コルム・トビーンのレビュー一覧

  • ロングアイランド

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    姉の死で帰郷したアイリ―シュは、地元の青年ジムといい雰囲気になるが、ブルックリンに恋人ト二―がいるため、結局アメリカに戻る。選択理由は、単に愛情だけではない。アイルランドよりも、アメリカの方が、圧倒的に就職先があり、収入も良い。つまり、暮らし向きが楽なのだ。

     1976年のロングアイランド。アイリーシュは夫のトニー、十代の娘、息子とともに新興住宅地で暮らしている。ある日のこと、見知らぬ男が彼女を訪ねてくる。トニーがその男の妻を妊娠させたので、赤ん坊が生まれたら連れてくるというのだ。「留守なら、玄関先に置いて帰るからそう思え」と。赤ん坊の姿を絶対に見たくない、と夫に宣言したアイリーシュは、その夏80歳の誕生日を迎える母親に会うために、アイルランドへの帰郷を決める。姉が急逝したあの夏以来、25年ぶりの帰郷である。

     舞台はエニスコーシーへ。アイリーシュは懐かしい顔と再会する。幼なじみのナンシーは夫のジョージに先立たれ、苦労の末に今はフィッシュ・アンド・チップスの店をほぼひとりで切り盛りしている。そして、あの夏アイリーシュと恋に落ちたジムは、親からパブを引き継ぎ、いまだに独り身でいる。

     アイリ―シュとの過去を皆が知っており、ジムとの仲に、皆が興味津々。そもそも、アイリ―シュとジムは、相手が嫌いで別れたわけではない。きっかけさえあれば、結びつくのは簡単そうだ。もし、二人が若くて独身ならば。

     曲がった事が嫌いで、自分のではない子供を育てるなんて!と、夫とその家族に腹を立てて戻ってきたアイリ―シュ。だからといってジムの胸に一直線に飛び込むわけではない。自分には息子も娘もいる。ジムも、アイリ―シュに接近するが、秘密を抱えている。それぞれが大人になって、ずるさを身に着けた二人の会話は、核心を避けており、際どい。そして秘密は、いつかばれる時がくる。なぜなら、恋愛は二人だけのものではないからだ。真実を見極めた上で、家を出てきたアイリ―シュは、どう決断するのか。『ブルックリン』が朝ドラだとすれば、本編は主人公たちがそれぞれ大人になって、ややドロドロに傾きつつある夜ドラの世界へ。誰もがキレイなままでいられない。若者世代より、長く生きてきた世代の方が、共感できる内容に。 

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    2026年08月20日
  • ノーラ・ウェブスター

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    46歳のノ―ラ・ウェブスターは、近所の人達から‘先生’と呼ばれ尊敬された夫を亡くしたばかりだ。4人の子供たちのうち、2人の男の子はまだ幼く、娘達は故郷を離れており、夏の別荘を売っても生活費には足りない。そのため20年ぶりに知人の紹介で元の職場に再就職する。ところが始めたばかりの新生活は何かと軋みが出始める。

     あの『ブルックリン』のヒロイン、アイリーシュの母親が、ノ―ラを悩ませる人として登場。「夫がいなくなったんだから、夏の別荘は要らないんじゃないの?」と、自分の息子に売ってくれないか打診しに来る。併せて「情緒不安定だったが落ち着いた」アイリーシュのその後がここで紹介される。住む場所は違っても、ノ―ラの過去は、これからアイリーシュが辿る道といくつかは重なる所があるのかもしれない。

     著者の『ブルックリン』を「朝の連続ドラマ」と評したが、こちらもやはり朝の連ドラ向き題材だ。「誰々の妻」という肩書きでしか誰も自分を見ていなかった日常が、いきなり何もかも自分が先に立って決めなければならない日々になる。きちんと切り替えて、周囲からもその判断を褒められるソフトランディングなドラマにせず、どうしても自分の物差しで相手を判断しがちになり、言葉に出てこない相手の思惑まで考え込んで、余計な気をもんだりするノ―ラのより道迷い道行きどまりの三年間が綴られる。

