高橋達二のレビュー一覧
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ネタバレ私たちが五感で感じていることは、実感ではなく錯覚であるという。錯覚には2つある。一つは、われわれは断片的にではなく総合的にとらえて実感しているということ。もう一つは、心というものがあり、実感としてとらえてものを心が感じているということ。つまり、五感で得た断片的な情報を脳がもっともらしく私たちが感じるように創作しているというのだ。読んでいるうちにこの世界の何がリアルで何が脳のフィクションなのかわからなくなる。どうして脳はこんなことをするのだろう?と考える。ヒトの脳は高度に発達しすぎたゆえにこうなったのだろう。ヒトが生きている世界は、理路整然としたことよりもなんだかよくわからないことばかりである。脳はなんとかしようとするが、理論ではなんともなるはずはなく、むりやり物語をつくりだして処理しようとしたのだろう。そうでもしないと脳は情報処理できずにパンクしてしまうからだろう。ヒトがこの世界で生きていくためにとった脳の進化であろう。そして、ヒトはAIでどれだけ高度な知性をもったところで、意味を求めずにはいられない「生物」の枠からは抜け出すことはできない。
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Posted by ブクログ
ネタバレ心はこうして創られる
「即興する脳」の心理学
序章 文学の深さ、心の浅さ
第一部 心の深みという錯覚
でっち上げる力/現実という実感/インチキの解剖学/移り気な想像力/感情の創作/選んだ理由の捏造
第二部 即興が「心」を作る
思考のサイクル/意識の経路の狭さ/無意識的思考という神話/意識の境界/原理ではなく前例/知性の秘密
終章 自分を創り直す
心理学や認知科学の実験結果をもとに著者が導いた結論は、人の心は外部環境や過去の記憶から瞬間ごとに解釈しているインタープリターであって深遠な深層心理や無意識はないということ。
この結論を視力、聴力、感情などの実験結果をもとに脳の思考のサイクルは一つのことしか認知できず、絶えずそれを脳は実行しているだけであることを説明していきます。
マービンミンスキーの「心の社会」で、人の心は様々なエージェントにその場でスポットライトがあたるようなものと言っていますが、ニックチェイサーは、エージェントはバックグラウンド処理はせず、スポットライトがあたったときに即興で様々な認知と判断を行っているというもの。
結論では、人は過去の経験をもとに想像力を働かせてリアルタイムに処理を行っているだけなので、深遠な真実や思想・信条などないため、その想像力をフルに働かせて常にアップデートしていくことが大切と述べています。
過去の因習、過去の経験にたよることなく、新しい情報や考え方を元に最善を尽くすということが大切だということを肝に銘じました。
竹蔵 -
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ネタバレ心はこうして創られる、というタイトル通りの一書。「心などなく、あるのは巧妙にストーリーを紡ぎ、何かを解った(知った)ように思い込ませる脳の働き」。
原題はMind is flat、心には奥行きも闇もなく、ただ表面を漂う、その時の気持ちのみ。
私がいままで自己啓発本や能力開発本を読んできたのと重なるところを列挙すると、
「本を読むとき目に入っているのはせいぜい1語。それを順に追いかけているにすぎない。その一語以外は視野にも入っていない。ページ全体が見えているように思うのは、脳が超高速で視覚画像をつなぎ合わせているから」…これだと速読法の根拠がひっくり返る。速読では、「ページ全体を写真を撮るように」頭に送り込む、としていた。
無意識の力の利用も同様。脳がそのことを考えていないときも無意識のレベルで、PCのバックグラウンド処理のように答えを探すわけではない。しばらく休んだあとに答えが見つかりやすいのはそのような理由ではない。もし、無意識が答えを運んでくれるのなら、難問が解ける割合は休憩の後に上がるはずだがそうなっていない。
同様に直感の正しさ、も単に過去の情報から目の前の事象と類似したものを拾い上げる能力が優れているだけ、ということになる。ユングのいう、広大な無意識や人類共通の記憶など幻想、ということになる。
それを一読しただけ受け入れられるかというと…今まで信じてきたものが崩された、ということ、なかなか受け入れられない。しかし…この本をもとに自分の思考を再構成すること、時間がかかっても必要なように思える。
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就活中に考えた「人生の目的」とか、流行中のMBTI診断とか、Strength Finderとか、本当の自分(の強み)を見つけよう、とか、全部疑わしく思えてくる。
本書に照らして言うならば、個性とかアイデンティティとか言うものは、今日まで生きた過程で得た経験の解釈(意味の押し付け)の中で最も馴染んだもの、程度のものであって、必ずしもそれらに基づき一貫した行動をする必要はない。
にも関わらず、どうして就職活動や転職活動では「あなたの軸は?」とか、過去から今、これからやりたいことへの一貫性とかを問われるのだろう?
