乙川優三郎のレビュー一覧

  • ある日 失わずにすむもの

    Posted by ブクログ

    「失う」ということは、連なりが断たれることなのかなと思う。血縁、地縁、積み上げた人生、経験。進んできた“これまで”が途絶して、後ろが無くなる、“ここから”しかなくなってしまう状況、状態。
    先が見えないことは恐ろしいが、先しか見えず後ろが無くなることは尚恐ろしい。そんな不安に晒された人間の地金に指を這わせるような作品。

    0
    2022年01月04日
  • あの春がゆき この夏がきて

    Posted by ブクログ

    画家として、装丁家として、ひたすらに美を追い求め闘い続けた男の生き様を、その歳々にすれ違い、情を交わした女たちとの水のような関わり通じて描き出す8つの物語。

    まず本の装丁が美しいの一言。開かずに表紙を眺めているだけでうっとりする。乙川さんの作品はいつも装丁が一つの美術品のようだけれど、今回は特に好き。
    その作者の装丁への想いがこの物語の主人公である装丁家・神木の言葉によって十分に描かれている。
    売るために目立たせるだけの商業的な装丁に抗い、会社を辞めた神木が語る装丁への思い。それは多分、作者のこだわりそのものなんだろう。
    だからこそそんな乙川さんの本はこんなにも美しいんだなと納得。

    作者の言葉は相変わらずどこを切り取っても美しく、情景が浮かび上がり、温度や湿度、匂いまでもが感じられるような心地よさ。
    男と女の情は、抑えた中にも熾火のような熱量を感じて哀切を帯び、静かに心を満たしていく。

    「夏仔」は切なく、その20年後の2人描いた表題作もまた哀しい余韻を残す。神木が、最後に追い求めた美を見つけたことが希望の光となって読後を照らす。
    美しい物語でした。

    0
    2021年11月17日
  • ナインストーリーズ

    Posted by ブクログ

    歳を重ねれば、人に疲れも見えてくる。その戸惑い、戸惑いに流れてくる冷たい風。
    そんな風があちこちに吹く九つの景色が書かれている。

    0
    2021年11月16日
  • ナインストーリーズ

    Posted by ブクログ

    満足? 後悔? 愉悦? 絶望? 
    人生の黄昏を迎えるとき、人は自らの来し方をどう捉えるでしょうか。
    長く別居して年一回の対面を重ねる夫婦、
    定年間近の独身男の婚活、
    還暦過ぎの女友達二人、
    かつて交際していたアイドル歌手同士の再会……。
    乙川さんの新作は、誰の身にも起こり得る人生模様を端正な文章で紡ぎます。

    時代小説から現代に小説の舞台を移してからも大佛次郎賞、芸術選奨文部科学大臣賞、島清恋愛文学賞など数々の評価を得ている筆者による9つの物語。

    0
    2021年10月04日
  • ナインストーリーズ

    Posted by ブクログ

    短編の時は特に、各タイトルが秀逸。
    しかし、どれもなかなかに辛い話。5と8話は幸福感があるか。1と7話が好き。
    何時もの如く、女は強く、男は流されていく。
    人と人の心のすれ違いを描いているだけなのに、なぜこんなにも格調高く感じるのか。
    とは言え、似た感じのものが増えてきているのは、少しつまらない。

    0
    2021年09月21日
  • ナインストーリーズ

    Posted by ブクログ

    晩年を迎えた男と女の来し方行く末を美しい文章で、時に甘く、時に辛辣に描く9つの短編。
    若さの青さと苦さを描いたサリンジャーの短編集と同じタイトルながら、それとは対照的なのが面白い。

    安定を捨てきれず、人生の後半に差し掛かってなおぐずぐずと逡巡する男に対し、あまりに強く身軽な女性たちの姿が印象的。
    そんな女性を見て、恥ずかしくない自分でありたいと思う男あり、今更自分を変えられないと現状に踏みとどまる男ありとバラエティに富む9つの物語。

    特に好きなのは「闘いは始まっている」と「くちづけを誘うメロディ」。前者は前に進む清々しさを感じ、後者は珍しい設定ながら、しみじみとした味わいがある。
    もちろん、嫌な感じの男も女も出てくるけれど、それもまた人生。乙川さんの文章で彩られると、全てが文学的になるのが素敵。

    0
    2021年07月30日