里中高志のレビュー一覧
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安井かずみ、森瑤子に続いて読んだ評伝。前二編とは趣が異なるのは著者が違うからはもちろん、作り出した作品の方向性とご本人方のキャラクターの違いだろう。
中島梓の本は少し読んでいるが、栗本薫のほうはほとんど読んでないといっていいだろう。評論は面白かったが、小説のほうはなにやら読みづらいというか、あまり魅力を感じなかった。ごめんなさい。
ずらずらと長文を書きなぐるエネルギーは驚愕の一言。また他方面にも活躍されていたようだが、エッセイ面でのみのファンでありました。漫画やダイエットに関する論考はすごかったなぁ。
と、本の感想になっていないね、これでは。 -
Posted by ブクログ
「息をするようにものを書く人間」というのは、なんだかんだでフィクションの中にしか登場しないキャラクター像だと思ってましたが、実在しました。あまりにもその生き方が物語・表現と不可分で、ある意味やっぱりフィクションの中に生きる方だったんだなと思いますが。
思春期に『終わりのないラブ・ソング』を回し読みしたり、学生時代に『我が心のフラッシュマン』の文庫(表紙絵は出渕裕!)を愛読した程度で、『グイン・サーガ』は手付かずのままですが、このルポを読んだらますます手を出すのが怖くなったり、それでもこれは是非読まねばとも思ったり。
晩年の著作からの引用部分が特に印象的でした。
「ただひとつ確かなのは 、私は生きている限り 、生きていることをとても好きだろうということです 。だけれども 、死ななくてはならないときには 、 『まあ 、しょうがないから死ぬしかないな 』ということです 。」 -
Posted by ブクログ
ネタバレ(p66)心神喪失、心神耗弱というのは精神医学上の概念ではなく、法的な概念であり、法律判断である
(p67)精神障害の有無や程度等をいちばんよく分かるのは精神科医なので、裁判官は精神科医に精神鑑定を行わせます。
上記の通りはっきりとしているはずなのだけど、実際は医学的判断と法律判断が混ざり一筋縄ではいかない対処をしなくてはならなくなることが多い触法精神障害者の処遇。
医療観察法の成立の経緯、現在の運用状態、問題点、賛成派と反対派、
観察法適用終了後の対象者の困難、被害者とその家族の思いや処遇の理不尽さなどよく取材されていると思います。
残念なのは最後に著者も記載されている通り肝心の対象者の思い(反省や更生状態なども)や観察法適用後の生活の現状などの取材がほぼできず、ある意味最も知りたいところがわからないままだったところでしょうか。そこへ繋がるすべの難しさややデリケートな対象者のプライバシーを考えると仕方がなかった、とは思いますが… 。
それから、第8章で紹介されている「精神病棟40年」は自分も相当昔に確か読んだと思うのですが、こちらは精神科病棟での長期入院のルポであり、医療観察法や触法精神障害者とは関係なかったはず。長期入院(社会的入院)の問題について書いていく中で引用されたのでしょうが、この方は触法ではないということが混乱されないだろうかと気になりました。
サブタイトル通り医療観察法の話がメインであり、上記のように対象者の取材が乏しいことや触法ではない方の長期入院問題などに触れていることを考えると、このタイトルはふさわしくないのではないかなと感じました。(自分はまぁこのタイトルだから手に取ったのですけども)
観察法終了後、一般社会で暮らそうとする時に家を借りられなかったり、グループホームへの入居を拒否されたりすることがあるという記載がありました(p118、154など)
広く受け入れられたほうが予後が良くなるだろうと思われる人ほどスティグマに邪魔されてより弾かれていくという構造は、もうどうしょうもなく至る所にあるでしょう。
触法者でなくとも、より困難を抱えている人ほど一般社会に受け入れてもらいにくい状況が日常的にどこにでもあるのが現実。
人は分からないものや怖いもの忌むものとはできるだけ関わりたくないと思うのが普通なので、仕方のないことです。
でもそれをどうにかして受け入れてもらうように調整官という人たちがいるんですね。そういう職業があることを知りませんでした。
p116の看護師の方の話で、医療観察法が適用される条件と言うか、状況というのは実際はかなり揺らぎが有るのかなと感じました。