思うに、わかりやすいストーリーなんか無くて、実際には都度都度の解釈で生きている、と言うことを、面接程度の時間で他人に説明することの難しさ(と言うか恐らく殆ど不可能)からきているのかも。
本音と建前ではないが、他人に対する自己紹介と、自分の意思決定との間の整合性なんて、考える必要もないと思えば、だいぶ楽になった。
そう言う意味では、就活生とか中高生とか、「本当の自分は何者なんだろう?」とアイデンティティに悩んでいるような人にこそ読んで欲しい一冊だ。 -
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私たちの判断の偏りは、本当に「非合理さ」の証拠なのか。
確証バイアス、陰謀論、思い込み、論理的誤謬――それらを「人間の非合理性」の証拠として片づけるのではなく、本書は、むしろ逆の方向から問い直します。
私たちが間違えるのは、限られた情報と計算能力のなかで、できるだけ合理的に世界を理解しようとしているからではないか、と。
本書は、人間はなぜ合理的であるからこそ間違えるのか、その逆説を理解するための本です。
新しい視点を得ることはできましたが、ベイズ統計、情報理論、計算論的認知科学の議論が入り、数式も登場するので、馴染みのないかたは苦戦するかもしれません。 -
Posted by ブクログ
人間が知覚できるのはとても狭い範囲。例えば視野で言えば中心付近のわずかな部分でしかない。
その中で、脳が方向性を取捨選択して(ここがどうなっているかは謎のまま)、多くの神経細胞を用いて瞬時に知覚したことが意識される。
知覚はその繰り返しでしかない。
視野のいろんな部分が見えているつもりでも、そこに焦点を移して初めて分かっているし、窓に映る自分と外の景色は同時には見えない。
本を読んでいても同時には十文字分くらいしか読んでいない。それを繰り返しているだけ。
知覚はそんな風になっていて、それは感情や心情も同じ。あくまでその時々の認識でしかない。
そういったメインの内容を、いろんな錯視や実例を元に、様々な角度・表現で教えてくれる本。
近年で言うと機械学習からLLMへの流れとかも繋がりを感じた。
その時々の即興性で成り立っているし、その積み重ねによって知覚も変化していく。 -
Posted by ブクログ
「深層心理」とか「本当の自分」とかなんてない、という主張の本。
今までの自分を振り返ってみると、「心は脳の即興」という筆者の主張がわかる気がするけど、だからこそ信念を持たなきゃならない、本当の自分に気づかなきゃならないと考えてきたので、信念までも脳の即興だって言われて、共感半分、疑い半分の気持ちで読み進めた。
第11章までは、要は脳は一度に1つのことしか処理できないよね〜ってことと、だから「深層心理」なんてあるわけないよね〜ってことが多くの実験結果を引用して何度も書かれていた。実験の話はたまに「その実験結果からその結論にいくの…?」と思うところがあったけど、筆者の主張は理解。
でもずーっと「じゃあ心って何?」という疑問が頭を離れなくてイライラしてたんだけど、最後の方にきてちゃんとそれに答えてくれてて、それがすーっと腑に落ちたので、すっきりした気持ちで読み終えられた。
「信念」へのこだわりとか「本当の自分」に気づかない鈍感な過去の自分も許せる。だってそんなものないとわかったから。下手な自己啓発よりもずっと自己肯定感上がるし、未来に期待がもてる気がするけど。
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Posted by ブクログ
具体的にイメージしにくい部分があり、やや理解に苦しんだが、脳は「心の奥」があるという錯覚を創り出しているのみならず、「心というものが存在している」という錯覚さえも創り出している。感覚情報のほんのひとかけらを解釈して意味付けした結果がその瞬間の意識となっているのみであって「心」と呼ばれるものはない と言うある意味衝撃的なセオリーだった。
以下、心(と言ってはいけないのだが)に残った言葉。
「喜びや怒りといった感情も、内なる深みから湧き上がってなどいなくて、人は自分の感情をその瞬間に解釈している。かつ、その解釈は、自分の置かれた状況(居合わせた人が浮かれているか怒っているか)のみならず、自分の生理学的状態(鼓動が速まっているか、顔が火照っているか)に基づいている」つまり、「感情というのは内側から自ずとほとばしり出てくるのではなく、そのとき置かれた状況に照らして、そのときの身体状態のフィードバックについて脳が作り出した、その瞬間の最良の解釈。つまり創作行為なのだ」と言う。
また、一人ひとりが類例なき存在である理由を一言でいえば、思考や言動を積み重ねてきた歴史の限りない多様性のゆえにである。脳の働きは原理原則にではなく前例に基づいている。思考のサイクルの新たな一回転が、そのとき注意を向けている情報の意味をとるのは、関連した過去の思考の残滓を手直しし、変換することによってである。そして思考のサイクルの一回ごとの結果は、それ自体がまた未来の思考のための、いわば加工用の素材となる。
そして想像の飛躍は人間の知性の正に核心である。