藤原さとのレビュー一覧
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ネタバレ筆者は、政策、テクノロジー、医療の分野でプロジェクトの立ち上げに携わってきた方で、教育界の方ではありませんでした。しかし、10年前にお嬢さんの通う公立保育園の父母会長となったことから、教育に関心をもつようになりました。その目黒区立ひもんや保育園は、東京大学名誉教授の汐見稔幸先生から厚い信頼を寄せられている井上さく子先生という方が園長を務める自由保育の園だったことも大きなきっかけで、そこでできたママ友の林正愛さんと、卒園しても地域の子どもたちのために何かしたいと「こたえのない学校」を設立しました。まずはモンテッソーリやシュタイナーなどから読み始め、いくつかの学校も見学し、様々なワークショップなども開催する中、現実社会における大人の真剣な営みと子どもの将来を繋ぐような教育手法を探し続けて出会ったのが「探究」という言葉でした。2013年の「東京コミュニティスクール」のワークショップで知ったのが、国際バカロレアの初等教育プログラムで採用されている米国の教育者リン・エリクソンの「概念型カリキュラム」でした。それは、筆者がまさに仕事でプロジェクトをつくるときのやり方そのもので、そのようなものが学校のカリキュラムとして存在することに、心の底から驚いたそうです。筆者は、翌年から見よう見真似で大人と子どもが出会う小学生向けの探究プログラムを作り始め、5年かけて30以上のプログラムをつくったそうです。その実践の中で、「探究」イコール「概念型カリキュラム」でもないことに気づき、学校の教員や民間の教育者たちが探究する学びをつくる場LCL(Learning Creator’s Lab)を設けました。2016年に「探究を探究する」コースから始め、SLE(社会性と情動の学習)、カリキュラムデザイン、教育登山などがあり、今では毎年100名ほどを受け入れています。メンバーは理論を学んではきていますが、頭で理解することと、実際にチームでプロジェクトのアイディアを生み出し、つくり上げることは全く別物で、四苦八苦している方も多かったそうです。しかし、見栄えのいいプレゼンではなく、そのプロセスと振り返りをしっかり行い、心を揺らす発表になるために奮闘されたそうです。アフリカの格言「早くに行きたいなら一人で行け、遠くに行きたいならみんなで行け」の通り、人は他者と協働して生きていくことが大切になります。探究する学びとは、未知のものに出会ったときに、どのようにふるまい、向き合うかを学ぶことです。先も答えも見えていない中で、すったもんだするのが探究であるといえます。
30年前の生活科の導入や、明治期に学制が導入されたころから、世の中の潮流は実践と切り捨てを繰り返してきました。今、「探究」という言葉の意味も、どんどん希薄になって、流行り言葉のようになり、深く理解されないまま、あちらこちらで踊っているように見えます。今回の学習指導要領改訂でも、探究という言葉が多く使われるようになりました。しかし、探究に関して教師たちが手にする情報は、非常に断片的で、玉石混交です。さまざまな手法・研究はありますが、それぞれの関連が見えにくく、全体像を掴むことがとても難しいのです。探究の全体像が捉えられないなかで、受け取った情報の吟味方法も自身の実践への取り入れ方もわからないのとなっています。いわば、地図がないまま右往左往しているようなものです。日々悩み続けている教師たちを前に、どんなに不格好であったとしても手がかりのようなものを提案することはできないだろうかと考え、筆者は本書を書くことにしたそうです。
【探究の歴史】
古代ギリシャやローマに始まる西洋の教育は、ルネサンス期、宗教改革を経て、近代に入る。「エミール」(1762) のジャン・ジャック・ルソー、ドイツの哲学者のカント、スイスのペスタロッチ、ドイツのフレーベル、同じくドイツのヨハン・ヘルバルト、達を経て、サマーヒル学園を創設したイギリス人教育家のA.S.ニイル、シュタイナー教育、モンテッソーリ教育、のような新しい学びの形も生まれた。プラグマティズムという思想の生みの親であるチャールズ・パースは、「真理とは、理想的な探究の無際限な継続の果てに見出されるであろう、最終的な信念の収束点のことである」と述べている。また、プラグマティズムの思想を世界に向けて広く発信したウィリアム・ジェームスの思想とも合わせて、プラグマティズムを教育学に応用したのが、ジョン・デューイである。
