【感想・ネタバレ】東大教授、若年性アルツハイマーになるのレビュー

あらすじ

元脳外科医で、最高学府の教授でもあった夫・若井晋。
その彼が若年性認知症になるとき、本人は、そして家族は、どうしたのか。

長い苦悩をへて病を受け入れ、新たな道へと踏み出した
夫婦の軌跡を、妻・若井克子が克明に描き出す。

●当事者・若井晋が語る「認知症の人から見た世界」とは?
「最初は『何でだ』と思っていました」
「けれども私は私であることがやっとわかった」
「私が見ている感じと、みなさんが見ている感じが違うんです」
「僕の住んでいる世界は、たいへんなんだよ」
「『大変だったなあ』と一言、言ってくれればよかった」

【著者・若井克子の言葉・・・本文より】
晋は若年性アルツハイマー病になって、知識を、地位を、職を失った。
それは、世間からは「地獄」に見えるのかもしれない。
だが私には、むしろ、すべて失ったことで「あるがまま」を得て、
信仰の、人生の本質に触れたように感じられるのだ。

病は人生の一過程に過ぎない。認知症になっても、私は私であることに変わりはない――。
認知症患者800万人時代を生きるための必読書がここに!

...続きを読む
\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

Posted by ブクログ

仕事の関係上認知症の方やその家族と関わることがありますが、認知症本人の病気への恐怖心は計り知れない。専門家なら尚更。忘れるということが増えて、できないことが増えて。怖かっただろうなと思います。
妻の克子さんもすごい人だなと思った。介護って綺麗事じゃない。一緒に肩を並べて歩んできた旦那がアルツハイマーになって徐々にゆっくりとできることが減っていく様を間近で見て、できないことを支える。病気といっても少し前までできていたことができなくなるって介護する側も苛立ちや葛藤が毎日あったろうな。嘘だったらいいなって思っただろうな。
この本は誰かの支えになる一冊だと感じた。

晋さんの「人の脳って、本当にきれいなんだよ」が印象的でした。

0
2023年11月26日

Posted by ブクログ

昨日、父がアルツハイマー型認知症と診断を受け、病院からの帰り道に買った本。

父のために何ができるのか。自分なりに考え、行動に移していきたい。まずは毎朝、薬を飲んだか、血圧を測ったか、確認の電話を入れるところから、一歩ずつ。

お父さん、これまで私たち姉妹のためにがんばってくれて、ありがとう。これからは私たちがお父さんを支えます。一緒にがんばろう。

0
2022年06月21日

Posted by ブクログ

 東大教授、医者、クリスチャンの世界を駆け巡っていた第一線の研究者がワルツハイマーにかかり早期退職しての闘病記。読後感は重たいものであった。自分も認知症になる可能性もある。どれだけの率で罹患するかおわからない。50代で発症し60前にリタイアせずにいられなかったばりばりのドクターが、認知症が進行して行く過程を赤裸々に夫人が書いている。本人も配偶者も家族も巻き込んで発症してから寝たきりになり亡くなるまでの16年余りの見取りまでよく世間にあらわしてくれたことに奥さんに心から感謝したい。クリスチャンだからできることかもしれない。超高齢化に突入して認知症を患う日本人はある程度の率になると思う。余命何年とかの闘病記もいいけどこのような認知症の患者の家族周囲の体験をもっと世間に表さなければいけないと思う。

0
2022年05月03日

Posted by ブクログ

若年性アルツハイマー病と診断された教授と、長年に渡り支えてきた妻、克子さんとの闘病手記。
専門医が、自身の病気に疑いを持ち、気づいた時、どれだけの不安の波が押し寄せてきたのだろうか、受け入れづらかったのだろうか…と。
そう思いながら読み進めてきました。
文字がわからなくなったり、言葉を少しずつ失ったりしても、正義感、優しさ、謙虚さはそのままで信仰が深まったりと、先生自身の強さを感じる場面もあり、読んでいてジーンとくる場面もありました。
夫婦二人三脚での闘病生活。読ませてもらえた事に感謝。良書。

0
2022年04月28日

Posted by ブクログ

アルツハイマーになってしまった妻と暮らしているが、とても勉強になった。
妻は克子若井先生と同じように言葉の出にくさが特徴のロゴペニック型失語症。さまざまな苦労をしている。時に、なぜ自分には上手くできないのか、なぜこうなってしまったのかと辛さを表面に出すこともあるが、彼女なりにがんばって生きている。
もっともっと理解してよりそわねば。
バリデーションを心がけて歩いていこうと思う。

