上杉孝久のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
日本史がおもしろくなる日本酒の話
上杉孝久
サンマーク文庫
煮た米を長いあいだ噛んで口の中で粥状にしてから土器に吐くと、唾液の中の酵素であるアミラーゼが米を甘いブドウ糖に変えます
現実でもこれらの地方では神事に使う御神酒を口噛みで造る風習があります
紹興酒の「クモノスカビ」、コーリャン酒の「ケカビ」そして日本酒や焼酎、甘酒の「コウジカビ」などの種類
醸した酒が腐ることもしょっちゅうありました
一度仕込んだ酒を水代わりにして何回も仕込むという方法がとられていた
日本書紀
コノハナサクヤヒメが「あまのたむさけ」を作った
これを日本最初の酒だとする説もあり
奈良・平安時代
奈良の都には
「造酒司(みきのつかさ)」と呼ばれる酒や酢を造る役所もありました
鎌倉時代
武士の時代の新常識「買ってくるもの」
お酒の売買Wお禁止する法律
自家製酒造を制限
千利休
一杯目は人、酒を飲み
二杯目は酒、酒を飲み
三杯目は酒、人を飲む
日本酒を三00年寝かせるとどうなるか
部屋いっぱいが素晴らしい香りで満たされたのです
その香りは一00年貯蔵されたスペインのシェリー酒に似ていたそうです
アルコール度数は二四パーセント近くになっていました
陶器の微細な穴からの水の分子が抜けたことで、アルコール度数が高くなった
二0升飲めば、あなたも大酒のみチャンピョン
大酒飲み大会は「酒合戦」
酒造り集団 一0の専門家
一九三六年、現在でも酒造好適米の王者に君臨する「山田錦」が兵庫県の農事試験場で誕生
日中戦争
飯米を優先して栽培、酒造米生産減らされる
酒屋は水で薄めて水増しした酒にしないと、売る酒がないほどの酒不足になってしまい
金魚もおよれるというので庶民は「金魚酒」と呼んでいました
三倍増醸酒
純米酒を醸造用アルコールで二倍に薄めても清酒として認めるというのです。しかし二倍に薄めてしまうと味がなくなります。そこでこの酒にはブドウ糖、水飴、グルタミン酸などの調味料を加えて量を三倍にしていきます。二00六ねんまで存続 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「日本史がおもしろくなる日本酒の話」というよりも「日本酒がおもしろくなる日本史の話」でした。
年代ごとに書かれているけれども、ぶちぶちとキレたエピソード集で、歴史の裏話としてはそれほど目新しいものはありませんでした。
逆に日本酒の蘊蓄がおもしろい。
日本酒というか…日本に住んでいた人たちが作って飲んで楽しんだお酒の中にはワインのあったらしい。
縄文時代って今よりも気候が温暖で、三内丸山遺跡のある青森県辺りが、今の東京と同じような気候だったんだって。
(じゃあ、地球温暖化って騒ぎ過ぎなんじゃ?)
アルコール度数を高める工夫をし(じゃないと、せっかく造ったお酒が腐ってしまうことがあるから)、日本酒に適した麹を探し、日本酒に適した米を作り、日本酒に適した水を使って造る日本酒は、長い長い年月をかけて少しずつ美味しくなってきた。
それが開国と同時に西洋の科学が入ってきたら、杜氏たちの経験だけで受け継がれてきた日本酒造りが科学的に解明されて、それまでよりも短時間でお酒が造れるようになったんだって。
江戸時代の酒のあての料理法や、みりんを使った高級カクテルの作り方など、酒にまつわる雑学がいろいろと面白い。
著者は日本酒プロデューサーで、日本地酒協同組合専務理事。
そして上杉謙信、鷹山の子孫なんだそうです。
だから日本史と日本酒なんだな。