著者はツキノワグマの研究者。森林生態系における植物-動物間の生物間相互作用にも注目している。
これまでにも、クマや生態系に関連する著書も何冊かあるとのことだが、本書はタイトルからも窺えるように、専門的過ぎず、ごく読みやすい。著者の研究人生奮闘記である。
研究者といっても、著者は、実験室に籠って実験に没頭するタイプでも、理論を組み立てて難問を解決しようとするタイプでもない。野生動物を追うフィールドワークだ。そして追う対象はクマである。
近年、特に今年は、クマの人身事故が相次いでいるが、著者がクマの研究を始めたころは、これほどクマが人里に出てくることはなかったようである。人里どころか山でクマを見つけるのもかなり大変だったようだ。
研究対象としてツキノワグマを選び、食性を調べるために糞を拾うことにしたものの、その糞がなかなか見つからない。山の中で、藪を漕いで歩き回っても見つからない。
猟友会の人やクマに詳しい他の学生などに出没しやすい場所を聞いたり、クマが木の実を食べるときにできるクマ棚(熊が折ったり曲げたりして棚状になった樹木の枝)を教えてもらったりしてようやく初めて糞を見つける。以後、クマの気持ちを想像して探すようになるとおもしろいほど見つかるようになる。
糞を拾うだけではなく、クマの本体を捕獲して発信機をつけ、行動を探るという研究もある。著者が学生の頃(おそらく2000年前後)は今のようにGPSが使用できないので、電波発信機が使われていた。まずドラム缶で作った罠でクマを捕獲し、発信機をつける。ここから生じる電波を捉えてクマの居場所を探るわけだが、巨大なアンテナが必要でしかも精度が低い。アンテナは方向しかわからないため、3ヵ所以上でアンテナを振ってどの辺にいるかあたりをつける。しかし、相手は生き物だ。当然移動するわけである。クマの移動速度はかなり速く、ヒグマの全速力は時速50km以上というから、ツキノワグマもそれほどではないとしても相当なものと思われる。山岳地帯では電波が崖で反射して、実際にはクマがいない方向から電波が飛んできたりする。
近年はGPSが使えるようになり、カメラも高性能化・小型化されてきているため、このあたりは楽にはなったのだろうが、それにしても野生動物を追いかけるのは大変なことである。
クマの糞を調べるとさまざまな植物の種子が出てくる。クマは森の種子散布にも一役買っているようなのだが、さて、それを突き止めるために著者がどうしたか、といった話も興味深い。
本書の発行は2023年。著者の若い頃の話が中心であることもあって、昨今のクマ被害の深刻さと比べると、いささかのどかな印象を受ける。タイトルからして不謹慎に感じる向きもあるかもしれないが、当時としてはあまり知られていない野生動物のフィールドワークにまずは親しみを持ってもらおうという意図だったのではないかと思う。
本書中には「ツキノワグマは生きた人を襲って食べることはまずない」といった記述もあるのだが、今年の被害状況ではそうとも言い切れない感じがする。いずれにしろ、今後、里に出てくるクマが多くなれば、人身事故は増えていくだろう。
今年の漢字が「熊」になったのには少々驚いたが、確かにクマが世を騒がせた年ではあった。
クマは身体能力も高く、力も強い。クマから見たら軽く引っ搔いた程度でも、人が重傷を負うこともある。対する人間側では駆除しようにも猟師の数も減り、高齢化が進んでいる。
クマと人が出会わないように緩衝地帯を設けるのも一案だろうが、一朝一夕では難しいだろう。
12月に入ればクマは冬眠するのではという話もあったが、まだクマの目撃情報は続いている。また、冬眠していったん落ち着くにしても、来年・再来年がどうなるのか予断を許さない状況だろう。
その中で、著者ら、研究者の知見がどのように生かされていくのか、注目していきたいと思う。