中村雄二郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ[ 内容 ]
科学に代表される〈近代の知〉は大きな成果を生んだ。
しかし今日、その限界も指摘されはじめている。
人間存在の多面的な現実に即した〈臨床の知〉が構築されねばならない。
著者の積年の思索の結実である本書は、人間の知のあり方に新たな展望を開き、脳死や臓器移植などの医学的臨床の問題にたいしても明快な視点を提供する。
[ 目次 ]
序文 なぜ〈臨床の知〉なのか
1 〈科学〉とはなんだったのか
2 経験と技術=アート
3 臨床の知への道
4 臨床の知の発見
5 医療と臨床の知
6 生命倫理と臨床の知
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
<普遍性><論理性><客観性>という三つの原理を擁する「近代科学」は、この2、300年来文句なしに人間の役に立ってきた。それ故に我々はほとんどそれを通さずに<現実>を見ることができなくなってしまった。
しかし、近代科学によって捉えられる<現実>がすべてなのだろうか。近年の社会問題、環境問題等、それだけでは解決し得ぬ状況、現実とのズレが顕在化しているが、その原因は、近代科学が<生命現象><関係の相互性>を無視しているため。
筆者は近代科学が排除した<現実>の側面を捉え直す重要な要素として、<コスモロジー(固有世界)><シンボリズム(事物の多様性)><パフォーマンス(身体性をそなえた行為)>をあげ、それらを体現したものを「臨床の知」としている。 -
Posted by ブクログ
何分,哲学用語に疎いものだから,非常に読みにくく感じました。しかし,何かこれまでの科学思想とは異なる観点を提出していそうではある。これはもう一度心して読む必要があります。
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では,演劇本来の特質とはなにか。それは,…,人間と世界とを凝縮化して重層的に捉え,描き出すことである。等身大の日常的な人間ではなく可能的な人間を表現することによって,人間の隠れた本質を捉えることである。(p.116)
したがって,コスモロジーとシンボリズムとパフォーマンスの3つの特性あるいは構成原理とする<臨床の知>は,近代的な<科学の知>と対比して,次のようにまとめられることになる。すなわち,科学の知は,抽象的な普遍性によって,分析的に因果律に従う現実にかかわり,それを操作的に対象化するが,それに対して,臨床の知は,個々の場合や場所を重視して深層の現実にかかわり,世界や他者がわれわれに示す隠された意味を相互行為のうちに読取,捉える働きをする,と。
ことばを換えていえば,科学の知が冷ややかなまなざしの知,視覚独走の知であるのに対して,臨床の知は,諸感覚の協働にもとづく共通感覚的な知であることになる。というのも,臨床の知においては,視覚が働くときでも,単独にでなく他の諸感覚とくに触覚を含む体性感覚と結びついて働くので,その働きは共通感覚的であることになるのである。(pp.135-136)
病気のために生命の危機感に見舞われることによって,深い生命に目覚めることは,多くの人々に見られたところである。(p.159)
[重要なことは]病気が,<リズムとバランス>の,つまり<安定した自己調節機能>の破れであるという,まさにそのことによって,生命有機体であり精神=身体的存在であるわれわれ人間にとって,危機を通して自己を更新し,リフレッシュする働きをもちうる,ということである。このような危機が意味をもつのは,それがわれわれを境界性(リミナリティ)に置き,日常性の惰性化を突き崩すからである。境界性とは異界の性格をもったものであり,すぐれて人生の節目を構成するのである。(p.162)