日本では、19世紀の手習い塾から洋学塾までのさまざまな私的の塾に始まり、近代的な学校教育へと整備されていった。
学びに関する考え方は様々あるが、大きく分けて伝達的価値観(まず知識を与えてスキルを発展させていく。外部的な働きかけによって“学び”が起きるという考え)と構成的価値観(生徒の経験と認知にフォーカスする。“学び”は内発的に起こるという考え)があり、スイスのジャン・ピアジェや、ソ連のヴィゴツキー(発達の最近接領域)、アメリカのブルーナー(足場かけ)等に発展し、探究する学びはそれに支えられている。しかし、構成的な価値観に基づく探究と、伝統的な価値観に基づく教授は入れ子構造で学んでいくべきであり、両者をバランスよく取り入れた調和のとれた相対的な学びの経験をデザインしていくことが大切である。
【世界のさまざまな探究】
日本の学校との親和性を考えると、次の6つの探究があげられる。
国際バカロレア(グローバル):本部がジュネーブにあるIB機構は、世界平和に寄与する人材を育成することを目的として1968年に発足した。現在159以上の国、地域で約5600校に導入されている。日本の認定校は207校である。人類に共通する人間性と地球を共に守る責任を認識した国際的な視野をもった人間を育てることがねらい。
イエナプラン(オランダ等):抽象的なIBの理念に対して、異学年学級、自由進度で自学自習する教科学習、画工環境の設定など、具体的。授業は「生命に対する畏敬」から始めるべきで、自分で考えられる人を育てる学校を目指した。2019年に日本初のイエナプラン認定校である大日向小学校(長野県)、2022年には公立小として初めて常石ともに学園(広島)が開校。オランダには公私合わせて200校以上、ドイツでも約50校ある。
プロジェクト型学習(米国/グローバル):ジョン・デューイの思想を正統的に引き継ぎながら時代に合わせてカリキュラムを進化させている、全世界に採用が進んでいる学習法。「公正(Equity)」の概念を学校教育の中核に据えている。ハイ・テック・ハイというチャータースクールが代表的
生活・総合学習(日本):1989年改訂の学習指導要領で、生活科が低学年に導入され、1998年改訂で3年生以上に総合的な学習の時間が導入された。伊那市立伊奈小学校(長野)では、40年以上前から、子どもの意欲や発想に基盤を置く総合学習を実践している。そのルーツとしては、1918年に大正デモクラシーの思想をもつ自由主義的な新教育運動が全国各地に広がったことがあり、私立では成蹊小学校、成城小学校、自由学園、明星学園、などがあった。
子どものための哲学(グローバル):ルーツには哲学プラクティスという運動があり、1970年代に米国で始まった。構想の中心には「探究の共同体」という理念がある。あらゆる場面で実践できるが、特に道徳の時間での取組が期待される。
創造性教育・生成する学び(日本):慶応大学の井庭崇先生と、一般社団法人みつかる+わかる代表理事の市川力さんが導き出したアイディア。子どもの発言はどんな些細なことでも見逃さずすべて受け止め、ひらめきや偶然をキャッチする愛情に満ちた、ユーモア溢れる場をつくっていく必要がある。
【協働する探究の構造】
探究とは、生徒自身による「課題の設定」から「情報の収集」「整理・分析」を経て「まとめ・表現」に到達するという学習過程のスパイラルを描く。様々なサイクルがあるが、探究とは、ある起点から何らかの経験を経て変化が起き、新しい状態へ到達して永遠に続くスパイラルである。それは、不確定な状況からスタートしないといけない。筆者は、デューイの探究の定義に、軸にリン・エリクソンの知識の構造を斜めに傾けて合体させた独自のイメージを推奨している。教師は卓越した観察力と軸の設定能力、子どもを導くマネジメント力等を求められている。探究学習の過程で、知識を習得するだけでなく、非認知能力が育まれ、それが土台となることで、さらなる探究の展開を助けることができる。
