山川偉也のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
古代ギリシャのミニマリストの印象だったが、托鉢者に近いかも
自足や他人からの目の気にしなさはある程度現代でも受け入れやすいか?
困窮ゆえに強いられた「犬」としての生活を次第に逆手にとり、人間社会からの外れ者として一定の支持を得る(が、表向きに仲良くしてくれる人はいない)
史実ではなさそうだが、プラトンとのレスバは荘子の儒家や恵子とのレスバを思わせる
晩年の奴隷化と解放への抵抗は、やはり犬生活はむしろ奴隷(教育係)生活よりキツかったのかな......と人間らしさも垣間見える
本書で指摘される意外なソクラテスとの共通点でそちらも知りたくなる
アリストテレスの正義論は少々腹が立つものの、当時の社会だとこの超差別的見方が当然だろうし、むしろ世界市民の思想に至ってるのが凄いとみるべき
現代にいても面白そう、というか多少ならこういう人いるかも?
追放のきっかけとなった政治的抵抗でもある通貨変造が、本書内で価値の逆転とのダブルミーニングとして一貫的に使われている構成が好き -
Posted by ブクログ
ネタバレあまりに分厚い本だと思ってはいたが、それもそのはず、ディオギネスに関する文献は「ディオギネス伝」と彼の散逸した著書「国家」ぐらいのものである。それであるがゆえに、ここまで大きくなってしまったのであろう。
大半が彼のエピソードに関する検討や、文献の比較検討に付き合わされる。すこし退屈であるかもしれない。
彼は「自由」「平等」「友愛」を何よりも尊重した。彼の生き方そのものはそれの発露だし、あらゆる問答の中にもそれが現れている。「等価交換は不等価交換ではないか?」といい、「モノをねだってそれを私は受け取った。君にもその恩恵が伝わったはずだ。」というなど、よく考えればそのとおりかもしれないと思う行動や発言が多い。
また、アリストテレスのように侃々諤々の議論を嫌っているのか、それともそれに論駁しうるためなのか、正義に関する議論はあまりない。むしろ色々な事柄は「飾りだ。」とまでいう。アリストテレスは「何が何に値するか」を考えるあまり「生まれつき奴隷の身分に相応する人もいるのではないか。」とまでいうが、ディオギネスはロールズの無知のヴェールを先取りするかのように、「名声だの財産だのは飾りだ。どうせ皆一緒なんだ。みんな満たされるものは同じだし、目があり鼻があり手で飯を食べる。奴隷なんていうのも呼称に過ぎない。」とまで云った。ゆえに、彼の唯一の合法政府は「世界政府」だとする。
彼のような哲学者は、時代を問わず一定程度いるのだな、という気も同時にした。 -
Posted by ブクログ
ゼノンのパラドクスが投げかけている哲学的問題をていねいに分析し、その考察をおこなっている本です。
著者は、ゼノンのパラドクスを紹介しているアリストテレスのテクストに分析を加え、そこからゼノンの問題がなにであったのかを慎重にとり出します。その結果、ゼノンが師のパルメニデスの哲学を擁護するために、その批判者たちの議論を論駁する目的でパラドクスを考案したということであり、そこで彼が念頭に置いていたパルメニデスの批判者たちの意見とは「多」の理論であったことが明らかにされます。
また著者は、数学における連続についての議論にもとづいてパラドクスの解決を図ろうとするラッセルに代表される見解を批判し、一と多の概念をめぐる形而上学的次元に問題の場面を設定しています。他方、ベルクソンの解釈については、彼がゼノンの意図を誤解していたことを指摘するとともに、ゼノンの真意が意外にもベルクソンの立場に近いものであったと論じられます。
「あとがき」には、難解な本書の議論を読みやすいものにするべく著者が格闘した経緯が語られていますが、そうした著者の苦心のあとは本文のそこかしこにたしかめられます。それでもある程度の根気を必要とされる内容ではありますが、ゼノンのパラドクスに多少とも関心のある読者であれば読み通せるのではないかと思います。