罪を犯した時点での精神障害の有無で判断されるような状況があること、またそのような人が入院させられる事例が増えてること、入院期間が長くなることなど、やはり保安的運用が多いのだろうと思いました。
日本精神科病院協会の会長が、精神科医療は治安維持のためにも行われていると認めるような発言をした(第10章)ことでも、社会の大多数の認識が「精神障害のあるやつは入院させておけ」的なものなのが現実なのだと思いました。
いやでも、そもそも医療観察法を知らない人の方が多い(p53)し関心も薄いかもしれません。
賛成派と反対派の医師や関係者のインタビューがどちらの言い分も一理あるように感じられ考えさせられます。自分はこのやりとりだけを読むと賛成派にちょっと反発を感じました。(というか医師の方の発言の仕方、のせいだろうか。腹立つのは分かるけど言い方…)
厚労省と法務省の方へのインタビューが興味深かった。医療観察法というのは本来法務省の管轄なのではと思うけれども、どちらも現状の問題点に前向きに取り組んでいるようには感じられませんでした(第8章)
医療観察法病棟を出たあとの自殺してしまった患者がかなりいる(p160)という現状に関しても
賛成派、そして(特に)厚労省、法務省はきちんと向き合っていないと自分は感じました。
本書で取り上げられている医療観察法の問題点は、どこかのページにも書かれてましたがこの法律自体がそもそもきちんと設計されていないことなのは明らかだと思います。
そしてそれを定める立場の機関が、きちんと統計なり結果なりを集めて見直しをするということを行っていないのではないか。
そういうことをしていかねば、医療者や法関係者が諸々考えてもそれでは改善されないだろうと感じます。
「(p152)(略)犯罪をする人って、社会のなかで苦しくなって追い詰められて、そして事件を起こさざるを得なくなった人が多いと私は思っています。だから、そういう人が生まれてしまう国のシステムを変えていかないとダメですよね」
まず本当にそうだ、そこが大事だと思いました。
(p187)加害者支援と被害者支援というのは対立関係ではなくて、絶対に一緒にやっていかなければいけないものだということですね
犯罪被害者遺族の方と出会った医師の言葉ですが、ここに出てこられる犯罪被害者遺族の方がどのような気持ちで活動されているか想像を絶します。
本書にも出てくる「プリズン・サークル」を本も映画も観ましたが、すごい取り組みをしている、と感心しながらも人を殺してしまった元受刑者が更生プログラムを受けて社会に戻り暮らしを楽しんでいるのを見ると良かったという気持ちにはほど遠いもやもやした気持ちが湧き上がったのを覚えています。
「(p180)殺されるというのは(略)最大の人権蹂躙です」
更生は必要、治療も必要、不完全な医療観察法が見直しされることを願います。
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Posted by ブクログ
タイトルから、法に触れるほどの犯罪をした精神障害者が、医療観察法の下、医療観察法病棟でどう変わっていくのかの話と思ったけれど、筆者も最後で言っているようになかなか対象者に直接インタビューはできないから、周辺の精神科医や心理職の方等へインタビューし、医療観察法・医療観察法病棟の是非を考えるという本。
しかし、刑法39条との関係や、保安と治療の兼ね合い、
医療観察法が一つのスティグマとなり退院後のグループホームや作業所の受入れ先が見つからない問題、被害者遺族が意見陳述できないこと、対象者が事件に対してどう内省したのか、被害者遺族は直接はもちろん、間接的にも聞くことができない問題など、いろいろあり過ぎて正直何も自分の考えはまとまらなかった。
そんな中、被害者遺族でありながら、精神障害者の社会復帰や自立支援活動を支援されている木村さんがただただ、ひたすら凄いなと思う。
本を読む限り、医療観察法の対象者は、妄想や幻聴で犯罪に至ることも多いようで、対象者側に立てば医療観察法で治療をすることは、もちろん大事。
退院後孤立させずに社会に適応させるのも大変だけれど。
しかし逆に、妄想や幻聴が原因の犯罪は被害者も被害者遺族も本当にやりきれなくてしんどい。
せめて、医療観察法病棟でどう内省したのかぐらいは知りたいだろうなと思うし、悲しみ、怒りを対象者にぶつけたいだろうなと思う。