【探究における問いのデザイン】
探究の中心軸の具体的な設定としては、次の3つがあげられる。
1本質的な問い、2中核となる概念理解、3解決したい課題
「本質的な問い」とは「協働する問い」とも置き換えられる。国際バカロレアでも参照されている米国の教育者マクタイ&ウィギンズは、本質的な問いの条件として次のように述べている。
1.本質的な問いは生涯を通じて繰り返される問いであり、時空を超えるものである
2.本質的な問いは、さらに深く、水平に広がっていく可能性をもっている
3.本質的な問いは、自分の過去の経験、そして未来の自分に意味のある繋がりをもち、探究心に灯を点ける
最大の問いは「人生を貫く問い」であり、生涯にわたって問い続け、自分なりの答えが更新されていく問いこそが、本当に人生を豊かにする問いとなる。
【概念を使った探究のデザイン】
2つめの軸となるのが「中核となる概念理解」である。これは、国際バカロレアの中等教育プログラムの開発コンサルタントを務めた米国の教育者リン・エリクソンの設計による探究の形である。リン・エリクソンは、小学校の低学年までは、多くの学校で概念を存分に活用した学びができているのに、高学年につれて事実に関する知識の量が増え、かつ概念型の取組が減ることによって、モチベーションが下がってしまっていると指摘する。また、事実レベル(低次の思考)と概念レベル(高次のレベル)の双方を使って思考の相乗作用を行うことによって、子どもたちは、総体としての知識を深め、知力を発達させていくとも述べている。概念とはトピックから引き出された思考の構築物であり、「時を超越し」「1,2語の単語か短いフレーズで表され」「普遍的かつ抽象的である」性質をもつとしている。
【課題解決による探究のデザイン】
最後は「解決したい課題」からの軸である。先の2つとは少し毛色が違うが、デザイン思考を使った授業開発もその一つである。人間中心のクリエイティブな問題解決アプローチを提案している。学びの中心軸にたどりつくことが難しいこともあるが、何より自ら気づくプロセスを大事に考えることで、大きな学びにつながることができるのである。
【探究の評価をデザインする】
パフォーマンス課題などは、ルーブリックを使用して評価されることが多い。日本の学習指導要領では、資質・能力の3つの柱(個別の知識・技能、思考力・判断力・表現力等、学びに向かう力・人間性等)が示されている。現在は「総括的評価」一般的だが、プロセスを評価する「形成的評価」が重要視されつつあり、国際バカロレアの初等教育プログラムでも、よりこちらが大事にされるようになっている。その際には、フィードバックも重要である。評価する主体も、教師から自己評価やピア評価に移行しつつあり、バランスよく組み合わせていくことが大切である。
【探究における協働のデザイン】
教師間のコラボレーションがなければ、とてもではないが探究の単元設計はできない、というのが世界の常識である。例えばIB校では、PYPコーディネーターという専門職が学校に1名配置されるべきとしている。日本の小中校であれば、市区町村レベルの教育委員会がこうした機能をもつことも考えられる。ハイ・テック・ハイでは、人文系と理数系の教師がペアになって設計するそうである。社会性と情動の学習(SEL)の導入も欠かせない。
【探究の究極の目的】
ハイ・テック・ハイでは、「公正」を中心軸に据えた学校カリキュラムを組んでいる。多様な考え方を経験をしている子どもたちが集まり、お互いにチームで学び合うことこそが大きな価値をもつ、ということを教員全員が理念として共有している。国際バカロレアが最上位の概念として設定したのは「平和」である。第二次世界大戦への深い反省とともに、世界平和に寄与する人材の育成を目指している。日本の教育基本法でも、前文に「世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願う」「個人の尊厳を重んじ、心理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期する」とある。