松木武彦のレビュー一覧
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小学6年生のとき、社会の授業(歴史の授業)で古墳について学び、しかも、当時、自分が住んでいた市にも古墳があることを、友人のお父さんから教えてもらい、その友人と、友人のお父さんと自分の3人で、その古墳に見学に行きました。
そのとき以来、古墳には興味を持っているのですが、この本で読んで、古墳は奥が深い、と改めて思いました。
同時に、古墳は日本にとって、非常に魅力的な文化資産だと思いました。
中高生時代に、こんな風に古墳について学べていたら、もっと楽しく、もっと好奇心を持って古墳や歴史を学ぶことができたかもしれません。
それにしても、古墳って、たくさんあるんですね。
全国も15万もあるそうで、その事実にも驚きました。 -
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[ 内容 ]
四万年の歩みを一気に描く新しい列島史。
[ 目次 ]
第1章 森と草原の狩人―旧石器時代
第2章 海と森の一万年―縄文時代前半
第3章 西へ東へ―縄文時代後半
第4章 崇める人、戦う人―弥生時代前半
第5章 海を越えた交流―弥生時代後半
第6章 石と土の造形―古墳時代
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
はい、今回は古墳時代(は3世紀後半から7世紀頃だが、そこに至る道すじを知るために1世紀頃から)についてお勉強した
古墳と言えばまず「デカっ!」である
古墳デカい
間違ってはいない
で、なんでデカいか?と言えば「どーだスゲーだろう」言いたかっただけ
いやだけってことはない
他にも色々あったはず
オトナの事情が
子どもはもう寝なさい!的な
その辺の事情も書いてある
あーあとあれな
やっぱ科学の進化えげつない
もうなんか超昔のことも色々分かっちゃう
わいなんかはもうやめてあげて!ってちょっと思っちゃう
これ以上やっても、もう『ムー』を苦しめるだけ
邪馬台国の場所とか謎のままにしといてあげて!(まだ謎です)
(ΦωΦ)フフフ…
解明されても楽しい
解明されなくても楽しい
古代史スゲーなおい -
Posted by ブクログ
・松木武彦 「古墳」(角川文庫)を読んだ。といふより見た。前著「古墳とは何か」に続く書である。基本的 に、写真とその説明が見開き2頁に収められてゐる。読むよりは見る方が多い。うつかりするとポイントを見逃してしまひさ うである。しかし、そのポイン トをきちんと見ていくと、第1部「いろいろな形の古墳」、第 2部「古墳の歴史をたどる」、 第3部「古墳はどう変わったか」のそれぞれが分かるやうにできてゐる。前著でははつきりしなかつたところも本書では写真付きで分かり易くなつてゐ る。筆者が同じであるから、書いてあることに違ひはない。本書を先に見てから前著を見るのもありであらう。松木氏の基本 的な立場は、「『古事記』や『日本書紀』といった日本語の資料から古墳の歴史を読み解いていく姿勢が、いまの古墳研究のもっぱらの道筋となっていま す。(中略)しかしこれからは、そればかりを追求しても、 古墳の歴史的研究は一元的・部 分的にしか理解されず、結果として、ピラミッドや皇帝陵との人類学的比較はむずかしいでしょう。(中略)この本の大きな目的は、それを可能にする、 古墳のさまざまな見方やとらえ方の新しい提案です。」(「は じめに」4〜5頁)といふことである。より分かり易く言へ ば、「いまおこなわれているような(中略)作業とは異なる視点で古墳を見ていきたい」(5頁)ので、「大きくて有名な前方後円墳のみではなく、小さくても個性をもっていたり、近畿の大王墓とはまったく異なる景 観を見せたりする日本各地の古墳を、たっぷりと紹介します。」(同前)さうして「古墳 が一貫して『秩序』や『体制』や『国家』の表現や反映であったわけではないことを考える起点にしたいと思います。」 (5〜6頁)そんなこともあつ て本書は写真が中心となるので ある。
