若井克子のレビュー一覧
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私の母と診断がついた年も亡くなった年も、言葉が失われていくタイプの認知症だったことも同じだったこともあり、進行の過程に伴う本人や家族のとまどいがよくわかる。字の練習をしているノートや自筆のメモも見つけた時の著者の思いに自分を重ねずにはいられない。こんなふうになっちゃってかわいそうにとか、地獄だね、という周りの言葉には理解されない無力感と憤りしか感じれないことも。脳の専門家であった人が自分は認知症を患っているかもしれないと感じ始めた頃の恐怖はいかばかりだろう。MRIの画像を何度も見ていた話が辛い。しかし、ご本人もその奥様である著者も信仰があるからか、地位や名声より人としての本質を大切にされてこられた方々なのであまりその点を強調されないことにむしろ感銘を覚えた。
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Posted by ブクログ
東大教授で脳外科医の若井普氏の妻による手記。若井教授は有名な脳外科医だったが、50歳代で若年性アルツハイマーを発症し早期退職する。その後、自らの病気を公表し、講演活動を行うが徐々に病気が進行して寝たきりになってしまう。この本は長年、彼の様子を見てきた妻によるアルツハイマーの病状を追った手記となっている。 脳外科医がアルツハイマーを患ったという話は、以前に聞いたことがあり、この人のことかと思って読んでみた。徐々に病状が現れて、自分自身の意思と行動が一致しなくなっている様子や家族との関わり方の変化がよくわかる。 脳外科で最先端の医療を行う優秀な先生でも、病気とは無縁ではない。アルツハイマー病は、本当に恐ろしい病気だ。
ただ、この本について言えば、病状の進行とエピソードや話の流れに纏まりがなくて、時間の経過が行ったり来たりして判り難い部分があった。彼との思い出を思いつくままに書かれた感じがした。夫のことを「晋が…、晋が」という文章が多くて、自分の子供を呼んでるような違和感がある。(普通に"彼”又は”夫”で良いと思うが)自分の経験を伝える目的で、本にして読んでもらうのであれば 、もう少し時系列で整理してまとめて欲しかったと思う。 -
Posted by ブクログ
元脳神経外科医の若井晋さんが、漢字が書けなくなってきた、言葉がでなくなってきた、ATMの操作ができなくなった…などの症状からアルツハイマー型認知症を疑うのが54歳の頃…。なぜ、どうして自分が…まだ、大丈夫じゃないか…葛藤しつつも、若年性アルツハイマーの診断を受け、退職し沖縄に移住する…。その後生活の場を変えながらも、講演活動なども行っていたが、病は進行し寝たきりになって在宅での療養生活に…。最期は肺炎を起こし病院で余命僅かと宣告を受け、コロナ禍ということもあって家族で看取るために退院、穏やかな最期を迎えた…享年75歳。若井晋さんの妻である克子さんが、夫の生活歴や、本人の状態、介護の状況などを赤裸々に描いた作品…。
アルツハイマーかも…そう疑ってから、亡くなるまで実に20年以上…。大変なことも沢山あったと思うけれど、妻が夫のためにできることを日々模索している姿を垣間見ることができました。それが理解力が低下していても晋さんに伝わっていたからこそ、穏やかな最期を迎えることができたのではないかと感じました。若井晋さん自身が綴ったというよりは、妻の克子さんの目線での記録です。最期住み慣れた自宅で看取ると決断した克子さんの判断、素晴らしいと思います。ただ、どこか遠い人っていうか身近に感じられないのは、あまりにも偉大な方だったからか、私には具体的な信仰がないからかもしれないけれど、そんな風にも感じました(個人的には、長谷川和夫先生の本の方が読みやすかったです)。この作品の表紙、沖縄の海で撮影した写真でどこか晋さんの表情はかたいと克子さんは書かれていますが、私はいい写真だと思います。 -
Posted by ブクログ
脳神経外科を専門にしていた人が自分がアルツハイマーではないかと疑う。
漢字が書けなくなっていき、言葉もだんだん失われていき、これまで当たり前のようにできたことができなくなっていく。
どれだけ恐ろしく、受け入れるのに勇気が必要だっただろう。
想像するだけで呼吸が浅くなってしまう。
講演会でアルツハイマーになったことの意味を問われた時の若井先生の言葉(P159)
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私がアルツハイマーになったということが、自分にとって最初は「何でだ」と思っていました。けれども私は私であることがやっとわかった。そこに至るまでに相当格闘したわけですけど。
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病気になっても自分は自分。
同じ立場に立たされたとき、このような発想を手にいれることができるか、私には自信がない。
若井さんには信仰があるけど、私にはないし、1番信じているのは自分。
その自分が自分でなくなるように感じたら、立ち上がれるだろうか。
若井さんは何て高潔な人なんだろう。
読みながら勇気のようなものを感じたけれど、立派すぎて手が届かない気もした。