私たちは、どうあらねばならないのか、何をすべきなのか、ということを、皆で考え続けていかねばならない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「Most Likely to Succeed(これからの学校の役割)」という教育ドキュメンタリー映画が、2015年よりアメリカ、そして日本を含む35ヵ国以上で上演されました。それは、アメリカ西海岸、メキシコとの国境の町、サンディエゴのハイ・テック・ハイ(High Tech High)」という新しい学校での取組です。ここでは、教師と生徒のチームで非常に高いクオリティのプロジェクトがつくり上げられています。その過程では、非認知能力(「他人への思いやり」「粘り強さ」「人を巻き込む力」「明るさ」等)を十分に伸ばし、学力面でも96%の生徒がカレッジ以上の大学へ進学(生徒の約半数が低所得層の子であるにも関わらず)するなど、大きなパフォーマンスを見せています。この学校は、2000年に生徒数450名の高校生で開校したチャータースクールという形式の公立校で、授業料は無料、決まった教科書や定期試験はなく、授業は完全に教師にゆだねられています。2020年現在では、小学校から高校まで16校、生徒総数は6350人を数えるほどに成長しました。映画では、9年生の2人の成長する姿を追ったものです。
筆者は、政治学、公共政策を学び、公共セクターと民間企業で働いてきた方ですが、娘さんの通った保育園が、汐見稔幸(東京大学名誉教授)先生の信頼する園長先生であったことから、教育に関心をもつようになったそうです。保育園の父母会長として地域の児童の学びを考え始め、「探究学習」に出会い、その普及活動のために2014年に「こたえのない学校」という一般社団法人を設立されました。その後、ご家族のご都合でテキサスに在住し、米国コミュニティカレッジで教職課程を履修したり、公立高校で代理教師をされたりした経験もあります。一時帰国中に、上記映画を岩瀬直樹先生(東京学芸大学教職大学院准教授、現軽井沢風越学園園長)と視聴し、1年後に共に現地の学校を訪問し、日本での研修に奔走することになりました。その際、経済産業省がスタートさせた「未来の教室Learning Innovation」から、教育テクノロジー・個別最適化・分離融合・社会課題解決をキーワードに、新たな教育プログラムの開発・実証を行うための事業の採択を受け、事業を展開されたそうです。
ハイ・テック・ハイの中核の概念は「『公正(Equity)』を実現するためのプロジェクト」です。ここで言う「公正」とは、「誰もが、人種や性別や、性的な意識や、身体的、もしくは認知能力にかかわらず、同じように価値ある人間だと感じることができること」です。そのような社会で、行き切る幸せな子どもたちを育てるためにすべきことはなんであるか、それをハイ・テック・ハイは提案しています。
日本では、「学習指導要領」が改訂され、2020年度から順次導入が進んでいます。文科省は「学校で学んだことが、子供たちの『生きる力』となって、明日に、そしてその先の人生につながってほしい」「これからの社会が、どんなに変化して予測困難な時代になっても、自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、判断して行動し、それぞれに思い描く幸せを実現してほしい」としています。つまり、日本にもハイ・テック・ハイのような学びが必要になり、その「公正」を実現するための鍵となる学びの方法が「プロジェクト型学習」であり、その上位概念となる「探究」です。本書では「どうしたら生まれた家庭の環境や身体的・認知的特性にかかわらず、すべての子どもが自分に価値を感じ、幸せに生きていくことができるのか」を共に考えようとしています。
【なぜ「探究」する学びが求められたのか】
現在の学びのスタイルも、導入当初は画期的で、教育が一挙に大衆化される有用なものだった。しかし、社会が変化しているのに、学校が変わっていないことには危機感も感じる。ハイ・テック・ハイはチャータースクール(1990年代から米国に広がった学習形態で、全米で7000校以上、全公立学校の生徒のうち約6%が通学)の一つであり、教師によるプロジェクトの協働設計や、非常に高いレベルの教科横断型のプロジェクトなど、独自のカリキュラムを発展させている。
