多根清史のレビュー一覧
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最初著者はジオン軍をナチスドイツに例えようとします。
確かに服装的には似て非なるものを感じますが何か違う。
そこで日本軍と重ねてみると大東亜共栄圏とスペースノイドが重なって来ます。
コロニーの解放と亜細亜の解放が重なるように思います。
ジム対ザク
量産機対決で言えばジオン軍はドムやゲルググ等の後継機が投入されたことと比較して基本性能を上げたカスタム機を投入した連邦軍に分があったと分析されます。
個人的にはシードのムラサメが好きなのでこの考察は好きです(笑)
壊し屋「シャア」と「小沢一郎」
オールドタイプの破壊に共通点が…
この辺りから例えがキツくなってくるんですよねσ^_^;
全体的には面白く読めましたがやっぱり戦前戦後と宇宙世紀の例えが1番良かったですね。 -
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見立て
ポン(テーブルテニス)
↓
ブレイクアウト(ブロック崩し)
↓
スペースインベーダー
↓
ギャラクシアン
↓
ギャラガ スプライト×PSG
キャラクター性の強化=カラーによる外見の違い×行動原理の違い
パワーアップと死にやすさが表裏一体
ヘッドオン
↓
平安京エイリアン
↓
パックマン 「食べる」がテーマ 他社性(追いかけっこ)
4つのキャラが追いかけるのでなく、四方を囲むように追いかける
パワーエサ「逆転」=ポパイのほうれん草 「追いかけられる」が「追いかける」に
「ジャンプ」アクション
ドンキーコング
アクションゲームにおける「ストーリー」の元祖
「高さ」とそれに伴う引力・慣性によって「意思と結果」の関係ははるかに複雑になった
樽を超えるとき、上に跳ぶか左右に飛び越すか3つの選択
わざわざ物理法則を取り入れることで「不自由」に
パワーエサ=ハンマー
イノベーター→アーリーアダプター→アーリーマジョリティ
↑キャズム
マリオブラザース
2ステップ方式で、敵を倒す>パワーエサ
「狩る側」と「エモノ」という2つの状態が画面に混在
ステップ1のバリエーション→転ばす、電気でしびれさせる、泡で閉じ込める..
「仕込み」と「獲物の収穫」→太古の記憶
2人プレイ 協力するか、裏切るか?
ゲーム理論の囚人のジレンマ ゼロサム or 非ゼロサム
スクロール 絵巻物
スクランブル
対空と地上
ゼビウス
スプライト×バックグラウンド レイヤー
世界観 ナスカの地上絵
隠れキャラ
パックランド
世界観継承 迷子の妖精を送り届ける
消火栓の隠れキャラ
スーパーマリオ
スーパーマリオの「狭さ」は箱庭に進化
手の届きそうな「遠さ」
家庭用(任天堂)vs業務用(ナムコ)
RPG
ZORK
ウィザードリー
ダンジョン&ドラゴン
ドルアーガの塔
攻略のための集合知→ゲーム雑誌
アイテムを取ること=成長 →アクションゲームにRPG的要素
ゼルダの伝説 家庭用アクションRPG
ドラゴンクエスト
見えざる一本道へと導くガイド 爆発的普及へ
シナリオの重視
RPG版少年ジャンプ マルチウィンドウ
SLG(シュミレーションゲーム)
信長の野望 武将への憧れ
ダービースタリオン
プレイヤーを世知辛い損得勘定から解き放つ。日本型SLGは人の持つ欲望を金銭という枷から自由にする
プリンセスメーカー
同級生 ストーリー性
ときめきメモリアル
ラブプラス
ニンテンドーDS
ラブプラス
どうぶつの森
ニンテンドッグス タッチペン、ボイス機能
現実をまねるシュミレーションではなく、「プレイヤーの憧れを叶えるゲーム」
同期と非同期
同期を追っていけば、コミュニケーションに行き着く
同期と非同期をなじませることが、リアルとゲーム内の「もう一つの世界」を重ね合わせる手がかりとなる
あらゆるメディアの進化は、ハードのもたらす可能性の限界と、応用ないし「見立て」を変えることで欲望を追求するソフト的な発想のせめぎ合いの上にある
ネット上の中央サーバに処理を任せる→クラウド
音楽プレイヤーとパソコン用の音楽管理ソフトの組み合わせ→iPod+iTunes
「アイデア」「技術」そして「欲望」。これらの組み合わせから生じる可能性は、ほとんど無限に広がっていく -
Posted by ブクログ
もはやサブカルチャーと呼ぶにはあまりにも大きな文化ジャンルであるゲームについての概略書である。
幸い私はゲームとマンガの進化史について、同時代の共感を向けることができる。それは、「パックマン」「スーパーマリオブラザーズ」「ドラゴンクエスト」「ゼルダの伝説」「信長の野望」「ときめきメモリアル」「ラブプラス」までのハードとソフトとゲームシステムの革命を目の当たりにし、感動共感し、夢中になったためである。
本書は著者が指摘するように「落ちゲー」などは省かれているが、それらに時系列と物語性を持たせることによって非常に楽しい構成になっている。
「ゼビウス」の革命性は何だったのだろうか。
D&Dから引き継がれた思想はどう分岐し、どういうジャンルを育んだのか。
「スーパーマリオ」の自由度はどういうハードの制約を潜り抜けて可能となり、(大人を含めた)子供たちが熱狂したのはなぜなのか。
「マリオブラザーズ」の面白さは共同作業なのか殺し合いなのか。対面型ではない対戦ゲームとして「バルーンファイト」と「マリオブラザーズ」の面白さはゲームの面白さをよりリアルにしたといえるだろう。信用か裏切りかという行動パターンは実世界の面白さでもある。
これらをすべてを見ていくと、1980~2000年までは日本ゲーム史と世界ゲーム史がほぼ一致している。日本の先進性がハードの世界でもソフトの世界でも突出していた時代である。今では、優位性を保っているという程度のものになっているが、コンテンツ産業が唯一無二の存在であり続けるためには、常にイノベーションが必要ということである。
教養を求めるばかりではいけない。人々は常にイノベーションをもとめているのだ。 -
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タイトルとは裏腹に,議論の中身はかなり深いです.キーワードは,第二次世界大戦,冷戦,55年体制,小沢一郎,あたりでしょうか?旧体制の破壊を目論む小沢は,赤い彗星のシャアなのだそうです.さすがに,アニメと実物とではイケメン度にかなりの開きが・・・.(笑)
しかし,改めて作品の世界観を味わってみると,ガンダムは確かにストーリー設定,キャラ設定が深い.作り手が相当な時間をかけて熟成させたことが垣間見えます.
