島田虔次のレビュー一覧

  • 中江兆民 三酔人経綸問答

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     政治・経済を論じるのは、所詮酔っ払い談義に過ぎないという突き放したような諦観からくる、冷静な分析には舌を巻く。洋学紳士と豪傑君みられるようなタイプの問答は現代でもはっきりと存続している。

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    2012年04月24日
  • 中江兆民 三酔人経綸問答

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    <紹介>
     本書は自由主義的進歩思想、絶対平和観を有した洋学紳士君、帝国主義的国権論者の豪傑君、現実主義の南海先生、三人が対話によって世界の潮流、日本の政治を語るものである。洋学紳士君、豪傑君はどちらもラディカリストであり、それを南海先生がたしなめる形になっている。南海先生は決して自らの主張を述べるでもなく、喋る機会自体が少ないが、先生の言葉一つ一つは比喩を用いながら、思想や政治の本質について核心的な事を述べており興味深い。

    <感想> 
     解説にあるように、三者のうちどれが中江兆民の思想に一番近いのかははっきりしないが、私は洋学紳士君に対する思い入れが大きいように思える。洋学紳士君は西欧の歴史の理から自由民主制こそが最上の制度であり「進化の理法」だという。そして富国強兵など弱小国は望めないから、学術的に秀でることで「無形の道義」を体現すべきだという。この洋学紳士君の「進化の理法」に対する批判に本書でもっとも力が入れられているように感じた(p94~)。
     先生曰く、人間が先導することが出来ない「進化の神」は、畢竟跡づけに過ぎない。その「神」の進む道は曲がりくねり、前後し決して直線コースを採らなず、人間が予見出来るものではない。さらに、世界中には至る所に多様多愛な「進化の神」がおり、西欧型が唯一ではない。だから直ちに何を採用すべきか分からないけれど、一つ確かなことは「進化の神」が共通して憎むものがあるということである。そしてそれは「その時、その場合においてけっして行ない得ないことを行なうとすること」である。
     続けて言う、政治の本質とは国民の意向に添い、国民の知的水準に合う制度を採用し、福祉の利益を達成することであると。事業、歴史は常に「過去の思想を発現」である。「進化の神」としての歴史は「人々の思想が合体して、一つの円をかたちづくるもの」である。であるからこそ、人々の脳髄に思想を植え、それを一度過去のものにしない限り、良い事業は出来ないのだ。
     社会契約論を翻訳し、東洋のルソーと呼ばれ藩閥政治には批判的であった中江兆民だが、本書を読んで感じるのは、兆民自身がフランス型の社会契約論に根ざした「民権の回復」(草の根の革命的民主化)を求めているとは到底思えないことだ。それよりも「恩賜の民権」(上からの自由化、民主化)を重視し、君主や宰相が「人民の知的水準」に注意を払いながら、自由の規制を解くことが望ましいと考えている(p98~)。そしてその漸次自由化の間に人民が行なうことは「これ(恩賜の民権)をちゃんと守り、大切にあつかって、道徳という霊気、学問という滋養液で養ってやる」ことである。そうすれば時勢が進み歴史が展開するとき、肥え、背が高くなり「回復の民権」と肩を並べることが出来る、それこそ「進化の理法」であると考えている。

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    2011年12月24日
  • 朱子学と陽明学

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    [ 内容 ]
    仏教の汎神論的思想を容れて宋代に確立した朱子学、心即理・致良知・知行合一を説く明代に生まれた陽明学。
    両者とも近世中国を支配した儒教哲学であり、また唯心論的実践哲学である。
    日本人の倫理観にも大きく影響を与えたこれらの学説の成立過程と歴史的役割を明らかにし、中国思想史におけるその位置づけを試みる。

    [ 目次 ]


    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

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    2011年05月11日
  • 朱子学と陽明学

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    朱子学と陽明学の解説書。

    朱子学と陽明学って何?という本では無く、
    ある程度知っている人のための解説書である。

    朱子以前の宋学から始まり、
    陽明学の成立とその後の影響までを解説する。

    性即理と心即理の具体的な違いや、
    陽明学が自己否定に至ってしまうことなど、
    分かったつもりで分かっていなかった
    新たな発見の連続だった。

    四書と近思録と伝習録を読んでから
    この本を読めば、そういうことだったのか!
    という新しい発見があることだろう。

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    2013年04月29日
  • 中江兆民 三酔人経綸問答

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    明治時代の国際政治状況を踏まえた日本の選択肢を書いた本。
    解説によると中江兆民の思想を書いた本らしいですが。

    架空の人物「南海先生」のもとに紳士君と豪傑君が現れて
    酒を飲みつつ政治談議を交わす設定です。

    紳士君はリベラリストというかもはやロマンチスト。
    民主主義を標榜し「平等」と「自由」を兼ね備えた国になる事で
    他国は敬意を払い攻めてくる事はないだろう、
    もし攻められたら相手を非難して無抵抗で敗戦した方がましである、と。

