ドイツ企業がグローバル化に成功した3つの要因
①ドイツの「人的要因」
「人的要因」として、「マインドセット (無意識の思考や行動パターン)」「アントレプレナ 1精神(アントレプレナーシップ)」「リスクをとる覚悟」が挙げられる。それに加えて、 教育のあり方(特に英語教育)と社会に出てからのOJTによる訓練などがある。
ドイツ人は、中でも、アントレプレナーシップが重要と強調していた。
難波・藤本両教授が調査でドイツの隠れたチャンピオンである2社を訪問した際、社長にこちらで用意した複数の「仮説」を見せ、先方の会社がグローバル化に成功した要因をその中から選んでほしいと頼んだところ、2人とも「アント...続きを読む レプレナーシップ」のみを選択した。
2社の社長は、そんなことは当たり前ではないか、なぜ日本人はそんな当たり前のことを質問するのか、という態度だったという。
難波・藤本両教授が訪問したのは、ペッパール・アンド・フックス(Pepperl+Fuchs) 社(従業員6850人、売上高9億3000万ユーロ(2023年))と、フェニックス・コンタクト(Phoenix Contact)社(従業員2万1000人、売上高3億ユーロ (2023年))の2 社である。前者は工場用センサや防爆機器などを生産販売する企業で、後者は生産施設、再生可能エネルギー分野、インフラ等の機器接続などで、プロセスを自動化する際の電力・データの接続、分岐、制御に関する製品を製造販売している企業であり、どちらも好調に成長している。
ペッパール・アンド・フックス社の社長は、海外人材の育成には、そのプログラムを会社が用意することが大事であると語った。社長は当時すでに20年間その任にあり、さらに 20年先までの人材育成の計画を作っている、とのことだった。
同社長はサラリーマン社長で、オーナーから見込まれての抜擢だったが、人材は長期的視点から計画的に育成するものであり、自分が長期にわたって育成できることが大きいとも語っていた。
フェニックス・コンタクト社の社長は、アントレプレナーシップを育てるのは、ハイテクを教えることではなく、次の2点が大事だとした。
・自分たちの強い分野を大切にし、過去の技術をすべて使い切る。
・過去の技術をしっかりと教え込む。
確実に自社が勝てる分野や市場への進出を可能にする人材を育てているとのことだった。
②ドイツの「構造的要因」
社会構造や経済構造といった「構造的要因」としては、日本と同様、少子高齢化による市場規模縮小など、ドイツ企業には海外に打って出ざるをえない事情がある。
その際に、ドイツ企業は国ではなく、州レベルでの支援を得ることが多く、マーケティングから始まって企画、開発、営業、販売といった一貫した機能をもって、グローバル化を推し進めている。地域のネットワークも、この構造的な要因のひとつとして挙げることができるだろう。
その結果、あそこが海外に出るなら、うちも出ようといった気運が醸成されている。
さらに、工科大学などからの人的資源輩出を挙げる専門家もいる。後述するが、海外から優秀な学生を獲得するために大学は留学生であっても基本的に無償である。就職する際には、海外経験がないといい就職先に就職できないという慣行もある。
③ドイツの「制度,政策的要因」
「制度・政策的要因」としては、「産業クラスター」の一翼を担う経済振興公社、商工会議所などの存在がある(産業クラスターについては次章で詳説する)。しかも、それら海外進出機関が、日本の支援機関とはかなり異なり、きめ細かく、かつ厚みをもってグローバル化を支援していることが挙げられる。
日本の商工会議所、地方自治体産業支援機関などは、ドイツと比べれば、「仲良しクラブ」のレベルに留まっている。グローバル化の重要性を認識している責任者がいるところだけが、単独、かつ単発的にグローバル化を進めているにすぎない。
すなわち、基礎研究で開発された「プロトタイプ」は、実験室では技術的に可能かもしれないが、それを売り物の「商品」にするには、消費者のニーズを反映した機能、デザイン、価格などにしなければならない。残念ながら、日本の研究者・技術者・エンジニアには、それができる人がほとんどいない。
フラウンホーファー研究機構は、その最も困難な役割が自身の立ち位置であると宣言しているのである。この点からもドイツにおけるフラウンホーファー研究機構の存在が大きいことが理解されよう。
ビジネスに特化した専門大学
ドイツの大学の大きな特徴は、大学のうち約 5割を占める専門大学の存在である。
ドイツでは優秀な人材の育成を重視し、授業料は基本的に無料である。留学生に対しても無料になっており、世界中から優秀な学生を集め、卒業後はドイツに就職してドイツに貢献することが望まれている。国家財政が黒字であり、大学の授業料が無償のため、世界中から優秀な留学生が集まり、卒業後ドイツのために働いてドイツ経済がさらに強くなるという好循環である。
地域イノベーション・サイクル・システム
先述のとおり、日本のGNT企業は技術力を重視し、他社と差別化し、付加価値の高い製品開発が最も重要と考えている。しかし、自社の技術力だけでは不十分なので、外部 (顧客、大学、研究機関)との共同開発を実施しつつ、「新製品開発」と「海外販路開拓」 に対するさらなる支援を望んでいる。ところが、日本では企業ニーズに合致した施策はほとんど実施されず、地方自治体はずっと旧来の補助金型の施策を続けている。 これに反して、ドイツの地方政府は時代とともに変化する企業ニーズに的確に対応してきた。その結果、本書で詳しくて見てきたとおり、次の「前工程→中工程→後工程」の全工程に対する地方政府の支援体制が構築された。
①前工程:フラウンホーファー研究所、工科大学などによる新製品開発支援。
②中工程:デジタル化(インダストリー4・0) による製造過程の生産性向上。
③後工程:商工会議所、経済振興公社等による海外販路開拓支援。
こうした一連のプロセスをイメージ化すると、イノベーションが地域から常に生み出され、新製品が継続的に市場に輩出され、企業の売上が伸びて成長する「地域イノベーション・サイクル」とでも呼ぶことができよう。
それが、ドイツは「made in Germany」の名にふさわしい高い技術力で、世界市場で売れる製品を開発し、世界市場で売っていく、という成功モデルを可能にしている。