昭和史としての日本人論を,機動戦士ガンダムになぞらえて解説する手法は,「もしドラ」にも共通する部分があるかも知れません.こちらの方は,どちらも難しそうに感じましたが・・・. -
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言葉には人を動かす力がある。オフィスで人に指示したり、会議で自分の意見を言ったり、それによって新たな企画や仕事が生まれたりと、言葉が無ければ人は動き出せないし、それはごく当たり前のことの様に思える。だけれども、その言い方や伝え方によっては、明らかにその後の仕事のパフォーマンスや成果に違いがでたり、場合によっては、伝えたはずの言葉とは全く異なる解釈をされて、期待とはまるで違うものが出来上がってしまうこともある。これは仕事をする誰もが経験したことではないだろうか。その度に自分の伝え方や、言葉を見直してみて、何がどこで間違っていたのか、自分の言葉に何が足りなかったのか反省をする。解っている自分と、解ってもらう相手を繋ぐ言葉。互いの理解を共有するためには言葉は慎重に選ばなければならないし、時には身振り手振りに加えて真剣さや情熱など、見た目からも伝わる事はある。だが、メインは言葉であり、シンプルにその一言で全てが相手に伝わるようなものは中々出てこない。
世の中にはたった一言で人々を感動させたり、巨大な力を引き出した人たちがいる。実際に言ったかどうかは別として、映画「生きて再び祖国の地を踏むことなきものと覚悟せよ。予は常に諸子の先頭にあり」、この特に後半のフレーズ「予は常に諸子の先頭にあり」と言う言葉は、管理職なりたての自分の常に目指すリーダー像を作ってくれた。もっとも、現在はこの手の「ついてこい型」のリーダーよりも、後ろから支えてあげる様なサポーター型リーダーが良いと言われているから、中々そう言った言葉を体現する機会も減ってしまったのだが。言葉は聞いた誰かの心に響き、響いた相手の生き方をも変える事ができる。それが一国の命運を変える事も、親しい友人や仲の良い家族など身近な関係を維持したり壊したりもするから、恐怖も感じる。
その様な誰かの凄い言葉ではなく、本書が取り上げるのはそれを更に超えた「もの凄い言葉」だ。あまりの凄さに、聞いた(見た)瞬間では、その凄さに気づけないかもしれない。だがその言葉を放った状況や時代背景を知ると、じわりと心に響いてくる。一言で言うなら除夜の鐘の余韻の様に。そして静けさが訪れた自分の心に余韻は何時迄も残り続ける様な感覚に陥る。聞き流して仕舞えばそれまでの言葉。筆者が冒頭に記載する様に、「考えて聴く」事で初めてその本当の凄さを知る。
私がこれまでの人生でもこの先の人生でも、繰り返し途絶える事なく(健康に生きてさえいれば)発し続けるであろう言葉の中に、その様なものが出てくるだろうか。それは未だわからないけれど、きっといつか誰かが、あの時あの人はあんな事を言っていたな、と振り返ってくれる様な言葉が出る様に。それは自分と真に向き合って、時代へ立ち向かいながら、真剣にならなければ中々出てこないだろう。誰かの心に響く言葉を磨き上げた自分からいつか出してみたい。 -
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1年間パズドラにはまりまくりナゼかピタッとやめてしまった今、本書を手に取りました。なるほど、ひとつのジャンルの生成と進化と成熟を一気にリアリティを持って俯瞰できるという点においてデジタルゲームの歴史はを語ることは教養になり得るんですね。ハードとソフトのつばぜり合いの様な細かな競り合いが大きな物語になって行く流れはイノベーション論として他のジャンルにも敷衍できるはず。それにつけても、人間の心の不思議さ。月にウサギを、星々に星座を見出す、我々の物語生成能力はデジタルの画面に、もうひとつの世界を「見立て」、その「見立て」を新しいリアルとしてまた今日も物語を進行させているのです。
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誰もが一家言ある「ゲーム」を、概論として講座が出来るくらいまで網羅、俯瞰しようとした意欲は買うが、大多数の人から、その人の中の「これ」が入ってないと、漏れを指摘されるだろう。
時代の徒花という評価なのか、知らないので飛ばしたのか、PCゲームに実は面白いものが満載だと思うのだが。
膨大に広がるゲーム空間を表現し切れたとは言い難い。第2章のスーマリまではまあ妥当な線、RPG、SLGの考察は少し投げ出した感がある。
方向性は面白いので複数名の共著で再度試みても良いかと。
現在を振り返り、ゲームの行き着く先が課金ガチャゲーではあまりに虚無的だ。