     離れている長女の事を
    「フィオナは住みたい場所に住み、やりたいことをして、自分自身の人生を生きはじめていた。フィオナは、そこに住む誰もが彼女のことを知っており、将来がどうなるか細かいところまで丸見えの田舎町へ、列車に乗って帰らなくてもいいのだ。」

    などと羨んだり、逆に彼女が連れてきた彼氏の前でノ―ラが新しい服を着ると、長女に羨まれたりする。このようなサザエさんの1エピソードのような日常の些細な事が描かれるかと思えば、ノ―ラの次女が参加する集会ではアイルランドの自主独立が論じられるなど国自身の歴史が登場。カメラに例えればノ―ラの一家からぐんぐんカメラが上に登っていき、最後にアイルランドの国土が映る、といったようにいち個人を通じてアイルランドという国を俯瞰して眺める事ができる。

    コルム・トビーンが自分の故郷エニスコーシーを舞台に描いたシリーズ。

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    2026年08月20日
  • ロングアイランド

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    『ブルックリン』に登場した三人が、密かに三角関係の間柄として描かれていく。

    夫の不実とそれにまつわる一族の態度に不満を持ったアイリーシュは、故郷でひとり暮らす母親の80歳の誕生日を祝うことを口実に、娘と息子と共に帰郷する。

    そこで再会したのは、かつての帰郷時に恋人同士だったジム・ファレル。彼はアイリーシュから捨てられたあと、独身のまま街で親から引き継いだバブを経営している。彼は密かにアイリーシュの旧友ナンシーと付き合っており婚約を予定しているのだが、アイリーシュに再会すると、激しく心が揺れる。2人を両天秤にかけるのだがどう考えてもアイリーシュに大きく傾いている。が、彼女との過去の経緯もあり、確実な言葉を待つが……。

    表面的にはジムの二股状態には呆れるものがあるのだけれども、小さな街で商売している彼が慎重になる気持ちはよく分かる。さらには、ナンシーのことももちろん憎からず思っているわけで、できるなら誰も傷つけない形で決着をつけたかったのだ。

    三者三様の心模様を知るのは読者のわたしたちだけ。そして、最後の最後にアイリーシュの母親が発した言葉に背筋が伸びる。

    この、書かずに表現する手法はそのまま登場人物たちが「言わずにおく」ことにも通じる。これはアイルランド人の特性なのかなとも感じるのだけれど、どうなのだろう?

    これは続編を読みたくなるよな、確かに。
    いわゆる中年の危機の話なのだ、うん。

    最後のほうはもう、読み切らないと本を閉じられなくなる。その緊迫感にやられました。ただの中年の三角関係がこんな風に読ませるものになるだなんて、本当にすごい。
    そして、もう一度『ブルックリン』を読み返したくなる。

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    2026年07月14日
  • ノーラ・ウェブスター

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    ネタバレ

    年頃が近いからだけでない深い共感と、感情抑制への敬意。連れ合いの死の喪に3年は長いか短いか。SNSのある時代にこれを読む不思議。いや、今だからこれが小説としての力を持つのか。

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    2018年03月03日
  • ノーラ・ウェブスター

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    コルム・トビーン。アイルランドを代表する作家だそうだ。ノーベル賞の下馬評にも名前が挙がっているとか。はじめて読んだのだが、こういう作家さんがノーベル賞をとってくれたら嬉しいなあと思う。
    『ノーラ・ウェブスター』は自伝的小説だそうである。主人公は作家の母と同じく46歳で夫に死に別れ、父の死後、吃音症になった息子は作家本人に重ねられる。
    それまでは世の煩いごと…お金を稼ぐということから、小さい村での人づきあいまで…を人望の厚い教師だった夫にたのみ、それを「自由な生活」だと居心地よくおさまっていたノーラ。夫の死からすべてが現実的に彼女の双肩に乗ってきた。
    頭の切れそうな妹には「言いたいことが何もない人間だ」と思われている、と自覚していたノーラだが、本当はそんなことない。次第にその深い洞察力と観察眼が表に出てくる。
    夫の死後、上の娘たちは社会への一歩を踏み出し、息子たちは思春期という難しい時期にはいっていく。目も手もかけねばならないこの子たちを、ノーラの妹たち、おば、亡夫の兄姉が気持ちよく手助けする様子がよい(ときに『違うんじゃないか』とノーラは思っちゃうところも)。ノーラの周囲の人たちの個性が良くも悪くも、丁寧に書き込まれている。ここにはいない夫ですら、その人となりが伝わる。
    夫の死からの数年、少しずつノーラにあらわれる変化をつぶさにとらえた、ただそれだけといえばそれだけの物語なのに、胸の奥深くに残る、忘れがたい作品だった。