ハイ・テック・ハイは、地元の企業が、必要な人材を獲得するために、エンジニア・技術者・クリエイターを育成するための高校をつくろうとしたことが発端で創設された学校である。校長になった人物は、元大工であり、弁護士であり、ハーバードや高校で教育関連の仕事をしている人である。彼は、手を動かす作業をすると、子どもたちの記憶の定着度がいいことに注目していた。
学校のデザイン指針1.公正(Equality)であること:できるだけ多様なバックグラウンドをもつ子どもを積極的に学校に迎え入れることを入学のポリシーとしており、それぞれの個性を自覚し、その能力を発揮し、その場にいていい、と感じられる、社会の基盤になるような学校をつくる。
学校のデザイン指針2.プロジェクトによる学びと人間的成長:生徒が自発的な学びに向かうことを援助し、推進するように設計されており、生徒たちは「自分とは何か」という問いに向き合い、コミュニティのなかで人間としての成長を遂げるように促される。
学校のデザイン指針3.実社会とつながる美しく真正な学びをする:ロン・バーガーから大きな影響を受けている。学校は生徒たちに、こころと身体の双方をフルに使って「意味があり」「美しい」学びをするように求める。生徒たちは「自分にとって意味があり」「友達や先生、学校にとって意味があり」「学校の外の世界にとっても意味のある」学びをする。
学校のデザイン指針4.教師も協働し、学習する組織を実現する:深い学びの体験をデザインする教育者にとって、最も重要なのはコラボレーションであり、「公正な教育を実現するにはどうしたらいいのか」「新しい学校文化をつくっていくにはどうしたらいいのか」「どのようにしたら意味のある真正な評価ができるのだろうか」というような終わりなき問いに教師も生徒も一緒に取り組んでいく。
学校づくりの基本は、教師による教育の設計であり、綿密なデザインが必要であるが、予定通りにいかなくても大丈夫というおおらかさも必要である。ケン・ロビンソン卿は、人生において「エレメント(自分の才能と情熱が出会う場所)」を見つけることが何より重要だと述べている。こうしたことを実際に実現するのがプロジェクト型学習である。
【プロジェクトベースの学びとは何か】
米国では州別の学習スタンダードしかなかったが、オバマ政権時代2010年からの取組で年長から高3までのコモン・コアという新しい学習スタンダードができた。課題解決型学習(プロブレム・ベースド:複雑な現実の問題に対する探究とその解決を中心に据えて集中して取り組む、体験的(身もこころも使った)学び)より、プロジェクト型学習(生徒が現実世界に主体的に関わること、もしくは個人として意味のあるプロジェクトに取り組むことを支援する教育手法)の実践が日本よりもはるかに進んでいる。
学びの歴史は長く、1762年のルソーの「エミール」、ドイツのカント、スイスのペスタロッチー、フレーベル、イエナプランのペーター・ペーゼン、イタリアのモンテッソーリ、シュタイナー等が様々な形を提唱している。1919年に、20世紀最大の思想家と言われるアメリカのジョン・デューイが実現した実験的な試みが米国における「探究する学び」「プロジェクト型学習」の原型となっている。
「学び」に関する考え方で言えば、大きく分けて「伝達主義:知識・スキルの発展。外部的な働きかけによって“学び”が起きる」と「構成主義:生徒の経験と認知にフォーカス。“学び”は内発的に起こる」に分かれる。後者はスイスのジャン・ピアジェや、ソヴィエトのヴィゴツキー「ZPD発達の最近接領域」、米国のブルーナー「足場かけ(Scaffolding)」へと発展している。ただし、構成的な価値観と伝達的な価値観は入り混じっていることが多く、どちらかが間違っているという訳ではない。学びの目的は「生きた」知識を生むことではあるが、それは、とても時間のかかるものでもある。各校に独自のPBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)があり、それは「エクセレンスの倫理を養う(最高のアウトプット、美しい展示に向けて最大限の努力をすること)」が目標になる。そのための教師の5つの習慣として、ロン・バーガーは以下の5つを述べている。①意義ある学習活動を割り当てる、②エクセレンスの事例を研究する、③批評の文化を構築する、④複数回の見直しを要求する、⑤公のプレゼンテーションの場を提供する である。ハイ・テック・ハイには、常に「美的感覚」「ものづくり」「協働」「よりよき市民の育成と民主主義の実現」が織り込まれており、「観察」「考察」「記録」「発表」のプロセスでエクセレンスの倫理を育んでいるのである。
