『普通』に憧れる主人公タイプというものがライトノベルには多数存在するけど、それは自分が普通から外れているつもりとか平穏を望んでいるとかそういう理由によるものが多数。だけど本作の主人公はそれらとは一線を画するタイプだね
人の死に大小様々な程度に関わった自覚がある。両親の愛を受けて育てなかった。人とは異なる異能を持つ。身体には目を背けたくなる傷が刻まれている。
何処をどう取っても普通ではない。だから彼は普通を目指すのだろうね、普通の青春を
また、本作の世界もとんでもなく普通ではないね
終末により世界は滅びへ向かっている。通常の作品ならば敵等と戦う事により世界救済を目的としたっておかしくないだろうに、本作では世界の滅亡がもう確定しているから滅びへの時間を停滞させる事しかできない。
そんな世界では普通では無い事が幾らでも起きる。そこで終末停滞委員会は少しでも『普通』な世界を求めて戦うわけだ
いわば、心葉と終末停滞委員会の方向性は一致している
こういう構図だと心葉だけが目立つ作品になりかねない。けれど本作はここに心葉と同じように普通からかけ離れた人生を送ってきたLunaを投入する事で心葉という存在のバランスを取っているね
Lunaの来歴は終盤に明かされるが彼女も普通ではない。そしてどれだけ手を伸ばしても彼女はもう普通に手が届かない
その意味で彼女は既に普通を目指す事は諦めているのだろうけど、そんな彼女でも諦められないのが心葉のような希望へ手を伸ばす者を見捨てること。希望を諦めない心葉を助ける事を諦められない
そんな二人が物語の中心に居る事で徐々に形を失っていく世界に対するバランスも取れるわけだ
それにしても本作は凄まじいまでの設定量だね。近年稀に見ると言っても良いかもしれない
終末に天空都市に『三大学園』…、他にも挙げればキリがない設定の大群を展開しているのだから堪らない
更に各人物が使う能力がバラエティに富んだものになっているのも良いね。特に小柴の標的と銃弾を入れ替える能力なんて戦闘でどう使うのかと疑問だったけど、事前の仕込みようによって彼女はとんでもなく恐ろしい存在に成り得るね
他にも常識外れな能力者ばかりで、ここまで来ると心葉の能力が控え目に思えてしまうほど
けれど、そんな彼の能力とていずれは万の人間を殺すと予言されているのだから、この作品の奥深さには驚かされる
そのような深みと崩壊しかけた世界によって立脚した作品であるだけに起きる事件の規模も凄い事になってるね
臓物マンション事件の第一印象はあまりのヤバさにこんなものが世界中に有るのかと瞠目させる程だったのに、後に登場した深海世界と比べるとジャブの様な事件だったのだと思い知らされる
というか、本当にあのような終末が平然と存在している世界は何故今すぐにでも崩壊しないんだ……
何もかもが滅茶苦茶な世界において、それでも心葉が魅力的な主人公として成立しているのは彼が何処までも普通や青春を追い求めているからだし、そんな彼を支えてくれる最高のヒロインが居るからだろうね
ライトノベルの主人公みたいに成りたいなんて、あの年代の少年なら有りがちかもしれないけど、彼の境遇を思えばそれさえもかなり背伸びした願いなのだと判る。また、当人すら本心では無理だし叶えてはいけないと自覚している
それでも諦めきれない願いを、同じくらいの絶望を抱えたLunaが傍で見守ってくれる。だから何処までも普通ではない二人の物語は動くのを止めない
でも、二人共強い人間ではないから、それぞれが勝手に動くだけでは最高の希望を叶えられない。だから心葉とLunaはパートナーになる必要があったわけだ
身に秘める感情が大き過ぎる二人が一心同体となり戦場を駆け巡り、世界を壊す終末に反撃をぶちかますクライマックスは最高ですよ!
こうして心葉とLunaは世界崩壊に抵抗する戦力へと育ったというのに、あの世界の何処かには世界を滅ぼそうとする規格外の黒の魔王もまだ控えているのだから恐ろしいね
何処まで抗っても限界バトルが続きそうな本作、これからの展開を楽しみに思えるとても良い第1巻でしたよ