乙川優三郎のレビュー一覧
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初出 2019〜21年「オール讀物」
タイトルどおりの9つの短編集。
昔からこの人の文体が好きだ。
こなれて静かですんなり入ってくるのに、表情を持つ言葉が記憶に残る。
9人の初老か老年の主人公たちも、またそのような感じがする。
フランスに行って宝飾デザイナーとして成功した妻に、帰国を懇願するが拒否される定年間近の本のデザイナー。
ヘッドハンティングに関わった女性ホテル支配人に、気になっている女性バーテンダーを紹介したら、引き抜かれてしまった業界紙の記者。
放埒な生き方をして負債を残して死んだ義兄の葬儀で、若いときに紹介された義兄の会社の女性事務員に再会する工場を定年退職した男。
親の残した豪邸に一人で住みに続ける浮世離れした元令嬢を、定期的に見舞う老後を生き生きと暮らす女。
若い頃密かな交際をマスコミに騒がれて消滅した元歌手で女優に墓地で再会して、ライブバーで一緒に歌うのを「まるで生きていることのように思」う(?)ジャズバー専属歌手。
夫婦で市役所を定年退職後、ゆとりはあるが味気ない生活に高校の同級生との交流という新しい楽しみができた途端、人間ドックの再検査中に脳梗塞で倒れた男。
婚活で知り合った未亡人が、いい人だが物足りなくなると思い別れるつもりでホテルに誘った(が、深みにはまるらしい)文芸出版の編集者。
商社マンの夫を出張先の外国で亡くして働きながら娘を育て、付き合っている男に求婚され、看護師の娘が男と生きていこうとしているらしいことで決心する女。
長く海外勤務して留守を続け、自分を家に縛るだけの商社マンの夫に離婚を迫り、家を出る妻。
どれも感動の熱いストーリーではないが、じんわりと染みこんでくる。 -
Posted by ブクログ
通訳者の悠子と翻訳家の弘之の恋愛を描いた作品。すれ違いを重ねながらも心の奥底でお互いの仕事や生き様を理解し合い、結局一番互いを必要としている数十年が描かれていた。使われている表現が綺麗で読んでいる中で心が洗われるような作品。御宿にもドイツのブックフェアーにもにも行ってみたくなる。
なぜ通訳をすることは好きなのに翻訳が苦手なのかを悩んでいるときに読んだので、すごく腑に落ちた。
全体的に切ないが、特に最後は切ない。しかし美しく、なんだか清々しくもある。
私は悠子のように同時通訳を頑張ろうと思った。でも生き急ぐことなくたまには立ち止まることが大事。 -
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小説を選ぶ際、主人公の年齢と読み手である自分自身の年齢が近いかどうかが、ひとつの基準になっている。10代の頃に読んだ小説は、明治に編まれた小説であっても青春小説であれば好んで読んだし、高校時代、あの「竜馬がゆく」でさえ幕末を舞台にした青春小説として読んだ。それが今や、10代の甘酸っぱい青春小説には手は伸びない。かつて通った道の話よりは、やがてゆく道の生々しく現実的な話に読書の関心は向かっている。
さて、この小説は55歳の男性翻訳家が主人公。1980年大学で知り合った同級生。長年にわたる恋愛を縦軸に、「翻訳家」と「同時通訳」という外国語の海での互いの格闘ぶりを横軸にした大人のロマンス小説。恋愛小説にカテゴライズされる本作。僕は「職業小説」として読んだ。とりわけ翻訳家を志す人にとっては必読の書となるんではないかな。著者は純文学作家であって翻訳家ではない。にもかかわらず「翻訳家の生態-思索・思考・葛藤-」を見事に写し取る、小説家の凄みを否応なく知らされた。
ストーリー自体には起伏は少なく、淡々と進行する。最後にドラマティックなラストシーンが用意されているが、その設定に無理矢理さは微塵も感じない。主人公は35年余りの長きにわたりひとりの女性を深く想い、これからもその想いと共に生きることは容易に想像できる。
男の恋愛は「別名保存」と揶揄されるが、主人公の場合、別名どころではない唯一無二の存在と過ごした時間という思い出とともに生きることになる。はたして、それは幸せなことなのか。
