飯田未希のレビュー一覧

  • 非国民な女たち 戦時下のパーマとモンペ

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     日本政府は「戦時に相応しい」髪型や服装を公的に決定したが、そのことは、多くの女性たちがその「決定」に従ったことを意味しない。現在われわれが想像するよりもずっと多くの女性たちは戦争中にパーマをかけ、スカートを穿いてお洒落を追求していた。「戦時に相応しい服装」として喧伝されたモンペの着用は、戦時末期まで広がらなかった。
     
     日中戦争・アジア太平洋戦争期にメディアの言説で排撃された「パーマネント」と推奨された「モンペ」という二つのキーワードに注目、女性の外見をターゲットにした統制の言説と、その言説と交渉しつつファッションによる自己表現という思想を手放さなかった女性たちの葛藤を描き出す。『細雪』の読解に役立てばと手に取ったが、期待以上だった。山野愛子や杉野芳子、田中千代ら、女性美容師や服飾デザイナーの言説、彼女たちの学校に関する回想、同窓会誌に注目したところが新しい。戦時・戦後の連続性という観点から見ても、重要な仕事だと思う。

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    2021年05月02日
  • 非国民な女たち 戦時下のパーマとモンペ

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    ネタバレ

    日常のチカラと、女性としての美へのこだわりと。そりゃそうだよ。モンペはそれでもそれなりに着てたと祖母たちは言ってたけど。パーマは、わかる気がする。

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    2021年03月06日
  • 女たちよ、大志を抱け――戦時下、外地で就職する

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    前作の『非国民な女たち』から続けて読んだが、いやはやなんとも、これまで自分が持っていた戦時中の女性に対するイメージが大きく変わった。この本は、戦時中に外地を就職先として選んだら女性たちの記録とその考察。外地とは中国(満州含む)、南方、つまり日本の占領地や植民地である。現在の我々でも海外で働くというのはさまざまな障害があるが、当時の女性たちがいとも軽々と戦地に向かうのは驚き。ただ今の時代から過去を見るのはやはり色眼鏡や予断、先入観が拭えない。とりあえず内地が不自由だからとか、新国家建設、大東亜共栄圏建設のための女性兵士とか、なんと観光地として外地を捉えていた可能性とか、これまでの先入観をことごとく打ち砕くような事例が出ていた。当時のハローワークに外地の求人が出ると、物凄い数の求職者がやって来たエピソードにも驚く。我々が持っている戦後の国土感と明治・大正・昭和と移民の時代を生きて来た人たちの感覚は全く異なっていたようだ。当時の新聞、雑誌の記事や体験者の戦後の自費出版等等、数多くの資料から導かれる視点は学びが多い。占領された中国人から見た日本人男女に対する意見は興味深い。敗戦の色が濃くなって外地で働いていた女性に対し海軍は看護師として登録し赤十字扱いで日本に安全に帰れるよう手配したが、陸軍は満州の関東軍を見れば分かるように見捨てる。

    ちょっと笑い話を書いておく。南方に赴任した女性の記録に「派手な服装はいけない派手な化粧はいけない」と段々厳しくなった時期に配給の石鹸やタオルを持って華僑のパーマ屋に行きチリチリヘアにして来たら、「お前達のチリチリ頭はなんだ。見苦しいから今すぐ真直になおして来い。M君お前は化粧が濃過ぎるぞ」と女子全員大目玉を食らった、なんてエピソードも。とにかく読みやすいが刺激的な本であった。

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    2026年04月16日
  • 非国民な女たち 戦時下のパーマとモンペ

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    今まで持っていた戦時中のイメージが大きく変わる一冊。当時の女性はパーマをかけたりお洒落をすると非国民と罵られたので、おかっぱ頭にモンペを履いてバケツリレーの消防訓練、あるいは竹槍突き上げB29を叩き落とす訓練、贅沢は敵だ・欲しがりません勝つまでは・足らぬ足らぬは工夫が足らぬ等等、お上から与えられたスローガンを守ってひっそりと暮らしていると思い込んでいた。そう、頭に浮かぶのは『火垂るの墓』の節子の格好。しかしながら、もちろんパーマをかけると非国民と罵られたり、モジャモジャ頭に手を突っ込まれたり大変な目にあっては来たものの、女性たちはそれなりに理論武装してパーマや洋装を楽しんでいた。売ってなければ作るってなはDIY精神でありパンクだ。また防空壕の中でもパーマをかけた実話や電気が使えなくなったら配給の炭を持って来てパーマを当てたなどの事実が語られている。戦時中に我慢を続けていたので、戦後、パーマや化粧、洋装化という「アメリカ化」で女性が解放されたというのは間違いでは無いが、そう単純な話ではない。学術書といってもいい本だが、当時の新聞記事や雑誌に出た色々なエピソードが興味深く楽しんで読めた。なかでも岩手の盛岡電髪業組合が婦人会と対立しパーマネントの効用を認めさせたという事実は痛快。また新聞の読者投稿でパーマ反対派(無論、こちらが圧倒的多数)とパーマ容認派のやり取りがあり、どう読んでも容認派の方が筋が通っていたり。最後に華美なものは弾圧された時代、毛皮もその槍玉に上がるものの軍隊で使うのは良くて女性だけが贅沢、奢侈だと非難されたのは、そりゃ勝手過ぎる。自主講座で先日、筆者の話を聞いた。その時の資料にも一部出ていたので個人的にはとても読みやすい本だった。

