絶対生まれないであろう天才の記録って印象。そして何より語学への愛、情熱に胸を打たれる。中学生時代からの英語へのひたむきな探究心、知識欲、向学心…。書籍さえ満足にない時代でも情熱さえあればこれほどの語学力を身につけられる(もちろん相当地頭も良いのでしょうが…)という感動。
英語学習に飽きた頃、『毎日、網走郊外にある原生花園で昆虫を集めたり、花の間で寝ころんだりし、家にこもっては理科の実験や新しいラジオの組み立てなどに熱中しはじめた。』というのも、脳の力を高めるのに理想的な環境すぎる…。スマホなんか持ってちゃこうはならないよ…。
私なんかはまるでわからない言語を聴いている時間が惜しいと思ってしまうけれど、著者は少年時代から『わからない、流れの早い放送を聞いて、異国情緒の一端にふれて、気分に浸っているほうが楽しかったのであろう。』という。この言語への愛に感動したまま一冊読み終えた感じ。
黒田龍之助さんの解説も良い。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ著者の種田輝豊氏の生まれは1938年。翌年1939年9月にドイツ軍がポーランド侵攻を開始し第二次世界大戦が始まった。日本は1941年12月にイギリス領マレー半島へ侵攻して大戦に参戦した。終戦は1945年、種田氏6歳の時である。
そんな時代背景と相まって、彼の外国語勉強法はまさに「執念」である。今は当時と違って大量に、様々な語学テキストが溢れているというのに、果たして私は彼ほどの熱意を持ち学べるのだろうか? 甚だ疑問である。
とはいえ、私も仕事で英語を使う身。ブロークンでも通じるからいいや、というざっくりとした気持ちが、否応なしに引き締められた。
ブロークンで良い、通じれば良いから挑戦して話そう、というのは大事だが、いつまでもその考え方に甘んじていては成長が見られない。相手の尊敬を得るためには、正しく語学を話し書けるようにならなければならない、というのは、まさにその通りである。勉強しよう。
一番ダメージを喰らったのは、著者の知人である流暢に英語を話す外国人の話である。彼は日本語をローマ字で覚え、単語や語句のイメージを単純にしか記憶していなかったため、時折「あの人はどこにウサンムショウしたの」などと頓珍漢な言い回しをしていたらしい。英語でこれをやらかしている気は、正直とてもする。
語学を学ぶノウハウは、今となっては使えない手もある。
映画館で録音する件は「いや今やったら著作権法違反」と内心で突っ込んだが、案の定、注釈で違法である旨記載されていたのには笑った。まぁ、私的利用であるからして、戦後間も無くの立法精神に則れば目を瞑ろうというものである。
とはいえ、有用な方法もしっかりと示されている。備忘録として、ここに幾つか記して感想を終える。
(1) 150〜200pの入門書を通読すること。単語数は1000〜1500語程度が望ましい。目安として1週間で鳥瞰図的展望を試みる。1000〜1500語記憶すればたいたいの文章は読める。インテリ層はおよそ8000〜1万語を使う。その次に精読を3回以上繰り返す。飽きたら休憩してOK。
(2) 初歩の時代には初歩の辞書を用いる。作文をする段になって和英辞書などを入手する。
(3) 初見の単語はまず眺めて印象を感じる。意味を考える。最後に発音する。単語そのものとして覚える+文章や会話の中で捉える。例としてはin place ofやI walk home. ゆえに単語集は勧められないとのこと。
(4) 基礎的な文章を丸暗記することが最適。
(5) いかなる時でも、「これは英語でなんと言うのか」と好奇心を持ち、気に入った言い回しや単語はメモして調べる。
(6) 独り言を繰り返して作文力を鍛える。
(7) 毎日少しずつより「がむしゃら」時々「休憩」
(8) 好きなこと、趣味、興味あることを語学の架け橋にする。
(9) 会話学校(プロが教えているとは限らない)やサークル(馴れ合い)は勧められない。
(10) 発音は脳に刻まれるまでネイティブのものを繰り返し聞く。音楽も最適。
(11) ラジオやテレビ講座は入門書の補足として利用する。語学雑誌は復習用に用いて自身の語学力を図るために用いる。
(12) ある程度基礎文法を知ったら、辞書を頼りに原書や興味ある分野の出版物を読む。
