姫野桂のレビュー一覧
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ネタバレ概念の捉え方
本質: 発達障害は生まれつきの脳の特性(偏り)であり、それ自体を悲観して二次障害を起こすことの方が問題。
グラデーション: 特性や困りごとは千差万別。有名人の成功例を鵜呑みにせず、十把一絡げな対策は無効であると認識する。
診断の曖昧さ: 診断自体も医師や心理士の力量に左右される側面がある。
2. 職業生活におけるキャリア形成
特性との付き合い方: 無理に克服しようとせず、ツールや周囲の協力を活用する「工夫」を重ねる。
自己理解と発信: 自身の苦手な場面や必要な配慮をマニュアル化し、周囲に説明できるようにしておくことが重要。
キャリアの積み方: 完璧を目指さず、周囲と協力しながら長期的な視点で働き方を模索する。
ステレオタイプの排除: 「発達障害=この仕事が向いている」という決めつけは避け、個々のやりたいことや目指す未来を丁寧に探る。
3. 日常生活での工夫
環境調整: デジタル耳栓やイヤーマフ、音楽でのマスキングなど、集中しやすい環境を能動的にコントロールする。
コミュニケーションの工夫: 記憶に頼らず、ツール(LINE等)を活用して記録を残すことで、生活上のトラブルを未然に防ぐ。
4. まとめ:今後のスタンス
自己コントロール: 「完璧な仕事選び」は存在しないという前提に立ち、曖昧で適当な世の中でどう動くか、という「自分がコントロール可能な部分」に集中する。
カスタマイズの実践: 紹介されたテクニックをそのまま真似るのではなく、自分なりにアレンジする。
自己理解と行動: 自分の特性を知った上で、困りごとに対して無理のない範囲で対策を試し続けることが、生きやすさにつながる。 -
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ネタバレ本書にも書いてある通り、最近書店でも「発達障害」関連の本がやたら目立つ。発達障害は最近になって注目され始めており、私も職場でいろいろと研修を受けたが、呼び方や対応も変遷してきており覚えきれない。発達障害についてもっと詳しく知りたいけど、どんな本が良いかわからない。
そんな中、鴻上尚史さんの「ほがらか人生相談」でこの本が紹介されていたので興味を持って読んでみました。発達障害の確定診断が出なくても、なんとなく生きづらさを抱えているグレーゾーンの当事者たちをルポし、具体的な解決方法をいくつか示している点がとても良い。いろいろな例が示されているので、発達障害ではない人が読んでも「あ、こういう面は私にもあるな」と共感でき、結局のところ、「基準」なんてものはなく、人はそれぞれ違うのだ、と腑に落ちる。
発達障害の傾向にあり、グレーゾーンの人たちは、その傾向そのものよりも、そこから波及する二次障害が深刻な場合が多い。失敗を繰り返し、小さい頃から怒られる経験ばかりを積み重ねて自己肯定感が低すぎたり、鬱や双極性障害を発症したりだ。その原因が人より極端に苦手なことがあるせいで、それを克服できさえすれば、またはそれを職場の人に理解してもらってフォローしてもらえさえすれば、解決できる場合もある、と考えたらかなり前向きになれる。
ところで最後にいろいろな人の体験談を読んでいて、おやおや、私も似ているぞ…と思ったのが、「どうしても人の顔と名前を覚えられない」という傾向。あと「スケジュール管理が苦手で人に迷惑をかけてしまう」。
私もこの傾向が最近顕著で、本当に困っている。週に2、3回顔を合わせて挨拶を交わすのに、どうしても名前が覚えられない人がいる。話すたびにスマホのメモや過去に一緒に撮った写真をめくって「今の方は○○さん…」と声に出して確認したりするのに、なぜか覚えられない。とても困っている。
あと、プライベートの予定と仕事の予定を脳の別の部分で理解しているらしく、何度もチェックしたつもりなのに、同じ日に予定を入れてしまうことが多々ある。電話でプライベートの約束を決めたその直後に、仕事の予定を同じ日の同じ時刻に入れてしまう、なんてことがある。自分がプライベート用と仕事用の2人いるとでも思っているのか?と自分に突っ込みたくなる。もしかして、これ、何かの障害だろうか?
