吉田満のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
有名な本だけど,初めて読んだ。
吉田氏は大和の最後の天一号作戦に副電測士の少尉として乗り組んだ方。大和の生き残りだ。
文語体で漢字カナ交じり文だけど,改版で新仮名づかいになっているのはいまいち違和感。旧仮名でいいのにね…。
引用のとこは旧仮名。p.15のこれは手紙の引用
“便箋ニ優シキ女文字ニテ誌ス 「お元気ですか 私たちも元気で過してゐます ただ職務にベストを尽して下さい そして、一しよに、平和の日を祈りませう」”
かなが旧仮名でカナが新仮名というのはどうも違和感。でも改版当時(1981)はもうこの方が売れる,という判断だったのだよねぇ…。
GHQの検閲がなくなってようやく世に出た初版のあとがきに何か感じ入ってしまった。
"戦歿学生の手記などを読むと、はげしい戦争憎悪が専らとり上げられているが、このような編集方針は、一つの先入主にとらわれていると思う。戦争を一途に嫌悪し、心の中にこれを否定しつくそうとする者と、戦争に反撥しつつも、生涯の最後の体験である戦闘の中に、些かなりとも意義を見出して死のうと心を砕く者と、この両者に、その苦しみの純度において、悲惨さにおいて、根本的な違いがあるであろうか。"pp.167-168
"このような昂りをも戦争肯定と非難する人は、それでは我々はどのように振舞うべきであったのかを、教えていただきたい。我々は一人残らず、召集を忌避して、死刑に処せらるべきだったのか。…戦争を否定するということは、現実に、どのような行為を意味するのかを教えていただきたい。単なる戦争憎悪は無力であり、むしろ当然すぎて無意味である。誰が、この作品に描かれたような世界を、愛好し得よう。"p.168
21歳の若き少尉として大和に乗り組み,多くの戦友とともに艦を喪い,九死に一生を得た著者は,終戦直後にこの作品の初稿を書き上げたという。それは彼という人間の内から出てきた真実の声に違いない。戦争への反省は,文学の仕事ではなくて,批評の仕事だろうと思う。
戦後の観点からの批判を加えることをしない「戦争記録文学」が当時は格好の非難の的になったこと。
事実とデータを提示して,東電や政府を論難することのない早野先生が御用学者呼ばわりされるのも,これのミニチュア版なのかも知れない。 -
Posted by ブクログ
戦艦大和の最後の出撃に参加した吉田満が、戦艦大和の出撃から沈没までを綴った作品である。(一部に創作が加えられており、ノンフィクションではない)
吉田満は、東京帝国大学(当時)在学中に学徒出陣により召集され、1944年12月に戦艦大和に乗艦。翌1945年4月、最後の出撃(天一号作戦)に参加したが生還し、終戦直後の同年9月に、ほぼ一日で本書を書き上げたという。
執筆の動機について、著者は、「敗戦という空白によって社会生活の出発点を奪われた私自身の、反省と潜心のために、戦争のもたらしたもっとも生ま生ましい体験を、ありのままに刻みつけてみることにあった。・・・今私は立ち直らなければならない。新しく生きはじめねばならない。・・・その第一歩として、自分の偽らぬ姿をみつめてみよう、如何に戦ってきたのかの跡を、自分自身に照らしてみよう」と書いている。
そして、本書には、その時に若い海軍士官達が何を考えていたのかが綴られている。敗戦を覚悟して出撃した後、艦内では若い士官達が「進歩ノナイ者ハ決シテ勝タナイ 負ケテ目ザメルコトガ最上ノ道ダ 日本ハ進歩トイウコトヲ軽ンジ過ギタ 私的ナ潔癖ヤ徳義ニコダワッッテ、本当ノ進歩ヲ忘レテイタ 敗レテ目覚メル、ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ワレルカ 今目覚メズシテイツ救ワレルカ 俺タチハソノ先導ニナルノダ 日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望ジャナイカ」と語り、自分達の死に意義を見い出そうとしていたのである。
本書は、執筆直後にはGHQの検閲で出版が出来ず、小林秀雄が白洲次郎にGHQとの交渉を依頼したのだというが、実際に初版が出版されたのは1949年、決定稿とされるものが出版されたのは1974年のことである。
現在では一部に創作が加えられていることが判明しており、何故その必要があったのかという疑問は禁じ得ないが、日本海軍の象徴・戦艦大和の最期の出撃に参加した海軍士官の思いを知る作品としての価値はあろう。
(2010年5月了) -
Posted by ブクログ
題名どおり 戦艦大和の最期。
全部文語体 読みにくいことこの上なし。
しかも諸事情により読まざるを得なくなっただけの読者である私にとっては本当に面倒なだけ、、と 最初は感じていたが・・・
読みなれてくると この文語体が非常に効果的。スピード感 切迫感 今と違う空気 感情がついていかない不安感 とても内容にマッチしてるようなきがしてきた。そして驚くべき乗員達の第三者的な意見の数々、なんだ、、、こんなに分かっていたのか という衝撃。悲惨な状況 それに慣れている人 やはり辟易する人 今と違うようで同じ人。隠されてない当時の人の思いが書いてあったり でも格段驚きはしなかった。そうだよなあ、と思う。著者のめぐらす思いにいちいち反響してしまった。ただその時代にいた人達の叫びがやたらめったら染み入って 何度も涙がこぼれた。感動とは違う、打たれる という感じ。
きっとみんな分かっているのに どうしていまだ解決できないんだろう 大和を沈ませるのに成功した米でさえ そのご復興したたくさんの国でさえ みんなして解決できないこの大問題。誰かを紛糾したところで解決の糸口は見いだせない、この問題が解かれるのを そう長くは待っていられないのに・・・ただ焦りと悲しさを覚える。いろいろ著者には頭が下がる思いもした -
Posted by ブクログ
戦時中、戦艦大和の乗組員としてその特攻出撃に参加した著者による、記録文学。
硬派な文体で、虚飾や読者への媚びを一切廃し、ただ淡々と自分の体験した大和出撃を描く。途轍もなく貴重な書である。
ここには戦争に対する反省やら、人間の生き方についての哲学めいたものは登場しない。何を読み取るかは読者次第なのだろう。
乗組員の実体験に基づいている為全体的に臨場感あふれるが、特に轟沈から救出されるまでの下りの迫力は凄まじい。
こういった本を読むと、本当に今の我々の世代というものは戦争から遠ざかり、その教訓を実感として感じることがすっかり不可能となっていることを痛感する。