(13) 習得済みの言語で他の言語を学ぶ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ島崎和歌子さんは出てきませんが、何か参考になる勉強法があるかなと読み始めたところ、そんな事はどうでもよくなるほどのとんでもない大河ドラマが眼前に広がりました。
学生時代の英語修得はまだしも、そこから残りの19ヶ国語の修得がダイジェストのようにサラッと書かれるだけという驚異的、脅威的ですらある半生記でした。
種田さんの外国語修得への一種の変態性とすらいえる情熱は、例えば『ダーリンは外国人』のダーリンも言語オタクだったように、一定数の人々が持っているものなのかもしれませんが、私のようなテレビばかり見て育ってきた俗人はテレビでスポットライトが当てられてきた「俳優」「芸人」「ミュージシャン」「スポーツ選手」といったような人々が各々の芸術活動や競技活動に人生を懸けることを簡単に受け入れる一方で、言語に対して生活のほぼ全てを捧げるような生き方に対して「何故?」という拒否反応に近い感情すら抱いてしまいます。
しかし、種田さんが語学学習への愛ゆえに、文法が正しくない状態で「伝われば別にいいじゃん」的な姿勢で外国語を話す人をディスっている部分を読んだとき、私もお笑いや小説や演劇等でそれがいくらウケたり評価されていても「いやこんなもんが面白いとされてるなんて終わってんな」とか憤りを憶えるのに似ていると気づきました。
お笑いとか演劇にそんなに興味がない人からしたら「別にウケてんだからいいじゃん」って話だし、実際私もよくよく冷静に考えてみれば、お金を払ったお客さんが納得して喜んでいたり、その作品を受け取って幸せな気持ちになっているんだから、全然良いじゃないかということを理屈では理解できるのです。
また、私は外国語修得界隈に疎いので、文法が間違っていようと相手に伝わってるのならそれで良いじゃないかと思ってしまうのです。
でも、そういうことじゃない。好きってそういうことじゃないのです。好きだからこそ面倒くさい人になるのです。美学みたいなものを拗らせて、こういう笑いの取り方はクソだとか、こういう語学学習はクソだとか、思ってしまうのです。
私と種田さんは、好きを拗らせた同志なのです。
そこに気づいたとき、種田さんが魅了された言語修得の世界に興味が湧きましたし、また同時に、他人から理解されないようなどんな物でも人生を捧げるほど好きになっていいんだ、すでにこの世に存在している「推し活」的なジャンルに見当たらないような物でも、何だって好きになったっていいし、何だってそれに生活全て費やせるほどのめり込める可能性があるんだという、世界ってものすごく希望に満ち溢れためちゃくちゃ楽しい場所なんじゃないかと思える、希望の書ともいえます。
まだいろいろ書きたいですが、今これを駅のベンチで書いておりまして、今、あと15秒後にゲボを吐こうとしているんじゃないかというコンディションのOLさんが隣に座ってきたのでここまでにします。 -
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20か国語を話すことができる著者の語学に対する遍歴と学習方法、語学に対する姿勢や学び方が述べられている。
語学のみならず、何かを身に着けるための学習方法や姿勢について学ぶことができる著書でもあると感じた。ここにある学習方法はいくつも自身にも身に着ける必要があるものであり、再読必至。
・最初は全巻通読し、内容をの詳細は完全にわからなくとも、わかったものとして全学習の範囲を頭に入れよう、それから勉強方針を立てることにしよう、と考えた。
・自分の言える範囲のことを声に出して言いうーこれは私にとって、測り知れないほど役に立った。
・英文の方をふせて、日本文を口頭で英語にしてみる。それから、英語のほうをチェックする。作文には自信があっても、ともかくその本を考えることなしにいえるようになるまで、繰り返し繰り返し練習した。
・この時期に、私は意識的に、できるだけやさしい内容の本を探して読みあさった。
・それぞれのことばには、各固有の理論や感覚があり、文法書と辞書から得られるものプラス・アルファによって、はじめて健全な知識が得られるものである