本書には、自分の特性を分析して、社会でなんとか生きていく(仕事をしていく)ために、涙ぐましい努力をしている人たちもたくさん出てきた。自分を理解し、それに対処していくって、とても大事(そして意外に難しい)。
私の場合、障害ではなく老化現象か?と思うことも多いが、「若いころのようには○○できないから、こんな工夫をしよう」などと努力する必要があるな、などと思いました。
仕事の面でもとても参考になりました。 -
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■風呂上がりに裸のまま子供の前に出てくることもマルトリートメント。
■両親の喧嘩やDVを目の前で見せられたこともの脳は視覚により情報を最初にキャッチする視覚野が健全な同年齢の対照群と比較して優位に萎縮していた。
目の前でDVを見せられることは情動反応や記憶反応する部位の健全性にも影響する。
■身体的なDVと暴言DVのどちらに曝される方が子供の脳に影響を与えるか検討したところ、暴言DVに曝される方が子供の脳により大きな影響を与えることが分かった。
■体罰は、感情や思考、犯罪抑制力に関わる前頭前野を萎縮させる。前頭前野は気分や感情、行動のコントロールに関わる部位。ここが萎縮すると衝動性が高く、キレやすくなってしまうことや喜びや達成感を味わう機能が低下することで、アルコールや薬物に依存しやすくなってしまうこともある。
■子育てで避けるべき「二つの否定」
①全否定の言葉
②部分否定で条件的な愛情をちらつかせる言葉
・言うことを聞かない子は嫌い など
■子供に効果のない言葉
・曖昧な表現
・有言不実行
・問い詰め系
・飛躍系
・脅し系
■上手無言い聞かせ方
・小さなステップを褒める
・否定形で入らない
・命令形で入らない
■家庭内ルール、大事な3か条
①親子双方が許容できる設定と守れなかった場合のルールも決める
②親も自分たちの都合で、時に厳しかったり甘かったりせず、一貫性を持つ
③父親と母親、双方がルールに対して態度を変えないように統一する
■夫婦喧嘩勃発の危機
・まずは子供に見せないようにする
・できるだけスマートに喧嘩をする
話し合いで解決する姿を見せるのであれば子供の教育にもなる -
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発達障害と診断されていないけれど、生きづらさを抱える人。
発達障害のグレーゾーンの方(グレさん)を取材した本です。
個人的には、巻末の「おわりに」から読むといいかもしれないと思いました(著者がどういう立ち位置なのかが分かるし、この本を読んで「発達障害かも」と不安になった場合の考え方が記載されています)。
診断を受けることには、メリットとデメリットが両方あるのですが、グレさんたちは大きく分けて、
・診断が欲しいけどもらえない人
・診断は欲しくないけど困っているので支援が必要
・診断も支援も要らないと考えている人
このような違いがあるようです。
昨今の「発達障害ブーム」とでもいうようなものには、過去の「アダルトチルドレン」を彷彿とさせるものがありますが、アダルトチルドレンと違っているのは、「発達障害」には揶揄したり卑下するニュアンスが強いことではないかと思います。
ネット上でも、「あいつは発達障害だから」とコメントする人達のことを、一度は見たことがあるのではないでしょうか。
本書で登場するグレさんたちも、そんなデメリットを考慮した上で特性を隠し、普通の人に見えるよう(グレさんであることを隠し)努力している方が多く、「少数派への理解」を推し進めている社会だけど、実際はまだまだなんだな、と考えさせられました。
誰も悪くないのに、理解されなかったり診断されないだけで定型発達者よりも生きづらさを抱えることになり、周囲からは「怠けている」「発達障害を免罪符にしている」と言われるのは、あまりに辛いだろうなと思います。
ただ、その一方で定型発達の人が困っていることについて、これまで「我慢する」「個人の努力でどうにかする」があまりにも長い間”デフォルト”状態だった、社会構造側の不具合と捉えることもできるのではないかと感じました。
誰もが自分の苦手なことを打ち明けても社会を追い出されず、苦手を補い合うような社会が構築できれば、それは(身体障害の方にとってのバリアフリー設備と同じような意味で)定型発達者にとっても暮らしやすい社会になるのではないか、とも思うのです。