    対して豪傑君はリアリスト。
    日本は小国であり、文化的経済的に急速な発展をする事は難しい。
    更に、日本が改革を行うためには闘いを好む懐古主義者と進歩主義者がいてはならない。
    そのような懐古主義者を戦地へ送ればいい。
    領土を拡大して、日本の経済を発展させればいい。
    そのために「隣の国」鈍重な国に攻め込めばいい。

    こんな両者の主張だったかな。
    最後に、この両者の主張に対して南海先生は
    頑張って国内で経済を発展させて後は状況を天に任せるのみ、というような事をいい
    現実味に欠ける両者の主張を退けます。

    とてもおもしろい主張ではあったんですが
    ちょっと論理が遠回りしすぎだったりレトリックが多かったりで読むのが大変でした。

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    2009年10月04日
  • 中江兆民 三酔人経綸問答

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    民権運動家、中江兆民(1847-1901)の著。1887年刊。南海仙漁、洋学紳士、豪傑の三人が酒を飲み交わしながら政治を語るという物語。前半は紳士と豪傑の論戦、後半は南海による二人の論の欠点指摘と自論の展開といった流れ。南海は「恩賜的民権」と「回復的民権」の二種類の民権があるとし、上からの恩賜的民権を賜った人民はそれを大切に守り、道徳を身につけ、学問に励み、恩賜的民権を回復的民権の地位まで育て上げねばならないと説く。明治憲法制定の二年前に発刊されたこの著は、市民への政治関心を一層求めるものであった。

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    2009年10月04日
  • 中江兆民 三酔人経綸問答

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    大学時代の日本政治思想の授業で毎回書評を書く課題があったのだけど、その中で今も印象に残っている本。内容は時代性があるけれど、3人による問答形式という民主主義にとって必要な「対話」を見事に体現している本だと思う。政治学・政治思想に興味があったら、是非読んでほしい。

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    2009年10月04日
  • 中江兆民 三酔人経綸問答

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    「東洋のルソー」こと中江兆民による1887年の「粋な」思想書。

    一度酔えば、即ち政治を論じ哲学を論じて止まるところを知らぬ南海先生のもとに、ある日洋学紳士、豪傑君という二人の客が訪れた。酒を酌み交わした三人は、談論風発、大いに天下の趨勢を論じる。

    堅くなりがちな政治・思想の議論を、三人の酔払いによる鼎談という形によって、軽妙に語る。理想主義の洋学紳士、侵略主義の豪傑君のキャラが立っていて分かりやすい。一方、南海先生の見解は現実主義ながら、凡庸で曖昧。「普遍の真理は陳腐なもの。言えば陳腐だが、行えば新奇」。

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    2026年04月18日
  • 中江兆民 三酔人経綸問答

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    「三酔人経綸問答」は明治の思想家・中江兆民が著した政治対話篇。岩波文庫版では桑原武夫と島田虎次の校訂により酒に酔った三人の人物が日本の未来を語り合う様が生き生きと描かれている。自由民権の理想と現実、急進と保守のはざまで交わされる議論は酔いに任せた戯言のようでいてどこか真理を突く。酒場での会話が妙に深く感じられるのはそのせいか。現代に生きる我々もまた問いながら酔い語らいながら考える。気兼ねなく思考を巡らせ語りたいものだ、そう酔いに任せ。

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    2025年05月23日
  • 中江兆民 三酔人経綸問答

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    国際政治は権力闘争ではあるが、その枠組みと規則が存在するため、暴力の支配する無秩序とはいえない。非武装でもなく、征服のための軍備でもなく、世界中の国と友好関係を深め、常に防衛戦略をとるべき。中江兆民『三酔人経綸問答』1887

    社会主義は愛の精神ではない。これは一階級が他の階級に抱く敵愾の精神である。社会主義に由って国と国とは戦はざるに至るべけれども、階級と階級との間の争闘は絶えない。社会主義に由って戦争はその区域を変へるまでである。内村鑑三
    ※不敬事件。敬礼はしたが、最敬礼をしなかった。再度、敬礼を依頼されて同意したが、病気で行けなかった

    横山源之助『日本の下層社会』

    軍備と徴兵が国民のために一粒の米・一片の金をももたらしたことは未だにない。▼國民が國威國光の虚榮に醉ふは、猶ほ個人のブランデーに醉ふは如し。彼れ既に醉ふ、耳熱し眼眛みて氣徒らに揚る、屍山を踰へて其の慘なるを見ざる也、血河を渉りて其穢なるを知らざる也。而して昻々然として得意たる也。▼マルクス主義は宣伝によって国民の意識を社会主義にむけさせ、政府や議会を変えていこうとするが、平民社の弾圧のように日本の権力は甘くない。国民の意識も意外に低く、宣伝で変えられそうもない。そこで政府や議会を変えるのではなく、権力それ自体を否定する運動の方が効果がある。労働者の利益は議会では守られない。労働者のことは労働者による直接の行動によって解決されるべきだ。幸徳秋水 
    ※社会主義者(→無政府主義者)。平民社。日露戦争反対。大逆事件で刑死。

    人生の不可解が若し自殺の原因たるべき価値あるならば、地球は忽ち自殺者の屍骸を以て蔽はればなりませんよ、人生の不可解は人間が墓に行く迄、片手に提げてる継続問題じやありませんか。木下尚江なおえ『火の柱』1904 
    ※社会主義者。日露戦争反対。

