日米関係は日中関係である
著者の松本はお金持ちの息子で、父親の財力のものをいはせて3年西欧を留学してゐるが、そのあひだ自分の将来について固めたのは、国際的ジャーナリストになりたいといふ思ひであった。父の助言をもとに中国人留学生と仲良くなり、知己を得るにいたった。
社会経済的な討論をする太平洋会議に参加し、新渡戸稲造議長ひきゐる日本側の京都会議、そして次の中国側の上海会議へのあひだに満洲事変が起り、日本側と中国側とに感情的な意見が支配しさうになったことまで書かれてゐる。
文豪でいへば、有島武郎や志賀直哉の名前が一瞬出てくる。