谷垣暁美のレビュー一覧
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ウェルギリウスの『アエネーイス』からの着想で、ゲド戦記のル=グウィンによって書かれたもの。
古代ギリシャの知識があればもう少し楽しめたかもしれない。
『アエネーイス』で脇役で取り上げられなかったラウィーニアが主人公のアナザーストリーのよう。取り上げられなかったからこそ、ここでは意志を貫いているように思う。
おもしろいのは作者のウェルギリウスが登場して、自分の作品の登場人物であるラウィーニアと会話をするシーンがあること。あなたの未来、私が書いてますよというような会話で、途中までその通りに進んでいく。最後の数十ページはハラハラしながら読んだけど、ラウィーニアの強さを感じたし、おおむねハッピーエンドと捉えていいのかしら。
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ネタバレ・『ゲド戦記』の似姿
『ギフト』でもうっすらと感じたことだが、『ヴォイス』ではさらに感じた。
『ヴォイス』に対応する物語は『壊れた腕輪』であろう。喰らわれしものアルハは設定が完璧すぎて、テナーをお姫様にしてしまった。その反動が『帰還』で爆発し、それによって一部の読者はやっつけられてしまった。
お姫様にならないための背景を与えられたメマーは、元気いっぱいに活躍する。しかし、怒りを秘めた内向的な若者として描写されていたにしては、ややご都合的ではある。
・一人称視点
説明調である。朗読向けなのか。そんな印象を『ギフト』にもった。狙いはどうあれ、一人称視点による事物紹介は説明調になりやすいようである。
事物紹介を一通り終えたあと、メマーが伸びゆくくだりにおいては非常に力強く働くが、メマーが不在である場面の語りや、先に述べた焦点がぼやける印象の場面では一転して弱い。
・すわりの悪さ
注目を集めるキャラクターが多すぎるせいで焦点がぼやける印象があり、いちどきに順に焦点が移っていく場合には嫌気を覚えることがある。演劇のスポットライト的な演出のように見えるというか。この物語にもその気がある。
・総括
物語よりも、設定に重きが置かれてしまった観がある。
「ありきたりな悪役」を避けようと工夫した気配というか、曰く言い難い物語のよじれのようなものを感じる。小物すぎる人物がその座を占めることになり、カタルシスが弱い。
日々は続いていく系のエンディングだが、物語に没頭できなかったためか、染みる感じはない。 -
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ゲド戦記の作者
子供は言われたことを信じないといけない。子供にとって、進んで信じることは生き続けるために、人間らしくなるために必要なこと。
教えられることに耳を傾けてそれを信じなくてはならない。情報が妥当であるかテストすることは常に許されるべきだが、同時に危険を伴う。
道路に飛び出したら?コンロの赤くなったバーナーを触ったら?ということはテストすることなく信じた方がいい。学ぶことが多すぎて全てをテストすることは不可能だ。本能的に死っていることがほとんどないので、世界をどのように把握し、その中で生きて行く道をどうやって見つけるかに着いて基本的パターンを人に示してもらわないといけない。 -
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ネタバレ最初からほぼずっと何かを非難したり責めたりしているので、なんだか疲れる。「鋭い指摘」とか、誰かをけなすための「ユーモアたっぷりの皮肉」とか、合う人はきっとたくさんいるんだろうけど、私がエッセイで読みたいと思っているのはそういうタイプの文章ではないな、とようやく気づいた。絲〇さんとかもズケズケ言う毒舌系でエッセイがどうも合わない。
ただ、それだけに「怒りについて」の話は考えさせられるところがあった。
本人も「怒りが私の行為や思考の燃料になっていることがいかに多いか、自分がどんなにしょっちゅう怒りに身を任せているかに気づかずにはいられない」と認めている。そして、怒りの有用性、怒りという武器が正当化される時について考えるのだ。憎悪、嫉妬、恐れからくる怒りの爆弾の信管を取り除くにはどうしたらいいのか、怒りを「創造と共感に役立つもの」にするにはどうするべきか、答えのない問いを残してこの章は終わる。
