・フランソワ・デュボワ「作曲の科学 美しい音楽を生み出す『理論』と『法則』」(講談社ブルーバックス)を読んだ。本書は「曲作りの『しくみ』と『原理』を、音楽の理論的な知識をまったくもたない人にも理解していただけるよう」(4頁)に書かれたといふ。実際、五線の各部の名称から始まる。これはヨーロッパの記譜法の歴史を終へたところで出てくる。第1章「作曲は『足し算』である」と名づけられた章である。 副題として「音楽の『横軸』を理解する」(21頁)とある。なぜここに記譜法や五線が出てくるのか。「音の組み合わせには『定理』があり、美しいメロディ を生み出すための“足し算”や“かけ算”があって、その『四則演算』を知らなければ、決して美しい楽曲を作ることはできないからです。(原文改行)そして、その四則演算を理解するために必要不可欠なのが、『音楽記号』です。」(39頁)何事も基礎を知らねばならぬ、音楽も同様だ、といふことであらう。それにしても、足し算やかけ算とは何かと思ふ。音楽が数学等と非常に密接に結びついてゐるのは知つてゐる。クセナキスやブレーズ(79頁)がその代表である。さういふのと関係があるのか。しかし、ここでの足し算は関係がなささうで、1拍が2つで2拍となり、2拍が2つで……のやうに考へるのが、ここでの意味であるらしい。全音符、全休符から32分音符、32分休符までの一覧表もある。これで1小節の中を埋める足し算をせよといふのであらう。これに対してかけ算とは何か。「単一の音では実現できない音の響きを、複数の音の組み合わせで可能にする」(同前)操作である。「音楽の縦軸は、ある同一時点において、 同時に組み合わさって鳴らされる音のセットを指」(同前)すから、かう言へるらしい。だから「クラシック音楽におけるオーソドックスな『かけ算』には2種類あります――『対位法』と『和声法』です。」結局、ここに至つても私にはかけ算の意味がよく分からないのだが、要するに音の重ね合はせ方をここではかけ算といふらしい。その説明のためにラモーの「和声論」あたりから始まつてクラシック、ポピュラー、そしてヨナ抜き音階からユーミンまで、実に幅広くの材料で説明してゐる。これは読み手に実際の音が思ひ浮かぶやうにといふ配慮からであらう。ただ、私はポピュラー系はほとんど分からないので、却つて複雑な、あるいは不明な響きになるだけにやうな気がする。これはしかたのないことだが、もしかしたらデュボワの頭には、本書の読み手として専らポピュラー音楽の聞き手があつたのかもしれない。これ以後も多くの歌が出てくるが、クラシックはほとんどない。私のやうな者が読むことがまちがつてゐるのかもしれない。最後の曲例も明らかにクラシック音楽ではない。巷でよく聞かれる曲である。コード進行も「あえて日本の王道コードを使って」(209頁)あるとか。出てゐるのと曲例のとを比べると、確かにさうなつてゐる。かういふのは見たことがあるやうな気はするが、その実際は私には分からない。そんなわけで、おもしろかつた反面、実際の曲作りや旋法等になるとあまりおもしろくなかつたと言へる。私とは考へることが違ふらしい。かういふ人が和声のテキストを作るとどうなるのかと思つてみたりもするのだが……。
・それにしても本書は「」、括弧が多い。大体は「」だが、ごく一部に“”もある。一種の強調表現であらうが、一々つけなくてもいいのにと思ふ。足し算はともかく、かけ算は所謂かけ算らしくないよなと思ふ。だからつけたのかもしれない。それにしてもである。引用するのに苦労したことではあつた。