0
2022年02月26日

Posted by ブクログ

東大教授が若年性アルツハイマーになる、54歳。漢字が思い出せず何回も練習したという日記、どんなに絶望を感じたことか。
夫婦で沖縄、札幌、栃木とホームグランドを変えながらも、その土地土地で濃厚な人間関係に支えられてながら病気と向き合って来た生き様が描かれている。嘘偽りがないからこそ、伝わってくるものが大きい。
これからを生きていくのに、道標となる1冊だ。

0
2022年02月24日

Posted by ブクログ

若年性アルツハイマーになった東大のお医者さんの話。奥さんの視点で書かれており、東大教授という圧倒的強者が病によって弱っていく様子が辛い。健康は大事だという当たり前のことに気づく。

0
2025年05月21日

Posted by ブクログ

脳外科医が若年性アルツハイマーになって、というのをどこかで見たことがあったので、読んでみた。読む前は、アルツハイマーと診断されてから講演会を行っているとこを知っていたので、奇跡的にアルツハイマーが治ったり、症状が出ない時に講演などしているのかな、と想像して、なんとなく奇跡のお話、だと思い、読み始めたのだが、そんな話ではこなかった。アルツハイマーは確実に、進行していくのだけど、その様子を、著者の奥様が、ありのままの気持ちと、穏やかな書き語りが綴られた本だった。読んでみて良かった。アルツハイマーが身近になくても、こういう思いや、出来事は色々とあるわけで、涙ながらに、とても勇気づけられた。

0
2025年03月01日

Posted by ブクログ

認知症を受け入れるまでの苦悩が、切ない。学生時代に運命的な出会いをした夫人の行動力に心が揺さぶられた。認知症という病気に向き合うのではなく、向き合うべきは人だと理解した。

0
2025年01月05日

Posted by ブクログ

東京大学の国際地域保健学教室の教授をされていた若井晋先生の奥様の克子さんの手記です。
先生の闘病生活を支える様子が書かれています。
お辛い状況の中で、何が支えであったかということや、失うものばかりではないのだということなど、前向きに受け止められる瞬間を捉えられているところに、克子さんの強さを感じました。
私は宗教に理解のない人間ですが、信仰が人の大きな支えになるということもよくわかりました。
ご自分の状況だけでなく、認知症の患者さんやその支援者に有益な情報も提供されており、非常に心のこもった一冊だと思って読んでいました。

0
2023年11月29日

Posted by ブクログ

老いゆけよ、我と共に! 最善は これからだ。

岩井晋先生は1947年生まれ、東大出身の脳外科医で独協医大の脳外科の教授(1996-1999)、そして東大の国際地域保健学教授(1999-2006)。2001年ころから記憶の低下などが出現しているので54歳という若さで発症した若年性アルツハイマー病。

2006年、東大教授を早期退職し沖縄に移住・療養。2010年、要支援1、2015年、要介護5と進行し、2021年1月誤嚥性肺炎で死去、73歳。

症状が出始めてからの苦悶、現実との折り合い、診断確定、早期退職。病名の公表、講演活動(失敗もあれば成功もあり)、病状の進行、そしてコロナ禍中の死まで。全体を奥様がつづったものが本書。

健常者からみた認知症患者の経過なので苦悩・苦労が多いのではあるが、エピソードごとにどこか救いを感じる表現もあって、読み通すとほっとできるのは、ご夫婦ともキリスト者だからであろうか。

それにしても要介護5と認定されてからでも5年以上の介護・看護が必要だったことを考えると、家族の苦労は並大抵のことではないだろう。お疲れさまでした。そして冥福を祈りたい。

0
2023年06月07日

Posted by ブクログ

元精神科医で東大教授である若井晋先生の妻・克子さんによる著書。
若年性アルツハイマーを患った晋さんがどのように病と向き合い、歩んでこられたかという半生が綴られています。
全体を通して柔らかい文章から伝わる克子さんの思いと、壮絶ながらも心温まる内容に自分の価値観を見直すきっかけにもなる本でした。

気は代わってあげることができないし、今すぐに特効薬を生み出すこともできない。
お金だけではどうしても解決できないこともあるし、辛さをわかってもらえない・わかってあげられないもどかしさもあります。
そんな中で「自分一人が闘っているわけではない」という孤独を和らげるような優しさが、この本にはたくさん込められていたと感じました。

0
2023年05月20日

Posted by ブクログ

どんなに頭が良い人も、病で言葉が出なくなり、言葉を理解ができなくなり、そしてその現実を受け入れていかなければならない場合がある。
東大教授でありながら、漢字を思い出せなかったとき、アルツハイマーの可能性に思い至ったとき、どんなに恐ろしく不安に感じただろう。
本人の生き方にもよるが、聡明な奥様や、協力的な子どもたちがいて、自身の病と向き合われる姿は勇気をもらえた。
両親の老い、自分も若い時ほで体力もなく、些細な不調は日々感じる中で、これから先は不安も多々ある。
人間らしく生きる、尊厳とは?を考えたりするよい本だった。

