澁谷智子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
Cさんは在籍していたのが大学院であったため、詳細は、小学校や中学校、高校と違うところもあるだろう。ただ、自分が学校のルールを逸脱していてそれが低い評価につながっているという意識を持ち、なんとかがんばろうとするものの自転車操業で疲れていき、到達可能なゴールが見えずにあきらめる、というプロセスは、他のヤングケアラーにも通じるところがある。
ケアを担う子どもや若者たちのなかには、自分が能力の向上を期待される時期にいろいろなことができなくなっていく家族をケアすることで、「世の中で価値ある人間とは何か」をめぐる矛盾を抱きこんでしまう人もいるのである。学校の規範をそういうものだと受け入れて能力の向上に励む同世代のなかで、「人生とは?」といった、かなり長期的な視点で、勉強や就職活動の意味に疑問を抱いてしまう。
A:簡潔に言ってしまうならば、「あなたでなくてはならないから」だと思います。愛情から生まれる関係性。親とかきょうだいとか孫とか。そういう関係性がないと成立しないことが多いから。
筆者:あの、究極的に言うとね、自分のことをするのか、自分を必要としている人のニーズを満たすのかっていう時に、自分のことをやるのはわがまま、というか、こっちがこんなに必要としているのに、っていうところはあるかと思って。
A:でも、誰かに必要とされるってことの依存性に抗うのは難しいと思います。子どもが、それは難しい絶対に難しい。「あなたが必要なんです」っていうのを社会人になってから言われるのと、子どもに、「あなたが必要なんです」っていうのを親とかきょうだいとか言うのでは)。うちの祖母で言ったら、私の名前を呼んで「おまえが必要なんだ」って感じで来るわけですね。それに抗うのはすさまじく難しいと、ずっと思ってました。
筆者:あぁ、そうだよね。
A:叫びみたいな感じで「おまえが必要なんだ!」みたいな感じで来る人を振り切って自分の人生を歩むのは難しい。それは、わがままっていう感じよりも、心地よさとか、快楽まではいかないけれど、必要とされているっていうののアレには勝てないと思いますよ。だって、仕事であなたじゃなきゃダメなんだ、あなたが必要なんだ、っていうのはそんなにないじゃないですか。他の人だってできること。あなたじゃなきゃダメなんだというのは、よほど何か、職人さんとか。でも、ケアラーの場合は、あなたじゃなダメなんだ、なんていうのはいくらでもありますもん。
筆者:ですよね。
A:でも、それに抗うのは難しい。
筆者:でも、そこに、快楽まではいかないっておっしゃったけど、やっぱり、やりがいみたいなことをそこに感じることは?
筆者: やりがいではない?
A: やりがいには近いけどやっぱり、必要とされていることそのもの。やりがいともまた違うような。たとえば、やりがいがあまりない(ことを挙げる)としたら、下の世話 とか。でも、やりがいは感じないけれども、祖母の思いとして「他の人にはしてほしくな いんだ!」というのがあって。そうなっちゃうと、「そうか、やるしかないよな」みたいな。 やりがいは感じないけど、やるしかない。それに心地よさは感じないけど、依存性みたいなのはあるんです。難しい。
こうした積み重ねにより、ヤングケアラーが学校を休み、それが長期化して不登校になっ ていくのだとしたら、その時には、もう気持ちの整理はかなりついてしまっている。 第2章で紹介した調査では、ケアを担う児童や生徒に教員が気づくのは本人の話による場合が多いことが示された。教育機関でできることとしては、子どもがケアと 学校生活をなんとか両立させようとしている時期に、ケアや介護がわかる人と連携して、児童や生徒の話を丁寧に聞くことが挙げられる。
その際には、学校が持っている価値観や規範で教え諭してしまわないように注意し、本人が何に不安を感じ、本来はどうしていきたいのかを訊き、どんな方法があるのかを一緒に考えることが大切である。
しかし、その一方で整える必要があるのは、学校から離れた子どもや若者たちが、いずれまた状況が変わった時に、学校での学びを再開でき、その学び直しがきちんと評価されるようなシステムである。
一方で、私とヤングケアラーは大きく異なる点もあった。まず、介護と育児は違う。育児には、子どもが成長していくのを見る喜びもあり、いずれ子どもが大きくなるにつれて、必要なケアの作業は減っていく。しかし、介護の場合には、相手の状態が少し良くなることはあっても、病気の進行や年齢に抗えないところもある。どんなケア作業がどれほどの期間必要なのか、まったく見通しが立たず、介護する自分がこの先どうなっていくのか、想像することも難しい。 -
Posted by ブクログ
昨今問題になっている「ヤングケアラー」について取り上げた本書。
介護を担う18歳未満の子どもたち。
介護というと親の介護を連想するが、難病を抱える兄弟姉妹の介護に追われる若者・子どもたちも大勢いる。
本書は2018年出版で、この当時は、まだ「ヤングケアラー」という言葉は聞き慣れなく、新鮮で、その問題の深刻さを知る上で有益だったと思う。
本書のレビューにも、「私もヤングケアラーだった」「自分はヤングケアラーだったと気づかされた」「今もヤングケアラーです」という書評が多いことにも驚いた。
それだけ、問題が表面化していないということか。
このコロナ禍で、「ヤングケアラー」がどうなっているのか…。 -
Posted by ブクログ
(主に家族の)介護を担う18歳未満の子どもが、日本にも一定数いるというこは、あまり知られていない。
介護のために学校に行けなかったり、同世代との交流が図れなかったりして社会から孤立していく。また社会資源を知らないため、どのような支援が受けられるのかを知らずに苦労を重ねていく若者も多い。
この分野ではイギリスが進んでいるという。
まずは、ヤングケアラーという存在を世の中に広げていくことが必要だ。その中から当事者として自らの体験を語る人が出てくれば、社会としてどんな支援ができるのかという議論が生まれてくる。
もしかしたら私の身近にもヤングケアラーは、いるのかもしれない。