【プロジェクト型学習が子どもの生きる力を伸ばす】
ハイ・テック・ハイには、9つのPBL要素がある。
1.プロジェクトの開始:毎年複数の教員と生徒で計画する。「発表」から逆算して計画する。プロジェクト・ディスカッション・パターンを使うことが多い。
2.本質的な問い:①広範で、革新的な思考、そして何層にも重なる探究を促すもの。②簡単には答えが見つからないもの。③生徒の想像力を捉えるもの。④仕事や研究、個人的もしくは家庭的な生活で問われるもの。
3.アイディア出し:生徒と教師が協力して生成・共有する。
4.批評:定期的に分析、批評し、確認する。
5.学習スキル・知識・学習態度:教師と協働し、学業におけるマインドセットを確立する。
6.プロトタイプと修正:ますます意味深く、美しい作品の創造に向かう。
7.発表会:作品を「現実の世界」に持ち込み、プロジェクトの意味合いを深める。
8.評価:複数の形式で評価
9.振り返り:思慮深く慎重な実践を促すような質問をし、評価する。
本章では、高校2年生と小学校1年生の実践例を紹介している。
【「美しい仕事」をする生徒たち】
ハイ・テック・ハイのPBLはロン・バーガーの思想が大きく影響している。彼が最も価値があると考えているのは、生徒が「美しい仕事」をすることをサポートすることであり、それを成立させる鍵は「文化」にあると述べている。当校では、「できなかったこと」が「できるようになる」ための努力を惜しまない力(Grit)等を養っていくために「批評」を大切にしている。その基本的な考え方は以下の3つである。①優しく、具体的で、助けになる批評を行う。②コンテンツに対しては厳しく、人には優しく。③自分も話し、人も話せるようにし、すべての人の「声」が受け取られるようにする。批評は、究極的に「しなやかで柔軟なこころを育てる」ためにある。そのために、クラスの中に安全・安心な場をつくるのはもちろんであるが、「より美しい」「より質の高い」ものをつくっていくための相互の批評には「痛み」を伴うこともある。「厳しい指摘をしない」という甘やかしのなかで本来受けるべき建設的な批評を受けることができていないと、学業がうまくいかなくなることが多い。
アメリカには「道徳」という教科はないが、SEL(社会性と情動の学習)を導入する学校が増えており、以下の5つの要素を大切にしている。①自己への気づき、②自己のマネジメント、③社会的な気づき、④関係構築のスキル、⑤意思決定への責任
【「評価」を変えれば子どもも変わる】
「評価」は究極には生徒一人ひとりのためのものである。総括的評価(期末テストや人事評価等)、形成的評価(随時進行する営みのなかでの評価)があるが、当校では後者を重視しており、それは内省を促す「生徒中心の評価」でなされ、自己評価とピア評価を組み合わせている。「評価」は書く教師が実施する学びに合わせて設計していくものであり、「成績」は社会から求められるものである。当校には特別支援において別クラスで授業を行う「取り出し」はほとんど行わず、「人はすべてユニークであり、かけがえのない個性をもつ」という考え方で、すべての子がクラスに受け入れられている。
当校では、プロジェクト型学習中心ではあるが、4年制大学への進学率が53.8%(州平均26.0%)、カリフォルニア州立大学への進学率は17.2%(州平均6.9%)と非常に高い。プロジェクトのゴールに向かうなかで学習項目を取り入れているのである。テストは納得するまで何度でも受けることができ、教師は自分の考える評価法を作成し、その内容をグーグルドライブに保存して共有している。成績は大学受験のためには必要であるが、成績はテストではつけず、受験対策も行わない。ただ、小学校では「リーディング」「ライティング」「算数」の関しては、中学高校と違って、約2/3の時間が充てられている。