0
2023年02月16日

Posted by ブクログ

認知症の話って悲しくなるから今まで避けてたんだけど、タイトルに惹かれて読んでみたら、とっても勉強になりました。

記憶は失っていき、出来ることも少なくなるけれど、その人らしさは失わないっていうのがすごく希望に思えました。そして著者の言葉を発しなくても例え叫んでいても、気持ちを読み取ろうとする姿勢に感動しました。なかなか出来ることじゃないと思います。そしてどんな挑戦でも支えて寄り添ってるのが本当に凄かった。

時には、挫折しそうになったという率直な気持ちも書かれているのが良かった。絶対大変なこともあるから、美談だけで終わると疑わしく思ってしまう。

あと日記帳も公開されており、認知症の人目線での考え方もよく分かりました。やっぱり最初は誰しも認めたくないんだなと思いました。特にこの方は、脳外科医としても働かれて認知症のことを誰よりもよく知っているからなおさらだと思いました。そして、見えている世界が違うのかと納得しました。

今まで避けてたけれど、とっても勉強になったので、闘病の本も読んでみようと思います。

0
2023年02月08日

Posted by ブクログ

とても読みやすく、あっという間に一読。
認知症だけでなく、キリスト教についても
興味を抱くきっかけとなった本。
今後は奉仕の精神を学んでいきたいと思えた。

0
2023年02月07日

Posted by ブクログ

若年性アルツハイマーは、どれほど頭を使おうと、活動的にしていようと関係なくやってくるのだ。
65歳未満で発症するアルツハイマー型認知症を若年性アルツハイマーというらしいですが、まだ働き盛りの50代、しかも東大の教授(脳外科の医師)という脳のエキスパートが発症してしまう、その診断された後の絶望感はいかなるものでしょう。
受け入れるのに数年かかったそうだが、その葛藤を思うと胸が痛くなります。
しかし、この夫妻には大学時代からのキリスト教の信仰があり、信仰や周囲の人々との関わりとともに生きていくのです。
人が変わってしまったのではない、出来ることが出来なくなり、分かっていたことが分からなくなり、不安になるのであって、その人の思いやりはなくならないというところに気づきをもらえました。
寄り添うこと、相手の言動、行動の裏の意味を考える
こと。
大切なことがたくさん詰まっていました。
若年性に限らず、高齢化によってこれから更に認知症を発症する人が増えることでしょう。(将来の家族や自分も含めて)
認知症を理解し、見守ることはこれからの社会に求められていることなのでしょう。
そして、認知症になっても絶望ばかりせず、前を向いて歩くことによって見える世界があると気づかされました。

0
2022年08月07日

Posted by ブクログ

若年性アルツハイマーで東京大学を早期退職、家族は認知が進む夫を見守って16年近くを過ごす。
沖縄での生活、デイケアでの事件、講演会の失敗、それでもその様に存在することが、何かしら生きることにつながる。
生きることは死すること、死することは生きること。人が存在し生きることは尊い。

0
2022年07月05日

Posted by ブクログ

元脳外科医の東大教授とその妻が、認知症に直面し、苦悩し、それを受け入れた歩みの記録。
認知症になったら時の経過とともにどのような感じになるのか、認知症の方にはどう接したらよいのかなど、気付きが多かった。そして、本書から伝わってくる夫婦愛に感動。

0
2022年06月29日

Posted by ブクログ

奥様の教授に対する想いを考えると涙が出そうになった

妻の支えがあるってどれほど有難いことか世の中の男性にわかってほしい

0
2022年06月28日

Posted by ブクログ

私の母と診断がついた年も亡くなった年も、言葉が失われていくタイプの認知症だったことも同じだったこともあり、進行の過程に伴う本人や家族のとまどいがよくわかる。字の練習をしているノートや自筆のメモも見つけた時の著者の思いに自分を重ねずにはいられない。こんなふうになっちゃってかわいそうにとか、地獄だね、という周りの言葉には理解されない無力感と憤りしか感じれないことも。脳の専門家であった人が自分は認知症を患っているかもしれないと感じ始めた頃の恐怖はいかばかりだろう。MRIの画像を何度も見ていた話が辛い。しかし、ご本人もその奥様である著者も信仰があるからか、地位や名声より人としての本質を大切にされてこられた方々なのであまりその点を強調されないことにむしろ感銘を覚えた。