・作文力を基盤に持たない解釈力はあぶなっかしい読解力であり、読解力ではありえない。
・ある国の言葉をものにしよう、と決めたら、その語の「文法書」から読みはじめたりせず、やはり「入門書」からはいるのがよい。
・第一次=全体把握のための通読。そして休憩
第二次=精読。嫌気がさしたら、休憩。
第三次=また初めから精読(このときは、少なくとも第二次の時の倍はゆくはず)そして嫌気がさしたら休憩
第四次=また初めから精読。そしてついに征服。
・まず、繰り返し聞くことをおすすめする。最初はその語音に慣れるだけでよい。その音の特徴をつかむのである。
・「外国語をマスターする」という定義は、「与えられた言葉を母国語とする人々がそれを読む聞く話すことを基準にして、正しく理解でき、使えるようになること」と定義しておく。 -
Posted by ブクログ
50年以上も前の刊行物ということで、確かに今の時代には一般的とはいえないもの(カセットテープとか)や、法的にアウトの内容(上映中の映画の音声を録音したりとか)もありますが、どんな時代でも普遍的な「いつまでも好奇心と情熱を持って学び続けるカッコ良さ」に溢れた一冊です。
「種田さんが今ご存命だったら、インターネットやSNSなどを活用してどれだけの言語を習得し、どれだけのご活躍をされたんだろう?」というのは本書を読んだ人なら誰しも頭によぎったんじゃないでしょうか。
本書は昨年文庫版が復刊されていたのを、たまたま書店で見かけて手に取り大当たりでした。ネット通販も便利とはいえ、こういう出会いは本当に嬉しいものです。 -
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20ヶ国語が扱える、というのはどの時代で考えても異常な能力。でも特異なことではないと伝えようとしてくれている。読者にとっては励まされ、意欲的になれる本。
学習遍歴や学習法などいろいろ書かれているが、1番はジャネット・リンさんのインタビューのところじゃないかなぁ。
ご自身で「並才」なんておっしゃってるけど、やっぱり語学に対する「愛」がすごいのよねぇ。それゆえに自然と知識欲も湧き出て色んな語学を学習していたのだと思うし、調べたり疑問に思ったりして捗っていたのでは。学習する対象に嫌悪感を持たず愛すること。そして仮に倦怠感を感じてもそこから持ち直す術を知っていることが強みなんだろうなぁ。
生涯学習を貫いていた姿勢を自分も見習いたい。
もういい大人だし、「勉強=嫌なもの」みたいな考えは捨てよう。 -
Posted by ブクログ
ペンパル、テープなど時代の違いなどを感じる部分は斜め読み。ただし語学学習の根幹は今も昔もかわらず、好きになること、楽しむこと、執念だということは納得。外国に行けば上達するわけではないということ、あくまで積極的に学び続ける姿勢が能力に繋がるという説明は、留学をする年齢でもなく環境も整っていない私にはやる気を起こさせるものだった。
最後の言葉は刺さった。
完全主義者は上達しない、間違ってもよいから話して自信をつけるのが良いという考え方では相手の尊敬を得ることができず会話も楽しめない。とにかくせっせと勉強せよとのこと。
話す相手や環境がないと上達しないというのは思い込みなのかもしれない。確かに日本に来ているカタコトで話す外国人はどうしても幼稚に思えてしまうしどうせ簡単な言葉しか通じないから会話も疲れてしまう。流暢であればそれだけで尊敬する。せっかく地球上に生まれてきたのだからかつて夢見た外国語マスターをまた目指してみようか、と思わずにはいられなくなった。 -
Posted by ブクログ
筑摩書房のサイトで冒頭部分が紹介されていて、読んでみたら面白そうだから買っておいて時が来るまで寝かせていた。
最近フランス語を再度勉強しているので参考になればと思い読んでみた。
正直書いている内容全て参考になるかというと、ならない。
筆者は自分のことを語学気狂いだが天才ではなく、勉強方法で上達できると買いているが、そもそもここまで語学に狂い、異常な執着心で勉強できること自体が普通ではないと思う。
本書はただただ筆者のえげつない探究力、勉強の継続力と理解力に驚かされるばかりだった。
それでも中には勉強があまり得意ではなく執着心もそれほど強くない私でも出来そうな勉強法があったので、少しずつ試していきたい。