西東三鬼のレビュー一覧
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ネタバレまず書いておかなければならないのは、俳人よりも歌人を重視したいと、要らぬ偏見を持っている。寺山のせいだ。
情けないことだが「水枕ガバリと寒い海がある」しか聞いたことがなく、その句を聞いても、作者に注目したことがなかった。
が、神戸の、しかもトアロードといえば足穂のだなっ! と鼻息を激しくし、いわばミーハー的に読んだのだ。反省。
しかし足穂の生年が1900-1977。
西東三鬼の生年が1900-1962。お、すごい、ニアミス有り得るかも……?
ただし足穂の神戸時代はおそらく二十歳まで。
かたや西東三鬼の神戸時代は四十代。
合わないではないか。
しかし、神戸のコスモポリタニズム・ダンディズム・モ -
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戦時中、“東京の何もかも”から神戸に単身脱走してきた著者・西東三鬼が滞在した奇妙なホテルの奇妙な面々。「芝居の建物のように朱に塗られ」(p.10)たホテルには「コスモポリタンが沈殿して」(p.19)いて、エジプト人のホラ男爵やら、闇屋を生業とする“模範的”台湾人青年やら、お大師様の信者である広東人(50歳くらい)やらのエピソードが語られる。空襲でホテルが焼けてからは洋館“三鬼館”に移る。戦後、この洋館を住宅設備の工事会社に又貸ししたら、なぜかその会社で働くことになったり…。
著者曰く、フィクションではないらしい(「続神戸」の前説に「内容は前編と同じく全く虚構を避けた」とある)が、にわかには信 -
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第二次大戦下、神戸トーアロードの奇妙なホテル。“東京の何もかも”から脱走した私はここに滞在した。エジプト人、白系ロシヤ人など、外国人たちが居据わり、ドイツ潜水艦の水兵が女性目当てに訪れる。死と隣り合わせながらも祝祭的だった日々。港町神戸にしか存在しなかったコスモポリタニズムが、新興俳句の鬼才の魂と化学反応を起こして生まれた、魔術のような二編。
多少脚色はあるにせよ、すごい時代にすごい生き方をしている人たちが描かれていて、うわあという感じ。神戸という港町ならではの空気なのかもしれないけど、誰に従うこともなく、のびのびと自由に、まるで天狗のように駆け回るエネルギーあふれた登場人物たちに感嘆してば -
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不思議な軽みに満ちた小説。俳句雑誌に連載されたそうだが、軽みといえば漱石の「猫」も俳句雑誌ホトトギスに連載されたものだった。短詩の極地たる俳句の雑誌に散文を書くとこんなふうになってしまうのかもしれない。 いわく軽み。いわく写生。
昭和十八年の戦時下神戸で、著者が「小谷氏」に引き合わされて一緒に釣りなどしているエピソードが個人的には興味深い。井上靖の「闘牛」のモデルといわれた辣腕のイベント仕掛け人である。数年前サトウサンペイさんから聞いたことがあるが、大丸宣伝部にいた彼を引き抜いて新聞に漫画を連載させたのが小谷氏だったそうだ。神戸という土地の不思議さを思う。