こういった話をすると大抵、「定型発達者が迷惑を掛けられる」「定型発達者が犠牲になる」という意見がでるかと思いますが、
これは定型発達側が発達障害を抱える人たちを一方的に支援し、苦労するということではないと思うのです。
ただ「一方(発達障害者側)だけが努力をしつづけ、他方は歩み寄らない」という構図を、「互いが歩み寄る」という構図にすることが理想なのではないか、と思うのです。
発達障害に限らず、このような問題(男女問題、バリアフリー、LGBTQ、後遺障害、老後問題などなど)に関しては、
「自分は関係ないから」では済まされないのではないかと私は考えています。
誰しもが、何かのマジョリティーであり、マイノリティーであるし、誰もが老い、病気になり、場合によっては人生の中で障害を負う恐れがあると思います。
その時に、「自分は転落してしまった」「普通ではなくなってしまった」「もう前の自分とは違ってしまった」と考えるのは余りに悲しいです。
(「自分は関係ないから」という考え方は、「こちらとあちら」という風に世界を分断して捉えてしまっており、このような考えに陥りやすいと思います)
そうではなく、二元論ではないグラデーションとして考えること。それが今、日常に起こっている様々な他の問題に対しても言えることではないかなと思いました。 -
Posted by ブクログ
内容は装丁とは裏腹に堅苦しさは一切ない。学術的な話もなく、紙面のほとんどは、著者が取材した発達障害の当事者や医師、支援団体のインタビューに割かれており読みやすいだろう。
その構成も作用してか、この本は、発達障害に思い当たる人が読めば心が軽くなれる、そんな本だと私は思う。
この本には悩みと真剣に向き合う人が多数出てくる。そんな人々の言葉は重い。表面的な自己解決ではなく、克服のための工夫の跡が見られる言葉ばかりだ。他人と違うことに悩み疲れてしまった当事者からすれば、自分以外にも自分と似た境遇のものが見つけられ感覚的には少し救われるはずだ。
問題は、そういった当事者に手にとって欲しいと思う反面、彼らは追い詰められていて、ストレスを極限まで溜め込んでいたり、視野が狭くなっている人も多いことだ。そのせいか、こういった情報に触れられず、一人で必死に仕事をしているケースも多いだろうと思う。
そういう人にオススメしてあげて欲しい。そうすることで、ひいては周りの健常者にとっても少しプラスになるはずだと思うから。 -
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もっと若い頃に出会っていたら、人生違ったのかなと思わされた一冊です。
わたしは発達障害の自覚があります。
子供の頃から、自分の感覚や人格に違和感があり、漠然と生きづらさを感じていました。
現在わたしは35歳ですが、高校1年生の頃、近所の本屋さんでたまたま発達障害に関する本を見つけました。
読んだところ、ほとんどの特性に当てはまっていて、漠然とした不安が確信に変わりました。
本屋に居合わせた友人に「うーわどうしよ!うちこれ全部当てはまってるんやけど」と伝えたところ「マジで?知恵遅れとかの病気なん?!笑」といったリアクションを取られてしまいました。
当時は「発達障害」という概念は存在してはいたものの、市民権を得るまでに至れていなかったのです。
イケてる女子高生として過ごしたかった私は、事実をすんなりと受け入れることができず、心が荒みました。
わたしは不注意が特にひどく、忘れ物や無くし物は当たり前、また、慢性的に花粉症やアレルギーを発症しており、症状の不快感から認知資源も少なく暗記や計算も苦手でした。
遊んでいるのに成績の良い友達に勉強方法をたずねると「テキスト読んでたら覚えれるよ」といった回答だったので真似しましたが頭に入りませんし、小テストはいつも居残りでした。
勉強は苦手だし、不注意による損失、親からは毎日ガミガミ怒られる日々は、自己嫌悪と自己否定がいつでもセットでした。
結果的に摂食障害、鬱病となり、今でいう「メンヘラ」ちっくな言動に発展しました。(2次障害)
自身の前置きが長くなりましたが、発達障害は、受け入れることができないと改善策にまで至れません。
こちらの書籍は「苦手を見つけて受け入れよう」を前提にさまざまな「工夫=ハック」方法が紹介されています。
自分の苦手なことを、ハックによってできるだけ軽減させていくのがこの本のねらいなので、発達障害あるあるのお悩みに対してHowTo形式で具体例を紹介していく構成となっており、即実践可能です。