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    2018年02月07日
  • ノーラ・ウェブスター

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    舞台は1960年代後半のアイルランドの保守的な町エニスコーシー。夫を亡くし空虚な日々をおくる40代半ばの主人公ノーラの心の変化が静かにゆっくりと内省的に綴られる。「秋から冬にかけての数ヶ月間、彼女の目標は、息子たちのために、そしておそらくは自分自身のためにも、涙をこらえることだった。」"Her aim in those months, autumn leading to winter, was to manage for the boys’ sake and maybe her own sake too to hold back tears."
    モーリスの生前、ノーラは自分の役割を理解し果たしていたが、夫の死とともに自分のアイデンティティが消えかけていることに気付く。それでも以前働いていた会社に再就職し、髪を染め、ローリーに歌のレッスンを受けグラモフォン友の会に入ったりしている内に空虚な心は新しい生活の彩りに満たされて行く。ドラマチックな展開もないまま物語は淡々と進み終わる。小津安二郎の映画を観ているように喪失感の中の微かな喜びが心に沁み入って行くのを感じながら本を閉じた。

    「これがひとりぼっちか、とようやくわかった。モーリスの死の衝撃がときおり、自動車事故のように全身を襲うことがあったが、それとは別種の孤独。今ここにあるのは、人混みの海原を錨を下ろさずに漂流するような孤独だ。心が奇妙に空っぽになって途方に暮れた。」"It was not the solitude she had been going through, nor the moments when she felt his death like a shock to her system, as though she had been in a car accident, it was this wandering in a sea of people with the anchor lifted, and all of it oddly pointless and confusing."

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    2025年09月02日
  • ノーラ・ウェブスター

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    なんか、こう、女の強さと弱さとしたたかさと脆さがいい塩梅で描かれていて、なにも取り繕ってない感じが素敵でした。
    女の嫌なところ、素敵なところ、だめなところ、良いところが、所狭しと詰まってました。

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    2019年04月13日
  • ノーラ・ウェブスター

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    地味な物語である。夫を失った46歳女性が4人の子と一緒に生活を立て直す話なのだが、これといってドラマチックなことは起こらない。全てがちゃんと時間をかけて少しずつ変化していく。関係が消失するということは、守るべき義理やしがらみのような制限もなくなり、自由になることでもある。また、主人公がわりと人を突っ放したような性格で容易には共感できないのもすごい。音楽に出会ってからの活きいきした描写は読んでいて楽しい。

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    2018年05月12日
  • ノーラ・ウェブスター

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    夫を亡くしたノーラの3年間。
    お金のこと、仕事への復帰、子どもたちのこと、親戚のこと、政治、音楽。考えなきゃいけないこと、やらなくてはいけないことがたくさんあった。
    3年なんてあっという間だということが驚くべき筆致で描かれている。(ヨーロッパ的な節目に疎いせいもあるのだろうけど、一回忌などもしないし、そんな感傷にひたるひまもノーラにはないので、恐るべきスピードで年月がすすむ。読み終えた時、はじめてこれで3年も経ってしまったの?と感じるのだ。)

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    2018年01月21日
  • ノーラ・ウェブスター

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    この人も、ハズレのない作家だなあ。
    ノーベル文学賞に近い1人。
    手に入りにくくなっているものもあるのが惜しまれる。

    人生には大なり小なり避けることの出来ない荒波があるわけだけれど、静かに骨太に揺られる。

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    2017年12月13日