これが実話ベースというのが怖すぎる…ナチスの作品に触れるたび、人間ってこんなに簡単に残酷に人を殺せるんだって恐ろしくなる。著者がジャーナリストなだけに、毒ガス室での殺戮の様子や、バラックでの病に苦しんだ様子が刻々と記録されていて、とても心が痛んだ。でも、希望だったのは、たった8冊でも、理解ができない言語で書いてあっても、本は人々に希望や現実からの逃避を与えられるということ。読書にはそんな大いなる可能性があるということ。そして、ディタの志と使命感、決して諦めぬ心、そして知恵や登場するキャラクターの優しさにとても心が救われた。ナチス側の人物も実在する人物たちで、その後どうなったか、が語られるのも良い。克明な記録として、後世に受け継ぎたい逸品。
p.35 それは君が勇敢だからだ。勇気がある人間とそれを知らない人間は違う。恐れを知らない人間は軽率だ。結果を考えず危険に飛び込む。危険を自覚しない人間は周りを危ない目に合わせる可能性がある。そういう人間は僕のチームにはいらない。僕が必要とするのは、震えても1歩も引かない人間だ。何を危険にさらしているか自覚しながら、それでも前に進む人間だ。
p.44 アウシュビッツは罪のない人を殺すだけでなく、良心を殺す場所でもあった。
p.54 子供ですって?とんでもないわ。子供時代がないのに、何が子供よ。
p.57 ナチスが音もなく更新してきた1939年3月、全てが始まった。突然全てが崩壊したわけではない。しかし、ディタの周りの世界は崩れていった。最初は少しずつ、次第に加速しながら。配給手帳が配られ、いろんなことが禁止された。カフェので入り、他の市民と同じ時間帯に買い物に行くこと、ラジオの所有、映画館や劇場に行くこと、りんごの購入…。その後、ユダヤ人の子供は学校から追放され、公園で遊ぶことも禁止された。それは子供時代を取り上げるに等しかった。
p.59 ささやかな思い出だが、ファーストキスは決して忘れない。あの後後の嬉しさを思い出すとウキウキとした気持ちになり、戦争と言う砂漠の中でも、喜びを感じることができた。大人は決して手に入らない幸せを求めて必死にあがくが、子供はその手の中に幸せを見出せる。
p.87 子供たちもその方がよく聞いてくれるのですよ。頭のおかしいの年寄りの言うことなどだれも耳を貸さないけど、それが本に書いてある事なら…別です。本の中には、それを書いた人の知恵が詰まっています。本を消して記憶を失わない。
p.104 ディタは12回目の誕生日のために自分で考えていることがあった。夜、母さんが彼女の部屋におやすみを言いに来た時、リサはもう一つの音をだおねだりした。お金はかからないからと断り、12歳になったのだから大人の本を何か読ませてほしいと頼んだのだ。
p.171 エディタ…。まるで彼が悪いことをしたみたいに言うのね。ただ女ではなく男に惹かれるだけのことでしょう。それが、そんなに悪いことかしら?
学校では病気だって教えられました。
本当の病気は、人を許すこともできない、心の狭い考え方だわ。
p.236 アウシュビッツの夜がふける。暗闇の中、列車が到着し続け、途方に暮れて木の葉のように震える罪のない人々を置き去りにしていく。そして煙突の赤みがかった強い光が、休むことなく炉を燃やし続けていることを物語る。家族収容所に入れられている者たちはシラミだらけのわらぶとんに横になり、恐怖と闘いながら眠ろうとする。一晩一晩を生き抜くことが小さな勝利だ。
p.283 ディタが本を閉じると、子供たちは立ち上がり、またバラックの中を騒々しく走り回り始めた。消えていた命の灯がまた灯った。ディタは何度も糸で縫い直されたその古い本を撫でた。そしてフレディー・ヒルシュは自分のことを誇りに思ってくれるだろうと幸せな気持ちになった。「いつも前に進み続けること、あきらめないこと」と言うヒルシュとの約束を果たしたのだ。
p.312 ナチスは私たちから何から何まで取り上げたけど、希望を奪うことはできない。それは私たちのものよ。連合国軍の爆撃の音も前より大きくなってるわ。戦争は永遠に続くわけじゃない。平和が来たときの準備もしなくちゃ。子供たちはしっかり勉強しておかねばね。だって、廃墟になった国や世界を立て直すのはあなたたち若者なんだから。
p.335 周囲には武装したナチスもいなければサイレンの音も命令の声も聞こえない机の上で、パンのかけらをかじるこの自由な瞬間は、誰にも奪えない。
p.368 並べられた本が小さな列になった。奥ゆかしい古参兵のパレードだ。この何ヶ月か、何百人もの子供たちが世界中を旅行し、歴史に触れ、数学を勉強するのを助けてくれた本たち。フィクションの世界に誘い込み、子供たちの人生を何倍にも広げてくれた。本の数冊の古ぼけた本にしては上出来だ。
p.370 強くて前に進もうとすると、勇気がいるでしょう。でも強くない人は、何をやるにも平気なんだから、偉くも何ともないわ。
p.392 数時間前まで生きていた人間が、まるでゴミのように穴に投げ入れられる。作業員のハンカチは腐臭に耐えるためではなく、顔を隠すためではないかとディタは思った。人間をゴミとして処理するのを恥じているのだ。
p.412 ディタは振り返って笑顔を向けるが、立ち止まる事は無い。英語なのも、自分には読めないものなのもわかっている。でも構わない。母さんが眠っている間、空きベッドに座って本の匂いをかぎ、ページをパラパラめくって上の音を楽しむのだ。背表紙をもう一度撫でて、表紙ののり付けの厚みを感じる。そこに書いてある作者の英語の名前もエキゾチックだ。再び本を手に取ると、人生がまた始まるような気がする。誰かが蹴散らしたジグソーパズルのピースが少しずつ元に戻る。
p.418 オータは微笑む。生き生きとした、ちょっといたずらっぽい目が、君が生きていて嬉しい、また会えて嬉しいよ、とディタに語りかけている。ディタをまた、なぜかしら微笑んだ。その微笑みは人と人を結ぶと、それが強い絆になる。彼の朗らかさが出たの心も明るくする。
作中で出てきた本たち
・『兵士シュヴェイクの冒険』
・『幾何学の基礎』
・『世界史概観』
・『ロシア語文法』
・『精神分析入門』
・『モンテ・クリスト伯』
・『ニルスのふしぎな旅』
・『ユダヤ人の歴史』
・野村路子『テレジン収容所の小さな画家たち詩人たち』
・『ポーランドのボクサー』
・オータ・D・クラウス『塗られた壁』
・ルディ・ローゼン『私は許せない』