・「古墳の出現・発達・衰退・消滅は、日本列島の歴史でもあるし、東アジアの歴史、ユーラ シアの歴史、そして人類全体の歴史でもあります。」(67 頁)とはじまる第2部では、古墳はモニュメントの一つとして位置づけられる。「日本の特徴 は、このモニュメント、すなわち古墳の巨大さと数の多さ。その解明こそは、これからの古墳研究の最大の基本的課題である。」(68頁)といふことで、ストーンサークルや朝鮮半島の王墓、ピラミッド等が出てくる。ポイントは、朝鮮半島の古墳は「墳墓の多くが、地面に棺を設けて主人公を深く葬」(85頁)つて墳丘を築いたのに対し、日本では「主人公の遺骸をできるだけ天に近いところ に位置づけるため、墳丘を山のように高く築き、頂上を尊い広 場にし、そこに棺を捧げて儀礼の核としたのである。」(同 前)といふ点である。これで日本の古墳は高くなつていく。し かも「前方後円墳の主人公は、 世界観の中では最高位の神であり、世俗的には大氏族の長や王として演出された。」(89 頁)古墳の主は神であつた。死して神になるといふ考へは古墳の最初からあつたらしい。それ ゆゑに、逆に神から人への変化は第3部の「古墳を彩る美しいフォルム」や「モニュメントから多様な墓へ」で述べられる。 ここで横穴式の石室が出てくる。私は古墳といふとこの羨道 と石室を思ひ出すが、これは6世紀以降であつた。石室出現により「天空のスロープも」(128頁)円筒埴輪も埴輪配列もなくなる。豊橋の馬越長火塚古墳(178頁)もこの時期 に当たる。と書いてゐたら既に 字数が尽きかけてゐる。要するに、死者は神、最後は人に戻つていく。この道筋が古墳でたどれるのである。これだけでも本 書を見るに値すると個人的には 思ふ。古墳は墓である。しかしその意味は時代的に変遷してゐる。おもしろく分かり易い書であつた。 -
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誰にでも考古学の道は開かれている
戦争や国家が生まれる発祥を考えることで、今の歴史に対することができる、歴史学って浅はかだけどロマン!面白い!という点だけが自分としては強かったので、歴史学を学ぶことへの意義として新しい観点。
日本人は他国に比べると、古墳やら大仏やらなんでも大きく作りたがる。面白い。
大仙陵古墳はぜひ行きたい、卑弥呼の箸墓古墳も。
大和統一者が女性で、権力者の男女比も6:4と、
女性社会である点も興味深い。
勉強になった。数年に一回読み直したい。
⚫︎ローマやギリシアの古典考古学に対して、辺境のデンマークやスウェーデンで発祥した先史考古学。
⚫︎考古学を学ぶことは今や未来の歴史のためである。古くはナチスドイツの侵略における大義名分に考古学の理論が用いられたこともあると、ナショナリズムにおける考古学という観点(コッシナの住史考古学)
⚫︎土偶の表情で後期になると哀しい表情の土偶があるという研究、本当かなあ、と思いつつ、土偶を読むを読むの再読の思いが。
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・松木武彦「古墳とはなにか 認知考古学からみる古代」(角川文庫)を読んだ。私は単なる古墳の書であらうと思つてゐた。ところが「はじめに」にはかうある。例へば「なぜ前方後円墳なのか」等々「といつた根本的な疑問(中略)これらの問題にアプローチするには、歴史学としての考古学よりもむしろ、人類学や社会学や認知科学としての考古学が力を発揮する。(原文改行)この本では、それらのうち認知科学を用いた考古資料の解釈法=認知考古学を加味して、古墳の成立から発展を経て衰退にいたる道筋をさぐってみた。いわば、心の考古学による古墳の理解である。」(7〜8頁)「心の考古学」とは何かと考へてしまふのだが、 同時に「古墳の成立から発展を経て衰退にいたる道筋」ともあ る。これはたぶんごく普通の考古学だと思はれる。古墳時代である。実に多くの古墳がある。 それらの成立から衰退の過程は 普通の考古学でわかるはずであ る。だからこそ古墳に関して様々なことが言はれてきたに違ひない。
