アベ・プレヴォーのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレこちらはフランス文学です~。
まじめな青年が、マノンという女に出会ったために人生を転落していく様を描いたものです。
マノンにあっては引き離されて、大金を持っては全財産失い、、、、の繰り返し。
初めは真面目に読んでたんだけど、この繰り返しでしょ~。
読んでてなんだかコメディー読んでる錯覚に陥ったよ~。
もちろん文章も内容も真面目なんだけど、なんかここまでやられると笑うしかない。っていうか、この真面目な話をコメディに作り替えたら結構いけると思うわよ。
ま、最後はちょっと可哀想なんでかなりシリアスなんだけどね~。
でも、これをミステリーにもつくり変えられるよね~。
実は、すべてマノンの仕業だったとか。。。
なんかこの本をこのまま読んでしまうのが惜しい気がしたわ。
そうそう。この本、実は66巻あって、その中から抜粋して、これだけ独立させた本なんだって~。
66巻も読めないよ~。 -
Posted by ブクログ
18世紀フランスの小説家アベ・プレヴォー(1697-1763)の恋愛小説の古典、1731の作。あの人物像の中に、女も男も自分の姿や理想を垣間見続けてきたのか。所謂"femme fatale(運命の女・男を破滅させる女)"を描いた文学の先駆とされる。プッチーニのオペラでも知られる。
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主に騎士グリュウの一人称語りで展開される本作、世人一般の冷静さを欠き、誰のものとも知らぬ良識の頸木を断ち、恋人マノンなしの世俗的な幸福など一顧だにせず、恋の悦楽その純粋――極端に於いては実生活と両立し得るはずのない純粋、節制とは正反対の感情のアナーキー(ルカーチ)――に身を任せ、ときに絶望に堕ちときに改悛しそのまたすぐに恋の有頂天へ・・・。息苦しいまでの若さの疾走――内面を重苦しくさせ、その重さゆえに疾走せずにはおれなくさせるところの、あの若さ――、行き着く果ては愛の幻想で充溢した二人きりの(終にはグリュウ独りきりの)内的な自閉空間か。そこから血涙となって零れる呻吟が、破滅の予感とともに響いている。ロマン主義的な感性の萌芽と云えようか。
「彼女はぼくを愛している。・・・。ぼくは全宇宙が崩壊するのを見ても、知らん顔をしていることだろう。なぜだって? 彼女以外のものなんてどうだっていいからだ」
「しかし、おまえに必要な男は、金持ちで、幸福者でなければならない。・・・。ところが、このおれときたら、ご提供できるのは、愛ばかり、誠実ばかり。女どもは、おれの貧乏を軽蔑し、おれの一本気をなぶりものにする」
「恋ゆえに、ぼくはあまりにも感じやすい、あまりにも情熱的な、あまりにも忠実な人間になりました。そして、おそらくは、美しい愛人の恋をむかえるために、あまりにも気前のいい人間になりました。ぼくの罪悪というのは、これなんです。」
「しかし、私はどんなことをしても彼女と別れないと断言し、世界の果てまで連れていって、・・・、彼女を愛し、自分の不幸な運命を彼女のそれにしっかりと結びつけるつもりだ・・・」
「愛しあう恋人同士にとっては、宇宙全体が祖国ではないだろうか? 彼らはお互いの心の中に、父を、母を、親戚を、友人を、富を、至福を見いださないだろうか?」
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それにしても、破滅させるほどの恋を騎士に抱かせている当のマノンの実体が茫として掴み所のない、というのは読みながらずっと訝しく感じられた。騎士グリュウの一本気な誠実さが、内面に空いた無限小の穴であるとするなら、娼婦マノンが己の享楽の為に不貞を犯しながらなおも失われずにいるかの如き無邪気さは、魂が抜けて浮遊する無限遠点のようだ。肌に熱ある人物像をどうしても思い描けない、宛ら自動人形の如し。そもそも、"femme fatale"という人物類型自体、女性という他者を前にして、それへの恐怖や欲望が綯い交ぜになって創り出された、男による幻想だ。女を眼差す男の視線を映し返している、鏡だ。作者もマノンを全体的な人物として描き切れなかったのではないだろうか。
