上白石萌音のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
上白石姉妹は、歌でもお芝居でも活躍していることは知っていたけれど、パッと見たときにお顔と名前が混ざってしまってきちんと判別できてなかった。萌音・萌歌のどっちか分からん??(;O;)の状態が、エッセイ読んだことで、ちょっとは解消されてるといいな。著者は、姉の萌音さんで、朝ドラ(カムカムエヴリバディ)のヒロイン役に決まって撮影が始まる時期の気持ちを筆頭に日々思ったことが優しく爽やかに書いてあった。
『原田マハさんと、今日、美術館に行った。お仕事ではなくプライベートで。ああ、なんてこった。…いつかマハさんの住むパリに遊びに行きたい。もしかするとその日は、京都に急行したあの日のように、突然訪れるかもしれない。その時たくさんのことを感じられるように、心の畑をこつこつ耕して柔らかくしておこうと思う。-観る-』
原田マハさんの「風神雷神」も読み始めたところだったので、まさかの組み合わせは胸熱だった。11月に萌音さんのメキシコ話を含んだ第2弾エッセイが発売されるようなので、そちらも楽しみだなと思いました(*´ω`*)
2026.7 -
Posted by ブクログ
「世界を?ガブリ⁉︎」
スケール感が飛び抜けてる。なにせ相手は
"世界”なのだから。僕の"世界”は目の前のことだけでも、逃げ出したくなるのに「ガブリ」って⁉︎
“食”は世界の共通言語。“食”という生命維持の営みから世界を知る。素早く、確実に世界と向き合う手がかりとしての“食”。萌音さんが伝えてくれるのは、さりげない入り口から覗き込んだ世界の広さ、深さ、熱さ…。
イメージは果てしなく広がるけれど、萌音さんの文章は、手のひらにのせて眺めたくなる“目の前のこと”として届けてくれる。大盛りの“想い”を載せた“一皿”のようだ。となりから声が聞こえてきそうな彼女の文章が、僕は好きだ。
これは“パスポートがいらない”世界旅行のガイドブック。萌音さんの文章を翼にかえて、旅してみよう!
Bite! The World‼︎
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Posted by ブクログ
読み始めようと手にして驚いた。
なんと凝った装丁を施した本なのだろう。普段、文庫本ばかり購入している僕には、とても興味深い“本”の造作。モノとしての本の魅力、物欲の対象としての本の、新たな魅力に目の覚める思いがした。
巻末にある“『いろいろ』ができるまで”の頁が興味深い。
筆者の、こだわりが詰まった本なんだな。
こだわりが詰まって収まりきらずに、迸る。
そりゃそうだ。
本を好きな人が“作った”本なのだから。
本好きな人に、こだわりがないなんて、きっとないから。
彼女が紡いだ文章は言うなれば、そう、たとえば昨日買ってきた米粉のように粒子が微細で、ぎっしりと充実した密度の高さと、その割に拍子抜けするほどの軽やかさ。一冊の『いろいろ』という本の中に詰め込まれた文章の数々は、今日はどこで何をしているかも知れない彼女の、存在感への縁(よすが)、根拠であり裏付けだった。なにしろ執筆したのは彼女自身なのだから、その一事をもって納得に至ることが本来なのだろう。しかし腑に落ちない。彼女の描いた文章からは、距離が感じられなかったから。あって然るべき距離感。執筆者と読者の、というよりは、執筆者である彼女と、それら文章との間(あわい)、時空すら存在しないほどの親密感、身体感というか。彼女自身が気の済むまで書き直し続けたであろう文章に、不確定な時間差をして今日、このとき初めて読者である僕の、この目に触れたのだ。現実の、疑わざる事実としての時間と空間の存在など感じさせない、彼女の文章の、いわば新鮮さに驚き、ページを開く度に、僕の胸は躍り続けた。
めっちゃいい文章だなあ、って。
なんだろう。彼女は俳優だから、いろいろなところで見聞きする機会があるけれど、いつもどこか親近感のようなものを感じている。これは単純に僕自身の“バグ”なのかもしれない。むしろそういうことなのだ、と自白してもいい。なにしろ僕は、いま彼女に夢中なのだから。
上白石萌音さんのことを意識して見続けるきっかけになったのは、TV番組での、彼女のコンサートの生中継を観たこと。コンサートの生中継ということ自体に興味を持ち、たまたま見始めただけなのに、数分後にはもう、彼女の歌声に魅了されていた。彼女の、伸びやかで豊かに響く歌声は、ストレートに僕の胸の奥にある、感情をつかさどる何かを叩いた。あの夜以来、自分でも可笑しいほど僕は彼女に惹かれている。
扉を開く。目次を眺めると『撮る』とある。僕は写真を撮るので“撮る”の文字には敏感だ。文字通りカメラと写真の“お話”。いや、あえて“お話し”と書こうか。彼女の文章には独特の起伏があるようだ。まるで話しているような。文章のそれは、少し気取った話し方だから、ちょっとした客観性を含みながらも、まさに“話して”いる気がする。声が聞こえてきそうだった。
文章を読みながら聞こえてくる声は、想像には違いがないけれど、その手がかりになるのは、紛れもなく彼女の手による文章なのだ。
たとえば『撮る』を読み終えた僕がカメラを手にしたら、きっと彼女の声が聞こえてくる…具体的にすら思える距離感、親密感には、そんな裏付けがあったのだな。
そう思えば納得できる。
50篇の書き下ろし。
タイトルにつられて読み始める。
それもいいと思う。
読んでみなけりゃわからない。
創作。ノンフィクション。
想像も実感も。
扉を閉じて、ふたたび装丁を撫でまわす。
天アンカットのギザギザを指で擦る。
360度ぐるりと観察する。
スピンの色味。
紙の質感や扉の硬さ。
流通の合間に付いたであろう“背”に残る打痕すら、僕が手にするまでの経緯の表れだった。
それら細部に宿るもの。
見落とさないように。
注意深く。
隅々まで噛み締めるように。
文章だけではない、本を持つ手の感触からも伝わるもの。それは筆者の、濃厚な存在感。
届きましたよ。あなたの思いが。
いま、僕のもとに。
ああ。歌声だけじゃなかったんだ。
もうひとつ。
彼女への愛しさを見つけました。
これからまた時を経て、もう一度この本の扉を開くとき、彼女は、どんな“話し”をしてくれるだろうか。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ上白石萌音さんの初のエッセイ。
『脳味噌で生きてるんだなと思った。天に昇るもそこに落ちるのも、結局はこころがけ次第なのかもしれない。ちょっとしたことで、下向きの矢印は上を向く。その逆も然りなので要注意。自分の機嫌は自分でとって、上手いこと生きていかないと。』p31
『好きなことを好きというにはとても勇気が必要だった。(中略)なんだかとんでもなく苦しかったなあ。あの時の自分の背中をさすってあげたい。』p45
『一冊の本とは、人と時間の結晶なのだ。』
『書くことは、伝えるということは、見つめることからはじまるのだと思った。そして一人では何もできなくて、誰かの力を借りたら何でもできるのだと思った。』p221
歌っているところを見て、透き通った人だなあと思った。
演じている姿を見て、凛とした人だなあと思った。
バラエティに出ている姿を見て、可愛らしい人だなあと思った。
情報番組にでた姿を見て、きれいな言葉を紡ぐ人だなあと思った。
そして、この作品を見て、やっぱり好きだなあと思った。これからも応援しています。