小坂井敏晶のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
『責任という虚構』を読み、小坂井氏の考えに強く惹かれて読むに至った、2冊目。
『責任という虚構』に比べると論旨は散逸しているが、第二部、小坂井氏のアルジェリアやフランスでの悩みや苦労話は、彼の考えを理解するにあたって大変興味深かった。
自分も海外での生活及び留学を経験したことがあるため、小坂井氏の悩みは身体的にも共感する部分が多々あった。海外で生活しないと分からない部分は多分にあり、また母国から距離を取ることによって見えるものもある。
常識は目を眩ませるが、だからこそ、常識の不条理に気づかされる異文化環境に生きることは、それ自体に意義がある、という点はその通りだと思う。
本書と『責任と言う -
Posted by ブクログ
良著。
第六章は「何がしたいのか、何ができるのか、何をすべきか」。
割と頻繁に頭をかすめる問題。
全く考えがまとまることなく、そのままにしてしまって日々を過ごしてしまっているが。
著者は、どうそこに向かい合ってきたか、ということを記している。
終章は「異邦人のまなざし」。
具体的にどうした属性があれば「異邦人」であると決まるものではなく、違和感を覚え続けることが「異邦人」の要件であるとすれば、自分も「異邦人」であったのかもしれない。
幾つかの集団に属してきたが、ほぼ全ての集団において、その主流の価値観に染まることができずに来た。
朝日新聞など日本のマスメディアの主流となる論調、日教組的価値 -
Posted by ブクログ
p3 世界から答えが消え去った。〜<正しさ>を定める源泉は、もはや失われた。
p4 遠くから眺めるか近づいて凝視するかによって、世界は異なる姿を現す。しかし〜異邦人という位置〜遠くにあると同時に近いところ〜境界的視野に現れる世界
p8 「答えのない世界に生きる」これは、混沌とする社会に生きながらも答えを探せというメッセージではない。
p9 「正しい世界に近づこう」「社会を少しでも良くしたい」この常識がそもそも問題だ。「地獄への道は善意で敷き詰められている」
p18 知識が思考の邪魔をする
p20 第三世界への技術導入がしばしば失敗に終わるのは、〜導入される異文化要素と互換性のない知恵があるから