・古墳時代以前の九州北部、「棺に物を入れられるような立 場の人たちが、おたがいの優劣を、物の種類や量によって絵解きされながら葬られてい」 (27頁)たといふ。副葬品の質や量でその人物のその集団に於ける位置、地位が、あたかも絵で描いたやうに見えるといふのである。これも初めは「墓地を営んだ親族集団内部での位置づけや関係を物語るものにとどまっていた。」(同前)が、や がて「九州北部一円におよぶ広い範囲での結びつきや、そのなかで位置づけを絵解きするもの」(28頁)となつていく。 それが古墳時代に入ると、「古墳は、生前自分たちの主であ り、リーダーであった首長を、『神』に転化する装置」 (「神」に「ゴッド」のルビつき、121頁)となる。本書で はここで初めて「神」が登場するのではないか。もしかしたらこれが「心の考古学」といふものであらうか。「古墳の長は、 沖ノ島の『神』と同じ扱いを受 けている。長を『神』と同化させることも、弥生社会とは明確に異なる古墳社会の特徴であり、長をそのようにする機能こそが、前方後円墳を冠とする古墳の本質のひとつだった。」(122頁)古墳のことはほとんど知らないので、そこに葬られる「長」を神とするなどといふことがあつたのかと思ふ。確かにあの大きな古墳に祀られるのは「神」こそがふさはしい。「古事記」以前の時代である。記録として残されてゐなくても 沖ノ島の状況から想像できる。たぶん、当時の列島中で行はれたことであらう。人が神になつたことを確認はできない。古墳時代か、古墳以前か。いづれにしろ古い昔のことである。それを知らうとするのが「心の考古学」なのであらう。だから逆に 「神々のたそがれ」(276 頁)もあるし「神はどこへいった?」(251頁)といふ疑問もある。この言はば理屈つぽい説明は、「個人の記念碑から一 族の奥津城へと墳墓を変質させ、まもなく消滅へと追いやったのは、横穴式石室化の波だった」(279頁)といふことになる。それはまた宗教とも関はる。日本や東アジアでは仏教(280頁)である。これもまた「心」の問題である。宗教に関はつて古墳、つまり墳墓が変はる。大体、お釈迦様は紀元前、イエス・キリストは紀元1年に生まれたことになつてゐる。日本への仏教伝来は6世紀、当然さういふことも起こる。「心の考古学」が神や仏のみで終はるはずがない。その他にも関はつてゐる。それでもなじみないものだが、ただ、古墳の歴史といふ点から見れば実におもしろく刺激的であつた。なかなかかういふ書はない。私は考古学者を単なる土掘り屋さんと思つてゐたらしい。反省である。 -
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著者の松木武彦さんは1961年生まれ。
つまり、2008年現在段階でまだ47歳。
この若さで『日本の歴史』を執筆するとは、おそれいります。
さて、ページを開くと、まず文字が大きいですね〜(笑)。
少し大きすぎるとも思いますが、これは編集の方針なので仕方ないです。
内容的には結構、斬新で、歴史と気候の変化を絡ませる点は結構参考になりました。
ですが、旧石器〜古墳時代の事象を解くのに「凝り」だけでは、説明が付かないと思います。
そのほかにも、今までの自分の説を白紙にするような言説など、いろいろ問題が多いのですが、考古学が専門に分かれる傾向にある中、一人で旧石器〜古墳時代まで纏め上げることは並大抵の苦労ではなかったと思います。
あと、比較的文章が平易で読みやすいですね。
一般の歴史好きの方には良いのではないでしょうか?
値段も手ごろで購入しやすいしね(・∀・)。
この本を読んで、考古学を好きになる人もいるかもしれません。
というか
いてほしいな (*´・д・)(・д・`*)ネー