乙川優三郎のレビュー一覧
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乙川氏の髄ともいえる文、そして選びつくされた言葉が並ぶ。
黄昏期に立つ男女の機微を主人公の語り手神木の言葉で紡いでいく。しかし、このくらい嫌な男はいないだろうと言うのが正直な感想・・ほとほと嫌悪感で充満した。
だから読書っていいんだなとも思う・・好きな人とだけ、好きな時間を生きていた結末の空虚さを逆に考えさせられる。
画家であり、装丁家である神木・・どこまで乙川氏が乗り移っているのかと思ったり、上期がこの作品を想定したとも思ったり。ブルー―を基調とした色彩に俯く肌を見せる女性。
神木が好む女性~乙川氏が好む女性をかいま感じたり。。。
同じ語彙の日本語でも「この言葉」を選んだ乙川氏だからこ -
Posted by ブクログ
初出 2019〜21年「オール讀物」
タイトルどおりの9つの短編集。
昔からこの人の文体が好きだ。
こなれて静かですんなり入ってくるのに、表情を持つ言葉が記憶に残る。
9人の初老か老年の主人公たちも、またそのような感じがする。
フランスに行って宝飾デザイナーとして成功した妻に、帰国を懇願するが拒否される定年間近の本のデザイナー。
ヘッドハンティングに関わった女性ホテル支配人に、気になっている女性バーテンダーを紹介したら、引き抜かれてしまった業界紙の記者。
放埒な生き方をして負債を残して死んだ義兄の葬儀で、若いときに紹介された義兄の会社の女性事務員に再会する工場を定年退職した男。
親の残した -
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通訳者の悠子と翻訳家の弘之の恋愛を描いた作品。すれ違いを重ねながらも心の奥底でお互いの仕事や生き様を理解し合い、結局一番互いを必要としている数十年が描かれていた。使われている表現が綺麗で読んでいる中で心が洗われるような作品。御宿にもドイツのブックフェアーにもにも行ってみたくなる。
なぜ通訳をすることは好きなのに翻訳が苦手なのかを悩んでいるときに読んだので、すごく腑に落ちた。
全体的に切ないが、特に最後は切ない。しかし美しく、なんだか清々しくもある。
私は悠子のように同時通訳を頑張ろうと思った。でも生き急ぐことなくたまには立ち止まることが大事。 -
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小説を選ぶ際、主人公の年齢と読み手である自分自身の年齢が近いかどうかが、ひとつの基準になっている。10代の頃に読んだ小説は、明治に編まれた小説であっても青春小説であれば好んで読んだし、高校時代、あの「竜馬がゆく」でさえ幕末を舞台にした青春小説として読んだ。それが今や、10代の甘酸っぱい青春小説には手は伸びない。かつて通った道の話よりは、やがてゆく道の生々しく現実的な話に読書の関心は向かっている。
さて、この小説は55歳の男性翻訳家が主人公。1980年大学で知り合った同級生。長年にわたる恋愛を縦軸に、「翻訳家」と「同時通訳」という外国語の海での互いの格闘ぶりを横軸にした大人のロマンス小説。恋愛 -
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見事な文体。
そぎ落とされたというほどの厳しさは無く、ただ淡々と、しかし見事に推敲され抜いた事が判る文章。さらには時折「オッ」と思わせるような表現を交え、津々と物語が綴られて行く。読み応えがあります。
しかしね、どうも主人公が気に入らない。
資産家の一族に生まれ、愛人にポルシェをポンと買い与えるほどに不動産管理による所得がある。妻子ある作家でありながら、小説を書くという名目で塩尻の旅館にこもり、奈良井宿で木曽漆器の作家である若い愛人との逢瀬を楽しむ。どうもね、鼻持ちならない。
しかし、物語の最終盤に以下の様な文章がありました。
「小才の作家の業で、自身の経験をもとに物語を紡ぐと、豆腐一丁の値段 -
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ネタバレホテルの上階は音も絶えて、そろそろ若い人たちが睦み合う時間であったが、亜希子はもう来ることのない海を眺めるために部屋の明かりを消してみた。曇天なのか月も星もなく、海原は暗く澱んでいたが、薄明かりの眼下に白い波が寄せているのが見える。すぐ近くで同じ海を見ている男を感じながら、彼女は終わったことにいくらかの寒さを覚え始めた。このあてどない地点に立つまでの長い長い軌道の虚しさを、それぞれの窓から見つめることに意味があるとしたら、そうして始まるらしい二つの自我の蘇生だろうと思った。そのことに男もなにがしかの意味を見出してほしい、と願わずにいられなかった。
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画家として、装丁家として、ひたすらに美を追い求め闘い続けた男の生き様を、その歳々にすれ違い、情を交わした女たちとの水のような関わり通じて描き出す8つの物語。
まず本の装丁が美しいの一言。開かずに表紙を眺めているだけでうっとりする。乙川さんの作品はいつも装丁が一つの美術品のようだけれど、今回は特に好き。
その作者の装丁への想いがこの物語の主人公である装丁家・神木の言葉によって十分に描かれている。
売るために目立たせるだけの商業的な装丁に抗い、会社を辞めた神木が語る装丁への思い。それは多分、作者のこだわりそのものなんだろう。
だからこそそんな乙川さんの本はこんなにも美しいんだなと納得。
作者の