それでも、ヨーロッパを追われ、アメリカの地の果て、「彼女を愛し、自分の不幸な運命を彼女のそれにしっかりと結びつけ」た騎士に、
「逃げちゃうのよ、いっしょに」
と云う、終末近いマノンの言葉は、本作中、最も哀切で美しいと感じる。
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破滅に到らなければ恋は嘘だ、とロマンチストは云うかもしれない。しかし、現実は散文的な生活の裡にある。虚構の中でしか描き得ない、嘘としてしか語り得ない、真実もある。 -
Posted by ブクログ
二十歳までに所謂名作と言われている本を読み、その感想を十年後、二十年後の感想と比べたいと思っています。
マノンレスコーは友人に勧められて読んでみました。
感想としては…なんだか自分の年齢というか成長を感じました。
もともと自分が保守的な考え方をするというのもあるんですが、主人公やマノンに全くもって共感できなかったんです。
彼らを俯瞰して読んでいるというか、どちらかといえば主人公の親やらのような気持ち。
「その選択は駄目でしょ…」「あーやっぱり悪い方向に行っちゃった」
みたいな感じで、彼らの若さゆえの無鉄砲さが好ましくないと感じてしまいました。
マノンの死の辺りではさすがに最愛の人との永遠の別れということで悲しい気持ちも湧いたんですが、それでも「最初にこう行動しておけば…」という風に冷静に考えてしまって、悲しみに飲み込まれない。
もっと早くこの本を読んでおきたかったです。
中学、高校時代に読んでいたら、また違った感想だったのではないかと思います。 -
Posted by ブクログ
尽きることのない愛情でグリュウを包むマノン。
二人の間にあったものは、まさに「不謹慎と軽率」だ。
自分に非があると知っていながら、男を運命の歯車に巻き込むのは悪女そのもの。そんな悪女に自らの人生を持って抗えなかった弱き男性の物語。
恋とは大きな水槽に飛び込むようなものなのかしら。
溺れると分かっていながら、自ら全力で回転しながらで飛び込んでいく姿を見た。
グリュウもさ、自分の悲惨な運命を恋のせいにしちゃっている点でどうかと思ったけど。破れかぶれの姿を美しいと思うか、粋ではないと見るかは人それぞれかしら。もうここまで行くと滑稽というか手に負えないなと思ってしまう。
「或る女」が女性目線なのに対して、「マノン・レスコー」は男性目線なのが面白い。どちらも、女性「性」をうまく描いていると思う。
・自分が相手の愛に値しないのではないかという感情
・チベルジュとグリュウの相反する理性と感性のコントラスト
・フランスとアメリカの対比
とか、そういうのが気になった。
にしても、後半30ページの悲劇っぷりはやばい。。
悲劇の階段を転げ落ちていくとはまさにこのこと。
息をのむ展開だった。 -
Posted by ブクログ
前評判は確かだった。
いつまでたっても悪い癖が抜けず、ひどいことばっかりするマノンなのに、
それは「悪い癖」という言葉でまとめられてしまうことができる。
そのゆえんはマノンの悪気のなさ!!
お金がなくなった途端に公然と浮気をしておいて、可憐にこう言い放つ。
「ごめんね、でもお金がないって耐えられないんだもん…」
悪女である。
しかもこれで嫌いになれないかわいさ(無邪気さからくるのだろうか)があるんだから、さらに始末に負えない。
というか、だからこその悪女なのか。
なんといっても、まっとうに主人公と想い合っている期間は本当にかわいいのだ。
「こんなに愛されて、私はほんとに世界一の幸せ者だと思うの」と、こう来る。
主人公はこれで許してしまうのです。
ついには、「お金がないと浮気しちゃうのは癖だからしょうがない。彼女のためにお金を絶やさないようにしよう」とこうなる。
なんたる思考回路!ここまで来ると幸せ者ですね。
そしてその若さゆえの恋みたいな勢いは最後まで衰えることがない。
この時代にこの作品とは、すごい。
現に、娼婦の悪女、という設定ははじめてのことだったらしい。
うーん、舞台でぜひ見たい。