    肉体・知能・霊魂を自然に発達させ維持するために必要な物資を得てない人を貧乏人と呼ぶ。人は水に渇いて(貧困で)も死ぬが、溺れて(金持ちで)死ぬ者もある。だから贅沢は廃止すべきだ。過分に富裕なのがふしあわせだからといって、過分に貧乏なのがしあわせだとは言えぬ。人はパンのみにて生くものにあらず、されどまたパンなくして人は生くものにあらず。※人はパンだけでは生きず、人は主の口から出るすべてのことばによって生きる(旧約聖書―申命記・八)河上肇かわかみ ・はじめ『貧乏物語』1916 
    ※マルクス主義者。李大釗・周恩来は日本へ留学中、河上肇の著書を通じてマルクス主義に傾倒。

    社会主義も無政府主義も精神が理論化されるといやになる。僕が一番好きなのは人間の盲目的行為だ。精神そのままの爆発だ。思想に自由あれ、行為にも自由あれ、動機にも自由あれ。▼変わらないものはない。旧いものは倒れて新しいものが起きる。今威張っているものがなんだ。すぐに墓場の中へ葬られてしまう。大杉栄さかえ『自叙伝』1921 
    ※無政府主義者。エスペラント語。

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    世間には、悪い人ではないが、弱いばかりに、自分にも他人にも余計な不幸を招いている人が決して少なくない。吉野源三郎『君たちはどう生きるか』1937
    ※雑誌「世界」を創刊。共産党とのつながりにより逮捕。

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    日本共産党が武力革命を途中で止めてしまい、武力による革命を続けるべきだというグループ(中核派・革マル派)ができた。反帝国主義・反スターリンを掲げる。日本共産党も攻撃対象。LGBTに反対。

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    2024年05月16日
  • 中江兆民 三酔人経綸問答

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    近代日本において、民主主義はどのような形で導入されるべきか、という問いに対して幾つかの回答が提唱されている。
    南海先生、紳士君、豪傑君、どの登場人物の論が著者の考えを色濃く反映しているのかは分からないが、いずれの論も著者の考えであるのだろう。
    政治哲学とは本当に難しい。誰しもが賛同する政治制度など実在しないのかもしれないが、そうであっても理想を追い求め続け、いつかその制度が実現する日を願い日々邁進することが大事なのかもしれない。

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    2024年01月07日
  • 朱子学と陽明学

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    書名から勝手に概論的な内容だと思いこんでいたが、全く違った。性即理の朱子学と、心即理の陽明学を対比させ、どのような思想的変遷を辿ったのかを考察したもの。かなり専門的な内容だった。思想というものは突然変異的に出現するものではなく、どんなに対立する思想にも何らかの繋がりがある、という主旨。
    万物が本来持つ”あるべき姿”を性とし、それが世の構成原則(理)になっているという朱熹の『性即理』理論。心は性と情から成り、性は人に元来備わっている(=未発)”善なるもの”で「体」、情は物質である「気」が動いた結果(=已発)としての「用」であり、これらは別物という考え。事物の「性」を正しく理解することによって物事の道理が見極められる(格物致知)。
    一方で陽明の考える『心即理』は、性と情とを区別せず、人欲も理性もまとめて心=理なのだ、という思想。心=良知=天理であり、良知をもって事物を正しく見ることが格物致知の真の意味だという。
    素人的にはそれほど隔たりがあるように見えないが、中世以降の二大中国思想の片鱗を少しだけ理解できた。

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    2023年05月01日
  • 朱子学と陽明学

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    基礎知識がある前提で書かれているので難解。
    心を性と情に分けた上で、朱子学は「性即理」、陽明学は「心即理」。

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    2022年04月17日
  • 中江兆民 三酔人経綸問答

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    中江兆民が明治時代に出版した本ではあるが日本の政治のあり方についてどうあるべきかと言うことをある3人の人物を登場させて語り合いの中で論じているが、今の時代においてもなかなか参考になる本と言える。
    今の時代において政治は社会はどうあるべきか、考察に値する内容である。

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    2021年01月27日
  • 中江兆民 三酔人経綸問答

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    2016/3/12
    南海先生の主張は明治日本の政治体制にまさに反映されている。
    ただ、専守防衛については隔たりがあった。
    ただ戦後日本は専守防衛を軸に政治を行ってきたので、何十年経た結果、実現をしたと考える。

    現実的に考えると南海先生の論が一番適しているが、洋楽紳士の論が叶うような国が理想的だ。

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    2016年03月12日
  • 朱子学と陽明学

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    読んだ。朱子学と陽明学ならびに、その起源が書かれてた。へー、と思った。儒教すらまともに知らない人間にとって、若干なに言ってんのか解らなくて、ハードだった。

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    2012年01月22日
  • 朱子学と陽明学

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    「天地のために心を立て、生民のために命を立て、往聖のために絶学を継ぎ、万世のために太平を開く」
    後書:青年の客気云々。励まされ。

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    2009年10月04日