わたしは発達障害を自覚してから情けなさや悔しさをばねに、現在に至るまでさまざまな試行錯誤を繰り返し、ライフハックや便利そうなガジェットは貪欲に取り入れてきたので、たまたまやってきた行動が正解だったんだな〜という確信が強化されました。
と、同時に、自己受容がスタートにあれば、誰かを傷つけることのない改善を図れたのかも、人を頼ればもっと楽だったかもといった反省もあります。
自己否定や自己嫌悪ベースのエネルギーによる努力だったので、基本的にボロボロでしたし、誰かを頼ることもありませんでした。
中には心配してくれる友人もいましたが、卑屈になっており「内心バカにしてんだろ」と思う心から、放っておいてくれといった態度で拒絶し続けました。
「人に頼らず自己解決」がモットーだったので、同じ悩みを抱えている人に対して寄り添うことができず努力不足なのでは?と辛辣な言葉を吐いたこともあります。(実際は、アプリやガジェットにも製作者様がいて、書籍にも作者様がいて、そこに救われているので自分1人の力ではなく誰かのお世話にはなっているのですが…)
このような心のこじれや卑屈に陥ったり人間関係の破壊、孤独に陥るなくスムーズな対処をするためにも、優先順位として高いのはやはり「自己受容」に尽きるかと思います。
基盤を整えてから、次にハックといった手順が最適解ではないかと。
個人でできるハックはほとんど実践済みですが、目から鱗なハックも記載されており、新たな収穫がありました。
早速取り入れようと思います。
どれだけ意識していても、疲労感やストレスですぐ認知資源が低下してケアレスミスが発生するので、まだまだ工夫や改善の余地はあると考えています。
最近、発達障害を自覚された方は、こちらで紹介されているライフハック方法を取り入れることで、不便さが改善され生きやすくなると思います。
いきなり全部落とし込むのは大変だと思いますが、現代は昔と違って、発達障害をカミングアウトしても受け入れられやすい世の中に移行し、自己認知のハードルが昔ほど高くありませんし、スマートウォッチやTodoアプリといった便利なガジェットも充実しているので実践あるのみです。 -
購入済み
勉強になりました。
こういう障害があったんだ、と知る事ができて良かったです。始めは、そんなかな〜と思って読んでいましたが、次の展開がどんどん気になっていくお話になっていきました。
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Posted by ブクログ
ASD,ADHDD,ADHDなどの診断がつかないけど傾向があるというグレーゾーンのグレさんたちのケース紹介や、その人たち向けの支援などについて。登場人物ほとんど当事者。
ま、私も傾向あるだろうな。
こういうのは傾向の度合いが強いか弱いかであって、診断がつくかどうかも線引きをどこにするかなのではないか。
けっこう、受診しても「傾向がある」とのみいわれて様子見されてしまうことも多いみたいだね。
でも、手帳や薬が欲しいだけじゃなく、自分が納得したいから診断が欲しい、という人が多いように感じた。
自分が抱える生きづらさは、なんでなのか知りたい。理由を求めたいのか。診断がつかなくても、傾向があるんだなとわかるだけでも自分の分析がしやすくなるかも。
あとは、当時者会があるから、いろんな人の話を聞けて対策を共有したり、安心したり、するかも。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ5ページ 当事者の悩みで一番多かったのが、マルチタスクが苦手だったり、職場の人と良好なコミュニケーションが取れなかったりして、仕事が続かないこと。次いで、二次障害によるうつ病や睡眠障害、自律神経失調症、発達障害の特性により引き起こす可能性のあるギャンブル依存症や買い物依存症、性依存症などだった。 体調が悪くて病院を受診したら、その体調不良は発達障害が引き起こした二次障害だと判明したケースも珍しくなかった。この本により、当事者の現状や本音が少しでも多くの人に誤解なく伝わり、生きづらさの緩和への道が開ければと思う。⇒☆二次障害のうつや睡眠障害は結構認知度が上がったと思うけれども、ギャンブルや買い物、性への依存症が多いということはまだまだ認知症が低いと思う。また生きづらさの緩和への道を開くことに、当事者も定型発達の人も関われるような仕組みが必要だと思う。