【学習し、成長する組織】
ピーター・センゲは、「学習する組織」に必要なのは以下の5つであり、それが「教室」「学校」「コミュニティ」の3つの場所で実行されることで、変貌を遂げることができると述べている。
①共有ビジョン:「公正」が基軸となっている。
②自己マスタリー:「自分の才能と情熱が出会う場所」を見つけるために、教師は精一杯の支援を行うことが必要であり、その教師を援助することが大切。
③チーム学習:うまくいかないことこそがグループワークの醍醐味。当校の生徒は他者に対してより共感的である。協働することで一人ではできないことができ、人文と理系の教師が携わることで学びに深みが出る。
④メンタル・モデル:「振り返り」「探究」の2つのスキルの実践で、「公正」に基づく理念を軸とした、社会の現実とも折り合い、子どもたちが健全に成長する「学校」となる。
⑤システム思考:自分たちとシステムとしてつながりつつも、様々な視点をもつ学校外部の人(コミュニティ)と積極的に交流し、より本質的な解決を目指す。
【日本の学校への応用】
実際のプロジェクトがうまく進まないことは日常茶飯事。いったん「学び手」としてゼロから経験することも大事。「学習障害」「発達障害」のレッテルで教室から排除するのは問題。米国ではPISAのスコアが参加国の平均を割っており、教師の待遇もよくない。日本では教職がブラック企業化し、採用倍率も大きく低下している。PISAでは、数学と科学的リテラシーはトップレベルだが、非認知能力においては最下位の結果となっている。日本の学校が「自分の才能と情熱が出会う場所」として機能していない。先述の研修後に、いくつかの提案授業がもたれた。小田原市の小学校4年生(総合)、海老名市の中学校1年(理科)等であり、「問いを生み出す力」「ものごとを探究する力」「仲間と対話する力」が身についたと感じた生徒は85%以上で、学外実力テストの成績は例年並みだった。他にも、地方教育委員会で研修会等が実施され、軽井沢風越学園やかえつ中高等学校では、プロジェクト型学習を導入している。60年以上通知表のない長野県の伊奈小学校では、40年以上探究学習を行っている。日本は学習者の「生活(経験)」を重視した探究に優れた実践が多く、欧米諸国では「教材(教科)」を重視したものが多い。両方のよい点を見ながら、より多様な探究を実践していくことが可能である。
教育と社会は両輪であり、どちらだけが良いという国はない。現在の学校教育に対する批判と欠点とを十分に認識したうえで、「公正」を基軸にして「学校」というものを捉え直して再構成すべきである。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ1〜2章
これまでの学校教育は、工場のスタッフを量産するようなものであった。
公正という言葉がベースの学校ハイテックハイ。探究ベースの学習。
3〜5章
地域を巻き込み、発信を意識したプロジェクトベースの学習の作り方。
プロジェクトを進めていく中で、何度もふりかえりの場を設定する。そのふりかえりでは、自己評価だけでなく、批評を入れた相互評価を行う。
6〜7章
今の学校は,学校の意味合いを感じられず、人生の目標が定められていない生徒で溢れている。
教師自身が、自分の才能と情熱が出会う場所を真剣に学ぶ必要がある。その上で、子どもたちにそうできるように支援していく必要がある。そのためには、何を教えるかは教師次第の方がよいのでは?
PBLに取り組むことで見られる子どもの変化は、学校の外に出たときの大人への対応。
グループワークの醍醐味
・普段コミュニケーションが少ない人とどう関わるか
・意見が対立したときの擦り合わせ
・グループ内の関係維持
人は顕在的に言っていることと潜在的に思っていることが違う場合がよくある。
PBLの学びでは、予想外のことがよく起こる。そのため、教師のこうでなければならないという考えは手放すべきで、むしろ柔軟に対応することが重要である。
このように失敗を恐れない教師を育てるためには、常にチャレンジすることの良さを説き、お互いが共に内省し,励ます文化が大切である。
子どもの内なる声を聴き、それをどう表出させるか、成長させるかを教師は問い続けることが大切。