0
2022年03月03日

Posted by ブクログ

夫が59歳でアルツハイマーの症状が出て74歳で他界するまでを妻が記したエッセイ。現実を受け止めるまでの苦悩、進行していく病。つらいなぁ。

0
2025年06月07日

Posted by ブクログ

東大教授で脳外科医の若井普氏の妻による手記。若井教授は有名な脳外科医だったが、50歳代で若年性アルツハイマーを発症し早期退職する。その後、自らの病気を公表し、講演活動を行うが徐々に病気が進行して寝たきりになってしまう。この本は長年、彼の様子を見てきた妻によるアルツハイマーの病状を追った手記となっている。 脳外科医がアルツハイマーを患ったという話は、以前に聞いたことがあり、この人のことかと思って読んでみた。徐々に病状が現れて、自分自身の意思と行動が一致しなくなっている様子や家族との関わり方の変化がよくわかる。 脳外科で最先端の医療を行う優秀な先生でも、病気とは無縁ではない。アルツハイマー病は、本当に恐ろしい病気だ。
ただ、この本について言えば、病状の進行とエピソードや話の流れに纏まりがなくて、時間の経過が行ったり来たりして判り難い部分があった。彼との思い出を思いつくままに書かれた感じがした。夫のことを「晋が…、晋が」という文章が多くて、自分の子供を呼んでるような違和感がある。(普通に"彼”又は”夫”で良いと思うが)自分の経験を伝える目的で、本にして読んでもらうのであれば 、もう少し時系列で整理してまとめて欲しかったと思う。

0
2024年08月16日

Posted by ブクログ

アルツハイマーと知って医者である本人には認めたくないことであったろう。それからの人生を妻の目で綴った記録。出来ることは減っていくが人間性に深みが出てという箇所に妻ならではの温かい気持ちがこもっていて、とても勇気づけられる思いだ。

0
2023年11月21日

Posted by ブクログ

 元脳神経外科医の若井晋さんが、漢字が書けなくなってきた、言葉がでなくなってきた、ATMの操作ができなくなった…などの症状からアルツハイマー型認知症を疑うのが54歳の頃…。なぜ、どうして自分が…まだ、大丈夫じゃないか…葛藤しつつも、若年性アルツハイマーの診断を受け、退職し沖縄に移住する…。その後生活の場を変えながらも、講演活動なども行っていたが、病は進行し寝たきりになって在宅での療養生活に…。最期は肺炎を起こし病院で余命僅かと宣告を受け、コロナ禍ということもあって家族で看取るために退院、穏やかな最期を迎えた…享年75歳。若井晋さんの妻である克子さんが、夫の生活歴や、本人の状態、介護の状況などを赤裸々に描いた作品…。

 アルツハイマーかも…そう疑ってから、亡くなるまで実に20年以上…。大変なことも沢山あったと思うけれど、妻が夫のためにできることを日々模索している姿を垣間見ることができました。それが理解力が低下していても晋さんに伝わっていたからこそ、穏やかな最期を迎えることができたのではないかと感じました。若井晋さん自身が綴ったというよりは、妻の克子さんの目線での記録です。最期住み慣れた自宅で看取ると決断した克子さんの判断、素晴らしいと思います。ただ、どこか遠い人っていうか身近に感じられないのは、あまりにも偉大な方だったからか、私には具体的な信仰がないからかもしれないけれど、そんな風にも感じました(個人的には、長谷川和夫先生の本の方が読みやすかったです)。この作品の表紙、沖縄の海で撮影した写真でどこか晋さんの表情はかたいと克子さんは書かれていますが、私はいい写真だと思います。

0
2023年06月07日

Posted by ブクログ

脳神経外科を専門にしていた人が自分がアルツハイマーではないかと疑う。
漢字が書けなくなっていき、言葉もだんだん失われていき、これまで当たり前のようにできたことができなくなっていく。
どれだけ恐ろしく、受け入れるのに勇気が必要だっただろう。
想像するだけで呼吸が浅くなってしまう。

講演会でアルツハイマーになったことの意味を問われた時の若井先生の言葉(P159)
----------
私がアルツハイマーになったということが、自分にとって最初は「何でだ」と思っていました。けれども私は私であることがやっとわかった。そこに至るまでに相当格闘したわけですけど。
----------

病気になっても自分は自分。
同じ立場に立たされたとき、このような発想を手にいれることができるか、私には自信がない。
若井さんには信仰があるけど、私にはないし、1番信じているのは自分。
その自分が自分でなくなるように感じたら、立ち上がれるだろうか。

若井さんは何て高潔な人なんだろう。
読みながら勇気のようなものを感じたけれど、立派すぎて手が届かない気もした。

0
2022年04月24日

「学術・語学」ランキング