26ページ 多くの人は自然に行っているであろう挨拶や雑談を、ここまで深く考え、自分の理論に組み立てているのはASDの特性と言えるかもしれない。そうやって疑問と鬱憤を溜め込んでいたエリコさんだったが、ついに限界がきてしまった。⇒☆自分もどうしても理論に基づいて考えてしまうから、多くの人が疑問に思わないことが疑問に思えて仕方がなくてイライラすることが多いかもしれないな~。
42ページ 周りが楽しそうにしていても、自分には何が面白いのかがわからない。自分の好きなことややりたいことを一生懸命語っても、相手に響かない。そのようなズレは発達障害の人にしかわからない。⇒☆確かに、自分の好きなことややりたいことを一生懸命語っていても全然伝わってない光景をよく目にする。そして発達障害者同士でも、このようなズレが往々にしてあるように感じる。
62ページ 今まで取材をしてきたなかでも、精神疾患や自律神経失調症といた二次障害を発症し、よくよく検査をした結果、発達障害がそれらを引き起こしていたという例は少なくない。⇒☆二次障害に苦しんでいる人が多いということをもっと多くの人に知ってもらいたいなと思う。
66ページ 「私たちはお互い真逆の夫婦なんです」とショウタさんは語る。発達障害にはできることとできないことの差が激しいという特徴があるが、お互い真逆なおかげで、苦手な面を補い合って生活できているという。⇒☆おお!僕とマイハニーの理想を体現している夫婦がいるということを知れてすごく心強いな♪
66ページ 入籍する前、半年間ほど同棲をして、お互い何が得意で何が苦手なのかを見る機会を作りました。そしてお互い得意・不得意をよく知ったうえで、今は暮らしています。(中略)もちろんふたりとも共通して苦手なことはあります。片付けに関してはふたりとも苦手ですが、僕は体調を崩しちゃうくらい苦手なんですよ。そこは、程度を見てどちらがやるか決めています。⇒☆マイハニーとの同棲を開始したら、半年間は、しっかりお互いの得意・不得意を見る機会と捉えて生活していけたらなと思う。そしてふたりとも共通して苦手なことは、思い切って他の人に頼んだり外注したりしていこう。
70ページ 今回の取材は「口下手なので、あらかじめ話す内容をまとめてきました」と、アユミさんはA4用紙10枚にも上る「自分史」を書いてきてくれた。その様子をショウタさんは「当事者自身が自分の障害を正しく理解することは重要。妻はすごいと思う。自分で理解することが周りに理解してもらう近道なのでは」と語っていた・⇒☆「自分史」を書けるということがまずすごい!そしてそのことを素直に「すごい」と賞賛できるショウタさんも素晴らしいと思う♪
70ページ 「真逆の夫婦だからこそバランスが取れているけど、それは障害のある・なし関係ないかもしれない」と語るショウタさん。⇒☆おお!障害のある・なしを超越していて、本当に理想の夫婦に思える♪
74ページ 『必要なものだけ買いなさい』と言われても、私には全部必要なものに思えるんです。優先順位があいまいなんでしょうね。⇒☆衝動買いとか片付けができないというのも、「優先順位があいまい」という特性を抱えている人に多いのかもしれないな。
74ページ ADHDの人はその衝動性からニコチンやアルコール、ギャンブルや性といった依存症に陥る確率が定型発達の人の2倍という研究結果が出ている。⇒☆このデータ自体がもっと多くの人に広まった方がいいと思うし、依存症に陥ったことを「自分の意志が弱いから」というように、必要以上に自分を責めることも、このデータを知ることで少なくなるのではと思う。
87ページ ADHDの特性のひとつである『ポップコーン現象』というものだと医師が言っていたのですが、頭を中でポップコーンが弾けるように、様々な考えが浮かんでいくんです。⇒☆いわゆる「脳内多動」という、ADHDの人によく見られる現象かも。なんかすごくよく伝わるネーミングだと思う。
113ページ 信頼してくれているパートナーに障害であることを伝えるのは恐怖がある。タカユキさんの場合は幸いにも妻の理解を得られたが、相手に知識がなかったり偏見があったりする場合もありそうだ。今後も、生きづらさを感じている当事者の訴えの橋渡しをしていきたい。⇒☆まずは、本書を通じて生きづらさを抱えている当事者が多くいること、そしてその生きづらさを抱えている当事者の訴えをもっと多くの人が知ってもらえたらなと思う。