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    2026年04月04日
  • 非国民な女たち 戦時下のパーマとモンペ

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    戦時中パーマネント禁止が声高に叫ばれていたのは実はそれが守られていなかった事の裏返しだったとは。洋装にパーマネント、戦時中の女性の装いは実際にはどうだったのか?各家庭に配給された「木炭」を利用してまでパーマを掛けていた女性たちが少なからず存在していたという事実は初めて知った。戦時中の女性の装いとしては定番の「モンペ」も実はいろいろな形があり、特に都市部では余り着用率が高くなかったとは。「報国」よりも美しさを追求する層が一定数存在していた事に少しだけ安心を覚えたのは事実。

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    2025年11月25日
  • 非国民な女たち 戦時下のパーマとモンペ

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    わたしも「非国民」スピリットを胸に秘めて生きていきたい。

    ルッキズムまみれの非難や暴言を吐かれても、パーマネントの機械を金属供出で取り上げられても、電気を止められても、配給の木炭を持ち寄ってパーマをかけるために早朝から並んだり、ときには防空壕でパーマかけたりと、自由を制限されてもやりたいことをやる!

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    2021年12月28日
  • 非国民な女たち 戦時下のパーマとモンペ

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    戦時中の女性の服装といえばモンペとばかり思っていたから、そういうわけではないということにビックリ。パーマだって批判されても禁止されても最後は木炭パーマに行きついても、それでもパーマするぞ!っていうのにもビックリ。つややかな黒髪とか汚い足を見せるなとか妙に“日本女性”に夢見ている旧態依然としたおじさんたちには呆れたけど、でもまあこの頃の男なんてこんなもんなんだろうな。

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    2021年06月24日
  • 非国民な女たち 戦時下のパーマとモンペ

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    朝ドラでは2周するほど『カーネーション』が一番好きだ。だから洋裁の糸子とパーマネントの八重子さん、2人のドラマに思いを馳せながらこの本を読んだ。

    時局や、太いものに巻かれる人々に白い目を向けられながらも、戦時下でもオシャレを諦めない女性たちが思った以上にたくさんいて驚いた。そしてお国の「正解」よりも、個人の「美意識」を優先させる“たくましい”女性たちの姿は、時代を超えても色褪せないことがよく分かった。

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    2025年12月27日
  • 非国民な女たち 戦時下のパーマとモンペ

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    戦後パーマが流行したのではなく戦前はもちろん戦時中でも女性の美を求める気持ちは流れていた.ということなどなかなか面白かった.戦時中はみんなモンペをはいていたのかと思っていたらそうでもなかったのも驚きだ.公権力に反対しているのではないのが,そのように取られプロパガンダに利用されるというのもいかにもありそうで納得.

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    2021年04月07日
  • 非国民な女たち 戦時下のパーマとモンペ

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    戦時下、全然、みんながモンペだったわけじゃないんだ。

    どんなに禁止しても、パーマだってかけ続けてたんだな。業界やらなにやら巻き込んで、本当、ものすごいパワーだ。

    で、こういうことが日本の分断を生む、という論は当時もあって笑う。

    女性が美を求めるってのが、全肯定されているのもちょっと笑ったけど。

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    2021年02月21日
  • 非国民な女たち 戦時下のパーマとモンペ

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    太平洋戦争中、戦時下の抑圧された社会の中でもモンペや標準服をダサいからと拒否し、「パーマネントはやめませう」の声にめげずパーマをかけ続けた女性たちの話。これを抵抗ととるか、危機感のなさととるか、或いは強かさととるか。
    山田風太郎の「不戦日記」など戦時下に書かれた日記などを見てみても、本土に暮らす銃後の人々の生活が大きく変わるのは空襲が激しくなった1945年に入ってからの戦争末期になってからで、それまでは徐々に苦しくなってくる戦況と生活を感じながらも日常を暮らしていたという印象が強い。戦時下でもパーマをかけていたと言われても、まぁそんなもんだろうという気がする。コロナ下の現在、マスクをかけずに外出する程度のことだったのかもしれない。
    むしろ、この本の中で出てくるエピソードで驚いたのは、1945年8月15日にパーマをかけに来た人がいたという話。なんだか嬉しくなるね。

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    2020年11月24日