ストーリーテリングの巧さと、さらりと紡ぎ出された格調高い美文に綴られた小説に、暮れの慌たゞしさをしばし忘れ、愉しい時間を過ごせた一冊であった。 -
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「いつのことだ」
「ニ、三年前だが、どうして」
「別に」
こういう会話は入れない方が私はよかった。
全体としてはすらすら読めたし、きれいな起承転結である。文体も整っていて、特にサラとのやりとりには温かさがあった。最後の手紙から、抱えていた想いを昇華していくところも美しかった。
だからこそ、もったいない小説だった。
ところどころで台詞や人物の動かし方に作為が見えてしまう。悠子は途中で性格が変わりすぎていて、その変化の過程が十分に見えないし、魅力に欠ける。生身の人間が変わっていったというより、物語の都合で動かされているように感じた。
語りの中で「弘之」と「彼」が両方使われるのも最後まで馴染まなかった。距離感など何か効果があるのだろうとは思うが、彼の異物感があった。
また、時の流れがかなり速い。出来事はきれいにつながっていくのに、一つ一つの時間や人間関係があまり密に感じられなかった。
村上春樹のような雰囲気を感じたせいか、途中からもっと幻想的なところへ行くのではないかと期待してしまった。自分の読み癖を呪うしかなかった。
「悠子が作為的」「女性の描き方がぼんやりしている」「三人称の『彼』が気になる」といった、つまらない感想ばかりが浮かんできた。がんばっても「男が書いた女性だな」という程度の感想しか持てなかった。
嫌いではない。
それなのに、読後に持ち帰るものがなかった。
もったいない、というのがいちばんある。
表現者の成長、心を交わした会話。いいところがいっぱいあるのに。編集段階でどうにかならなかったのか。
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Posted by ブクログ
見事な文体。
そぎ落とされたというほどの厳しさは無く、ただ淡々と、しかし見事に推敲され抜いた事が判る文章。さらには時折「オッ」と思わせるような表現を交え、津々と物語が綴られて行く。読み応えがあります。
しかしね、どうも主人公が気に入らない。
資産家の一族に生まれ、愛人にポルシェをポンと買い与えるほどに不動産管理による所得がある。妻子ある作家でありながら、小説を書くという名目で塩尻の旅館にこもり、奈良井宿で木曽漆器の作家である若い愛人との逢瀬を楽しむ。どうもね、鼻持ちならない。
しかし、物語の最終盤に以下の様な文章がありました。
「小才の作家の業で、自身の経験をもとに物語を紡ぐと、豆腐一丁の値段も知らないくせにとのたまう人がいるが、豆腐はもとより特売のモヤシの値も彼は知っていた。それと夜の街で散財することや大事に思う人に車を買い与えることは別であるのに、卑屈な人はそこを読もうとしない。共感できることを期待して読み、共感できないことに失望する。そんな読書はなんの役にも立たないはずであるから、光岡は敢えてそういう人生もあるのだと書いてやるのだったが、金持ちの傲慢と読まれるのが落ちであった。」
見事なしっぺ返し。
先年旅行した塩尻や奈良井宿の風情を思い出しながらの読書でした。
(ちなみにポルシェはアウトバーンなどの高速ツアラーのイメージが強く、木曽路の様なワインディングロードを走る女性に買い与える車じゃない気がしますが) -
Posted by ブクログ
ネタバレホテルの上階は音も絶えて、そろそろ若い人たちが睦み合う時間であったが、亜希子はもう来ることのない海を眺めるために部屋の明かりを消してみた。曇天なのか月も星もなく、海原は暗く澱んでいたが、薄明かりの眼下に白い波が寄せているのが見える。すぐ近くで同じ海を見ている男を感じながら、彼女は終わったことにいくらかの寒さを覚え始めた。このあてどない地点に立つまでの長い長い軌道の虚しさを、それぞれの窓から見つめることに意味があるとしたら、そうして始まるらしい二つの自我の蘇生だろうと思った。そのことに男もなにがしかの意味を見出してほしい、と願わずにいられなかった。