125ページ 自助会が合わないと感じた人や、発達障害に限らず生きづらさを感じている人が気軽に集えたらいいなと。⇒☆「発達障害に限らず生きづらさを感じている人が気軽に集える」のが発達障害BAR The BRATsだとしたら、「生きづらさを感じている人を含めた様々人が対話するために集える」のがOne day cafe.kyotoなのかもしれないな。
126ページ 実際にお店にいらしたお客さんが言っていたのですが、「自助会で発達障害については話せるけど、そこから併存した口に出しづらい二次障害、たとえばうつ病はまだ言えるけど、性依存などは言いにくい雰囲気」とのことでした。⇒☆僕も自身の性依存などのことを思い切って話す場が欲しいな~
129ページ 僕は「発達障害の自分はマイノリティだ」という意識がすごく苦手です。「私はマイノリティだから」、自らを社会から隔離してしまっているような。そういう側面が、このマイノリティという概念をブラックボックス化しているように感じるからです。マイノリティに見られるように自らパフォーマティブに振る舞うことで、二重の共犯関係が生まれているのではないでしょうか。⇒☆少し耳の痛い話だな~僕もマイノリティに見られるように振る舞うことが結構あるかもと思った。大事なことは、「自分はマイノリティかどうか」ではなく、「相手も私も違う一人の人間である」という多様性の観点から始めていくことかもしれない。
135ページ 勉強さえできればいいというのは。ある意味すごく楽なんですよね。そうすれば多少変なところがあったとしても、勉強ができるという点で認めてもらえるので。だから、社会に出てからの方がキツイんです。 社会に出てからのことを考えると、勉強ができれば褒められる学生時代のシステムはヤバいと思います。⇒☆まさにこのシステムにどっぷりはまってしまったな~
141ページ 僕が唯一やることは、相手が失敗したときに、そのことを一切責めないことです。そして、相手がミスを起こしたら、そのミスに対してどう改善すればいいかを一緒に考えようにしています。 たとえば、うちのバーで問題が起こった場合、スタッフのミスを責めることありません。なぜならそれは無駄だからです。責めたところでそれは処理しきれない自分の感情を慰めている行為に過ぎないため、だったらどうすればカバーできるかを一緒に考えます。そうやっていると、不思議なことに、自分がミスをしたときも許してもらえます(笑)。これが僕の生存戦略なんでしょうね。⇒☆これも耳が痛いなあ~。時々、相手がミスしたときに相手のことを責めてしまうことがあるな。そうではなくて、ミスが起こったら、「方法やシステムをどう改善すればいいかを一緒に考えようよ」と呼びかけることが有益だな~。
142ページ ちょっと言葉遊びになってしまいますが、体験と経験をきちんと区分けすることは重要かなと。体験を自分のなかに組み込まないと経験にならないと思うんです。だから、体験だけを積み重ねている人は成長しないと思います。体験をいかに経験にするか、です。 自分のなかに体験を入れていって、言語化していくなかで他人との共通点を見つけられる状態が経験だからね。⇒☆だとしたら、体験した後にその体験を自分自身の中でRethinkする、もしくは他の人と語る。そこで得られた気づきを言語化していくことで経験にできるんじゃないかなと思う。そういう意味でも、じわくらでいうところのRethinkやOne day cafe.kyotoでの「対話の場」は、「体験を経験にする」ステージなのかも♪
144ページ 僕のなかでは社会が受け皿を作るというより、もっと主体的に「自分の特性はこうだ」と示して、自分で作っていくものかなと思う。そのなかで受け入れられるためには「お互いこういう努力をしましょう」と交渉をしますし、その上で相手が望むパフォーマンス以上のものを提示すれば、リターンは確実に来ますから。そうやって自分の場所を僕は守っているつもりです。⇒☆社会に受け皿を要求するのではなく、まずは自分で作っていく。そしてできれば他の人と一緒に作り上げること、その作り上げる過程を一緒に愉しむということができたら素敵だと思うし、その愉しさを伝えていきたいな♪
146ページ 受け皿を作ってほしいと本当に思うのなら、まず相手のことを受け入れなさい。そんなこともしないで一方的に「自分を受け入れて、受け入れて」と言うのは、かまってちゃんと一緒だぞと。⇒☆相手を受け入れるというのはいきなりは難しいから、まずは受け入れる前の状態である「受け止める」ということをお互いにやっていくことが大事かなと思う。
