ウクライナ情勢の基礎知識を得るためには、最適な書。多数の識者からの寄稿により、多面的かつ切り口も多様で非常に勉強になる。歴史認識、軍事面、経済影響、資源、国際司法関係、芸術面への影響など。
第二次世界大戦時にウクライナ民族主義者がナチスと手を組んだことがあったのは事実だし、ゼレンスキーがロシアとの関係を重視する政党の活動を禁止したのも、2014年に親露政権が米国の支援を受けたクーデターによって倒され、ロシア系市民への弾圧が行われたのも事実。しかし、ゼレンスキーは、ホロコーストで祖先を失ったユダヤ人なのだから、プーチンがゼレンスキーをナチズム、ファシズムと指摘するのには違和感がある。
また、他国に対して軍事援助を要請して、初めてその要請を受けた国が集団的自衛権を行使できる。ロシアもこうした要件は認識しており、それゆえ、ウクライナ東部のドネツク人民共和国とルハンスク人民共和国からの要請に応じる形で、集団的自衛権の行使を主張した。ロシアはウクライナがミンスク合意に違反したとして、これら2つの人民共和国を国家として承認する決定を行ったのであり、一応の手続きは踏んだというロシアの言い分についても述べられる。しかし、プーチンはドネツクとルガンスクの人民共和国の独立を承認。それから2日もたたないうちに、ウクライナに宣戦。ドンバスではなくウクライナ全土を対象とした軍事行動を開始したのだ。
更に、1999年の北大西洋条約機構加盟国によるユーゴスラビア空爆や2003年のアメリカやイギリスが指導したイラク戦争など、国際法上の根拠に乏しい武力行使の事例がある事は確かである。ロシアの侵略行為がこれで免責されると言うわけではないが、ロシアが追求されるのはバランスを欠くのではとの意見もある。2008年NATO首脳会議で発表されたブカレスト宣言では、ジョージアとウクライナはNATO加盟国となるとの文言が挿入されていた。このことがロシアに誤ったメッセージとなったとも。
クリミア半島割譲と東部2州の独立をウクライナが承認すれば、実質ウクライナは降伏をしたことになり、この戦争は終わる。しかし、それでは侵略したもん勝ちを国際的に認めるに等しい。
「プーチンの敵は、戦争で大儲けするプロゆえ、ロシアのウクライナ侵攻も、彼らの痛手になるどころか、武器供与、原油高などで巨額の利得を手にするに違いない」というのは、島田雅彦氏。かなり踏み込んだ発言だと思う。
結果を見てから、構造的な帰結だとか仕組まれたものだったと後付けするのは簡単かもしれないが、事実を眺めてみて、これからを考えていくしかないのだろう。