バーリンの『ロシアインテリゲンツィアの誕生』を読んで、19世紀のロシア思想に浸ったまま、抜け出したくない気持ちから本書を手に取った。
本書は、ロシア革命期〜ソ連のスターリンによる粛清までの間の、「ロシア・アヴァンギャルド」と呼ばれる、芸術運動を取り上げる。
その言及する範囲は、絵画や詩にとどまらず、舞台演劇やその衣装、音楽まで幅広い。
当時の数多くの芸術家について言及されており、筆者の知識と理解の深度に圧倒される。
初版は1985年。
まだソ連が地図に存在していた時のことだ。
ロシア革命は政治革命であるが、過去を否定し乗り越える芸術の革命の試みは、それよりも早く、かつヨーロッパ全体で始まっていた。
当時のロシアは文明の後進国であったが、20世紀ヨーロッパで抽象画を生み出したとされる3人の画家のうち、2人がロシア人だというのは興味深い。
しかし時代の進行に伴い、革命は日常へ、斬新さは陳腐へと変容。
日常生活よりも革命精神を重んじる詩人・マヤコフスキイの訴えは、社会の変革期における芸術家のイメージそのものだ。
市民の無関心と世俗欲、政府による統制と、国際社会の力と政治のプレッシャーが、革命をその目指すものから遠ざけた。
当時のロシアの空気を感じる。
登場人物は多いが、最終的にはマヤコフスキイと舞台監督のメイエルホリド2人に焦点が当たる。
革命の形式化に絶望し拳銃自殺を図ったマヤコフスキイと、信念を貫き処刑されたメイエルホリドが、アヴァンギャルドの終焉ということになる。
一方、政治革命と芸術革命の関連で主要な人物として記されているのは、かのスターリンのライバルでもあった、トロツキーである。
彼は、革命時の軍事会議議長という軍のトップであると同時に、「人は政治のみによって生きるにあらず」と述べ、メイエルホリドの舞台で即興の演説を行うなど、アヴァンギャルド芸術を理解していたことがうかがえる。
一方で、その態度が異端と見なされて粛清を招くことにもなっただろう。
或いは、スターリンがその強権によって成し遂げたソ連の近代化と、その結果としてのナチス・ドイツへの勝利は、トロツキーではなし得なかったのではないか、ということも想像された。
いずれにしても、トロツキーの自伝も既に本棚にあり、読むのがますます楽しみだ。
スターリンの伝記から、当時のロシアの政治世界には比較的馴染みがあったが、芸術分野は初めてで、本書からの学びが多かった。
解説の中で、80年代のゴルバチョフによるペレストロイカと91年のソ連崩壊により、政府により隠されていた資料が明るみに出てロシア・アヴァンギャルドへの認識が高まったこと、2000年代に入ってからも東京でロシア関連の展覧会が定期的に行われていたことを知った。
西武百貨店のコミュニティカレッジやパルコ出版が、ロシア・アヴァンギャルドを取り上げていたことも興味深い。
東京でロシア・アヴァンギャルドに関する展覧会が最後に開催されたのは、2013年のようだ。
2014年以降に起こったことを考えれば、それ以後の日本国内での展覧会が困難であったことは、国際社会での立ち位置を考慮すれば致し方ないのかもしれない。
スポーツも芸術も、政治に支配される。
だからこそ、本書のちくま文庫による再版には感謝と敬意しかない。
ショスタコーヴィチの交響曲をまた聴きに行きたい。