ウィリアム・ダルリンプルのレビュー一覧

  • 9つの人生 現代インドの聖なるものを求めて

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    スコットランド人の著者(ヴァージニア・ウルフの甥!)が、インドで出会った、とくに印象的な9人について語った、という本。
    たとえるならば、生の血を継ぎ目に使った家のようだ。内には澄んだ風が流れ、小鳥の囀りが聞こえてくる。いわゆる聖なるもの、と、俗なる、とされるものとが、それぞれの章でそれぞれの関わり方をしていると思う。どちらもほんとうは、過度に持ち上げたり、反対に遠ざけすぎたりするものでないことを、この本によって、教えられたと思う。

    0
    2023年12月31日
  • 9つの人生 現代インドの聖なるものを求めて

    Posted by ブクログ

    一口にインドといっても、広大で豊かな歴史文化があり、同じ位閉ざされた世界にそこでしか生きていけない人々がいます。
    そんな9つの物語です。
    著者と訳者が素晴らしい文章を綴るので、あっと言う間に読み切ってしまいます。

    0
    2022年04月23日
  • 9つの人生 現代インドの聖なるものを求めて

    Posted by ブクログ

    現代インドの宗教事情のみならず、ジャイナ教、チベット仏教、イスラム教、ヒンドゥー教など、なかなか知ることのできない在り方、関係性などを少し垣間見せてもらえる著作。またどのように伝統宗教や慣習、文化が生き延びているのか、現代いんどにおける信仰、信者の在り方を知ることのできる素晴らしい本。身近に信仰のあることゆえの救済と難しさを伝えてくれる本でした。

    0
    2022年02月13日
  • コ・イ・ヌール なぜ英国王室はそのダイヤモンドの呪いを恐れたのか

    Posted by ブクログ

    ウィルキー・コリンズの月長石はダイヤモンドのことだったのか、と納得。そうかなとは思っていたけど、質によってはムーンストーンも価値は相当だろうし、どうかな?と思っていた。

    ラホール条約やシク教徒が最近の本でたびたび出てきたけど、こういう背景もあったのかとしみじみ。

    0
    2023年05月20日
  • 9つの人生 現代インドの聖なるものを求めて

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    インドの聖に関わる仕事・生き方をしている9人に取材した紀行文。訳者自身も、最後の章に出てくる歌う哲学者ことバウルの一人なのだと知って驚いた。日本人の女性でそんな著名なバウルの方がいたとは。
    日本には馴染みの薄いインドの宗教だけれど、それを信じる人には本当に神が現在して、彼らを護っていると感じられているのだなと実感した。チベットを侵略してくる中国や、パキスタンとバングラデシュの抗争や、私からするとあまりにも苛酷な背景を持ちながら、あるいはそれゆえに、神に深くより頼み、伝統を守って生きる人々。
    チベット仏教の話が一番身近な感じがした。仏教を守るために還俗し、中国と戦った僧侶の苦悩が苦しかった。ポタラ宮そんなに攻撃された歴史があったのか…
    あと、アブラハムの三代宗教は性欲をタブー視するけど、ヒンドゥー教はむしろ神は性欲と共にあり、神は性欲であった、としているのが面白かった。カジュラホの神像やタントラ行や。なんかそちらの方が原始的な、土着な感じする。

    0
    2026年09月21日
  • コ・イ・ヌール なぜ英国王室はそのダイヤモンドの呪いを恐れたのか

    Posted by ブクログ

     コ・イ・ヌールと呼ばれたダイヤモンド、その大きく光り輝く宝石は、インド、ペルシャ、アフガニスタン、パンジャブといった南アジアに覇を唱えた帝国歴代権力者の権威の証となり、幾多の闘いや流血の中を譲り譲られ、奪い奪われ、遂にはインド亜大陸を支配したイギリスの手中に帰することとなった。その数奇な来歴と凄絶な歴史を描いたノンフィクション。
     
     著者の資料の博捜によっても、これがコ・イ・ヌールと明確にその登場を明らかにすることはできず、ある時点でムガール帝国の所有となったとしか言えないらしい。
     はっきりしているのは、それがインドを離れたとき。1738年のペルシャ、ナーディル・シャーによるインド侵攻により、ムガール帝国の莫大な財宝が戦利品として持ち去られたが、その中にコ・イ・ヌールもあった。
     1747年ナーディル・シャーは部下により殺害される。そのどさくさの中、護衛隊の大隊長だったアフガン人のアフマド・カーン・アブダーリは、皇帝の正室からコ・イ・ヌールを進呈され、その足でアフガニスタンに。一気に勢力を広げ、ドゥッラー二帝国を築く。
     しかし、帝国は孫の代に崩壊。帝国東部の地を実質的に支配していたシク人、ランジート・シングの手にコ・イ・ヌールは渡る。1813年のこと。

     ペシャーワル、カシミールと順調に領土を拡大したランジート・シングは、シク国家を樹立。彼は殊の外コ・イ・ヌールを珍重した。その彼も1839年に死去。後継者争いで、彼の死後わずか4年で3人の王、2人の皇太子と皇太后が死亡。残されたのは5歳のドゥリープ・シング。そこに起こったのが、2度にわたる東インド会社とのシク戦争。この敗北によりパンジャブはイギリスの領土となり、またコ・イ・ヌールもイギリス、ヴィクトリア女王に献上されることとなった。

     こうして、コ・イ・ヌールは今もイギリス、ロンドン塔に飾られている。

     イギリスは相手にしていないが、今もインドやパキスタンからはコ・イ・ヌールの返還要求が折に触れ出されているとのこと。
     世界的に歴史的文化財の返還要求が出されているが、一つの宝石にこんな数奇な来歴、出来事があったのかと粛然とする思いで一杯だ。

    0
    2023年04月19日