“「ずるい人」
「何とでも」
「でも、私はこんな酷くてずるい野々宮くんのことを気に入っているのだから仕方がないわ」
月森は髪をかき上げながら嬉しそうに笑う。見惚れるような仕草だった。
「どう説明したら良いのかしら……野々宮くんとの会話はとても楽しいわ」
言葉を選んでいる。自分の気持ちを出来る限り正確に伝えたがっているのが判る。
「何て言うのかな、“駆け引き”をしているとでも言うのかしら、先の読めない会話は緊張感があってとても楽しい。ずっと話していたいっていつも思うの」
月森の言葉に押し黙る。そして、まじまじと月森を見詰めてしまう。僕は驚いていた。月森が僕と同じ感想を抱いていたことに。
強い共感はその延長線上にある近親感へと呆気ないほど簡単に変わる。
確かにこの時、今の僕にとって月森葉子が特別な存在なのだと意識した。”
騙しているのかおちょくっているのか惑わせているのか本音なのか素なのか。
月森の心がわからなくて主人公と一緒にこっちまで戸惑って躊躇って疑う。
本当は最初の最初から彼女の手の内で踊らされていただけ。
素直で一途な千鶴ちゃんが可愛い。
“「そうね――」
頬に張り付く濡れ髪を月森がかき上げると薔薇の香りがした。
「――きっとそんな気分だったんだわ」
つまらなさそうな口調だった。
「……気分だって?たったそれだけの理由?それが人が人を殺すに足る理由だと君は言うのか?」
あからさまに答えをはぐらかされたと感じて僕は不愉快だ。
「違うわよ」
「どういう意味?凡人の僕には君のような天才様の考えは、もう少し説明をして貰わないと理解出来ないのだけど」
「もう、怒らないで。冗談で言ってるわけじゃないから。私は本気でそう考えているのよ」
横目で睨む僕へ、月森は困ったように小さく肩を竦めてみせた。”