146ページ 今、定型発達の人は「君たちは扱いづらい」、発達障害人は「もっと配慮して」と言う、お互いにドッジボールをしているんですよね⇒☆この「お互いにドッジボールしている」っていう指摘はすごく納得がいくな~。そして僕は、対話を通じて、ドッジボールではなく、「キャッチボール」を愉しむこと、そして定型発達・発達障害を問わず多くの人がキャッチボールを愉しんでいってくれたらなおと思う♪
147ページ バーの名前である「BRATs」ってそういう意味も含めています。直訳すると「悪ガキ」ですが、それを自分たちで名乗るところに意味を見出しています。「お前たち悪ガキだろ?」と言われたとき「いや、違うよ。障害なんだよ」と言ったら攻撃なんです。だから、こちらは度量を見せて「うん、悪ガキだよ!」って言いたいです。 やっと中二病を出した(笑)⇒☆この「悪ガキなんだよ!」って自ら名乗ること、そしてそれを愉しむ度量と余裕!この感覚素敵♪
153ページ 性依存症には「犯罪化するタイプ」と「犯罪化しない」タイプがあり、セックス依存症は後者の代表だといっていいでしょう。同性・異性を問わず不特定多数の相手とのセックスは、性感染症や望まない妊娠のリスクが高まります。セックスするために金銭が必要な場合は、ギャンブルと同じく経済的損失にもつながります。しかし、社会的に犯罪とはみなされません。(『男が痴漢になる理由』p.47)⇒☆僕の場合は経済的損失が多いパターンのセックス依存症かもしれない
153ページ セックス依存症は女性に多い病です。特に薬物依存症や性虐待を生き延びた女性に多く見られ、不特定多数の異性と関係を持つこと自体が、彼女らに一時的な心の安定をもたらします。心理的苦痛や不安を解消するため、または心的外傷への対処行動として彼女らは、その行動を繰り返し、やめられないのです。(『男が痴漢になる理由』p.47)⇒☆セックス依存症は女性に多い病であること、そして心理的苦痛や不安を解消するため、または心的外傷の対処行動として繰り返して止められないということをもっと多くの人に知ってもらいたいと思う。
154ページ 本来の依存症の定義は、損失があるとわかっているのにやめられない行為だ。リナさんは、性行為によりどんな損失を被っていたのか疑問が湧いたので聞いてみると、「相手に依存している状態を正常だと誤解してしまい、自分の意思を見失っていることに気づかず、気づいたときには自尊心や人間関係が崩壊していること」だと語った。⇒☆おお!自分の意思や自尊心、人間関係の損失があるということはすごく大きな損失だし、それに気づかずひたすら依存していることは気づいたときにはすごく辛いんじゃないかな。
156ページ 定型発達の人と比べると、当事者のほうが性について話したい人と話したくない人の差が激しい傾向にあります。当事者のなかでも、もっと性について語れる場を増やしていきたいです。性って本来すごく大事なことに全然話せていない。『それならば、性について話したい人だけが集まればいいじゃん』と思われるかもしれませんが、そうなると今度はその人たち同士でどういう距離感で話せばいいかという問題が生まれます。⇒☆ものすごいジレンマ!
156ページ 自助会のようなクローズドな場はたくさんある一方、オープンな場は発達障害バーくらいしかありません。だから、自助会でもなく饒舌な交流会の場でもなく『自助会以上、居場所未満』の中間層を今後作っていきたいです。発達障害の人に向けて、性の悩みや性被害を少しでもなくてたらと思います。⇒☆この「自助会以上、居場所未満」という中間層が、今エデン大阪やエデン京都などを中心にたくさん増えているような気がする。やはり需要はあるのだな~
184ページ フリーランスは特にB to Bの場合、"能力×仕事のしやすさ"だと思うんです。能力のほうは経験を重ねて鍛えていけばいいんですが、発達障害の人の場合、仕事のしやすさの部分がネックになる人が多いのかなと思います。私でいうと、講師としての能力はそれなりに評価されているけど、仕事のしやすさの面で以前はルールや納期を守れない。ケアレスミスをするという失敗をしてきました。⇒☆この仕事のしやすさを整備することに対して、僕のように「定型作業をミスなく繰り返せる」といった特性を発揮して、カバーし合うWin-Winの関係が築けたら♪
184ページ フリーとして働くうえでもうひとつ重要なのは、断る勇気。『この人は発達障害特性を理解してくれない』と思ったり、『管理業務までやってくれ』と言われたりしたとき、応じると失敗してしまう。⇒☆確かに、この「断る勇気」をもっと持てるようになっていきたい!
