信吉のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
『方丈記』は誰もが知っている古典文学である。しかし「その内容は?」と聞かれたら、せいぜい「行く川の流れは絶えずして」という冒頭文と、「無常観」というキーワードを答えるくらいが関の山。あなたも私も何となく、世捨て人となった作者がみずからの達観した境地を綴ったものと、勝手に想像していないだろうか。だが、この無常観にはちゃんと理由があった。それが「災害」である。
作者はその生涯で天災・人災を含め、五つの災害を経験している。その中には東日本大震災にも匹敵する大地震があった。昨日まで当たり前のように存在していたものがあっけなく消えてしまう。人も街も永遠ではない。『方丈記』が活写した年代は、六年に渡る源平の戦いも含んでいる。しかし、本作にその様子は一切描かれていない。われわれは歴史の授業で「誰と誰が争った」とか「誰それが権力を持った」というストーリーに慣れ親しんでいる。けれど、政治や経済だけが歴史を動かしているのだろうか。
解説を書く養老先生は、平安から鎌倉という時代の大きな転換に、この「災害」が深く関係しているのではないかと考える。本作に描かれているように、京の街はいまの東京と同じく、地方の物資を消費する都市社会である。震災で物流が止まれば、たちまち窮地に陥る。あれこれ手を尽くして田舎から物を運ぼうとしても、当然盗賊や海賊が狙っている。だから武力を持った人間が力を持つ。貴族の時代から武士の時代という転換には、そのような背景もあったのではないか。
『方丈記』という作品は、じつは大きな災害が起きるたびに再注目されてきた。堀田善衛の『方丈記私記』もそのひとつである。本書の巻末には『方丈記』の全文も収録されている。だから新たに原作を買い直す必要はない。南海トラフ地震が予感されるいまこそ、本作を再び読むときではないか。 -
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三代随筆の一つである「方丈記」は、日本最古の「災害文学」とのこと。そうだったっけかー、学校で習ったんだろうけどすっかり忘れてました。
62年の人生の中で5つの災害を経験している長明。「遷都」も災害扱いなのね。
でもま、日本は自然災害がとりわけ多いから、被害の大小関わらず5つくらいは被災するのかもな。戦争も災害とするならそれはまだ経験がないけど、下手したらこの先あるかもしれないし。
いくら立派な家を建てても、いくら財産を蓄えても、災害に遭ったら全てなくなってしまうのに。身軽が一番。わかっているけど喉元を過ぎたら暑さを忘れる。これもまた人間。
ものがあっても無くても自分が満足してればいいのである。そんな【自足】の思想があれば他人のSNSなんて気にならない。
養老先生の解説も面白かったです。これからもし災害で被災することがあったら「方丈記」を思い出せるといいな -
Posted by ブクログ
『方丈記』の概要は、水木しげる版のマンガで掴んだ。養老孟司の解説を読みたかった。その一点で本書を購入した。
結論から言えば、その解説から新たに学ぶことはなかった。養老孟司が『方丈記』を高く評価していることは知っていた。諸行無常を描いていることが、その理由であることも知っていた。
ただし、養老孟司の解説を読んで思うところがあったので、私個人の推理に過ぎないが、記しておく。
鴨長明は鎌倉時代を生きた人であるが、鎌倉時代というのは人々の生活に変化が起きた時代ではないのか。具体的には「都市化」が起きはじめた時代ではないかと思う。「都市化」と言っても現代のような都市ではないだろう。
しかし、都を中心にその周辺にまちが形成され、商人が生まれ、経済というものが成立し始めた時代ではないかと思う。
浅学ゆえ、この推理が正しいのかどうかは分からない。分からないが、そうだとすれば、「変わらないもの」が世間に現れた初期に、鋭敏な感性を持った鴨長明が著したのが『方丈記』ということになる。
さらに、そうだとすれば、鴨長明が「家」にこだわった理由もわかる気がする。「家」は変わりにくいものだからである。変わりにくいはずの「家」さえ変わっていく。鴨長明の一生でさえそうだった。だんだん小さい家になり、最後は一丈四方の庵で『方丈記』を書いた。
変わらないものが社会に現れ始めたときに、「万物は流転するのだ」、「諸行は無常なのだ」と記した。
ゆえに、『方丈記』がいまだに残っていると思えてならない。