192ページ ハーバード大学を卒業された『ポジティブ心理学』の第一人者ジョン・エイカー氏が、スーパープレゼンテーションで『就職(成功)したら幸せになる時代ではない。幸せになったら成功できる時代だ」と言っていました。幸せに感じたところから自己受容が起こり、自己肯定感が高まって、自己開示につながり。そして相手のために自己表現をすることで他者と繋がっていくので、結果的に"就労"という形になるんです。自己受容がはじまる前段階で、無理やり就職をしても長続きすることはかなり難しいと感じています。⇒☆「自己受容がはじまる前段階」。これはセルフアドボカシーが重要ということを言っているような気がする~
222ページ 一般的には言語性IQ(経験や学習のなかで学んできた結晶性知能)と動作性IQ(目の前の状況に対応できるかという流動性知能)の差が15以上あると凸凹のある発達障害と言われている。私の場合は「言語性IQ>動作性IQ」でその差が20あり、数値だけで見るとグレーゾーンであるが、報告書にははっきりと「患者は発達の偏りを有していることが示された」と書かれている。⇒☆私も著者と同様に「言語性IQ>動作性IQ」で、その差が20ぐらいあるのですごい親近感♪
227ページ そして、唯一私を救ったのは本だったのだと気づいた。医師が言ったように、本や新聞からの知識があったことで他のできないことを補っていた。誰かに強制されて読んでいたわけではなく、好きだから読んでいた。(中略)本による知識が今の自分を作ってくれているので、今まで読んできた本すべてに感謝したい。⇒☆全く同感!そしてこの「唯一、私を救ったのは本だったということに気づいた」という一文に、自分も救われたような思いがした。
237ページ 「私は暗算ができないけど、記事を書けば500万PV出せます」 これを私のウリにすることにした。そして、今後は自分ができないことによって生じてしまった自己肯定感の低さや強迫観念を心療内科の診察をメインに少しずつ改善しこうと思う。⇒☆この「私のウリ」を僕も見つけたい。そして、マイハニーが見つけることを手助けしていきたい。そしてお互いの自己肯定感の低さを少しずつ改善していくことを二人三脚でやっていきたい。 -
Posted by ブクログ
鴻上尚史さんの本の中で、とてもわかりやすいと紹介されていた本。
周りに特性のある人が多くいるので、参考にしたいなと思って手に取った。
まず興味深かったのが、グレーゾーン限定の茶話会。直接的な解決にならなかったとしても、こんな風に当事者同士でざっくばらんに話せる場所があったら、どれだけ気持ちが楽になるだろう。
その会話の中でわかったリアルな困り事。これは、確かに苦しいわと思うものもたくさんあった。
この本のいいなと思ったところは、ただ実情が書かれているのではなく、実際に必要な支援の形や当事者の工夫の仕方が具体的に示されているところ。
本人はもちろん、周りにいる人も参考になるなと思った。 -
Posted by ブクログ
私自身は並の大学を卒業し、社会経験を積みながら人並みの給料を稼ぎ、それなりに社会に適合できていると思いますが、高学歴発達障害の方々がインタビューで言っている生きづらさも多少なりと感じたことはあります。
読んでいくうちに、そもそも今の社会で真っ当と言われる人間としての物差しに合わないからと言って、それは本当に障害と呼ぶべきものなのか?と言う気持ちにもなってきました。
誰もが暮らしやすい社会と言うのは理想が過ぎるかもしれませんが、少なくとも誰かを障害呼ばわりするような社会も正しいとは思えません。
こっちの能力は価値があるがあっちの能力は価値がない、こっちの人は普通だがあっちの人は障害と言うことを人間が決めるものなのでしょうか?
我々人間は世の中をクリーンにしようと啓蒙し過ぎてしまったのかもしれません。
せめて自分の周りの人たちが嫌な思いをしないような関係性を築いていきたいと思いました。