私がこの手のエッセイが嫌いなのは、たぶん自分の中に多分にある攻撃性が喚起されて、なおかつそのことにうんざり、いらいらして疲れるからだ。
私は怒りの表明を読むのにも、自分が怒るのにも疲れている。この問いは私の心にもぼちゃんと投げ込まれてきた。忌避してきた怒りから逃げ切れるわけではない。怒りはなくならない、どう付き合っていくべきなのか?なのだ。80歳のグウィンにわからないことが、簡単に答えを出せるわけないのは承知しているけれど。
最後のクリスマスの頃の話はどれも面白かった。特に知識と信じることの違いの話。「ごっこ」と「ほんと」の違いは、その楽しみを奪わない。繰り返される人の営みの中で、神話は効力を持ちうる。これは力強く温かい話だった。 -
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途中、途中、飛ばしながら最後まで完走。内容の厚いエッセイで、読んでいると考える脳を刺激され、落ち着かなかった。すんなり入ってくることもあれば、なんとなくしか理解できないことも。読む側を想定しないまるで独白のような文章を読むことはとても心地良く、エッセイというもののほとんどがこうであるなら楽しいなと思った。訳者あとがきで引用されていた一節が素敵だったのでメモとして掲載。
「お告げは命令を下すのではない。その逆で、考えるよう促すのだ。謎に対して思考を寄せることを、私たちに求めるのだ。考えて行動した結果が思わしくなくとも、それがわたしたちにできる最善のことなのだ。」 -
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西のはての年代記Ⅰ~北の高地のブランターに伝わっている不思議な能力はギフトと云うが,低地の人々は魔法使いだと思っている。カスプロ家に父から息子に伝わるギフトは「もどし」だ。父カノックはこのギフトで低地から妻であるメルを得て,オノックが生まれたが,オノックにはギフトの兆しが見られない。父との訓練,母との読み書きの学習をしている内に,隣国を併呑したオッゲは「すりへらし」のギフトを振るった。親密な隣国「ナイフ」のギフトを持つターノックと「呼びかけ」のギフトを持つパーンの間にはオノックと同じ年のメルがいるが,「呼び掛け」のギフトをメルは動物たちとの繋がりを付けるために使いたく,母のように狩りに使いたくはない。父が蝮に襲われそうになるのを見て左手を挙げた途端に弾けたのを見てオノックは思いがけずギフトを振るったらしい。意志を持っても現れず,恐怖や怒りで発現するのか。メルから貰い受けた犬が乗馬を邪魔した時にも現れ,トネリコを見た後で見つめた蟻塚をもどそうとして,一帯を混沌に戻してしまい,荒ぶるギフトを持つと恐ろしいと考えたオノックは父と相談の上,眼の力を封じるために目隠しをして過ごす決断を行う。噂は噂を呼び近隣にも聞こえるようになったが,母が物語を字を連ねて書に残す作業では,自分の新たな物語を紡ぐ力,言葉を操って詩を著す力を知った。オッゲの孫娘との縁談が出てくるドラムマントへの訪問で,オノックは散々弄られ,母は恐れられ,オッゲによってすり減らされたらしい。赤ん坊を流してしまったメルは徐々に命をすり減らして1年1日後に痩せ細って死んでしまった。その姿は母の願いによって一目だけオノックは見ることができた。荒ぶるギフトでオッゲに対し仇を討ちたい気もするが,そもそも自分が父から一族のギフトを受け継いだか否かも定かではない。母が遺した本を読みたくて,母の寝室から持ち出した本を夜明けの淡い光の中で見ても何も発現せず,盲導犬としてグライから貰ったコーリーを見ても何も起こらなかった。グライとの会話から,荒ぶるギフトが出現した時には必ず父が後方に控えていたことを思い出し,オッゲがロッドマントに略奪に来るという噂に助太刀に出る時,オノックは目隠しを外した。父はオッゲの配下の放った大弓の矢に倒れたが,オッゲとその跡取りを戻していた。役立たずのギフトを持っていても何も起こらないと考えたオノックとグライは低地に移ることを決断した~カリフォルニア在住だが本はイギリスから出いていて著者の名はフランス風。怪しさが漂うが,テイストは矢張りイングランド風。西の果ての北方だからスコットランド的かというとそうではなく,ドルイドや魔法使いが出て来るノルマンが来る前のケルト的雰囲気が漂う。要らない知識がある所為で素直に読めないが,ヤングアダルトには受け入れやすいのだろうか? 二冊目のヴォイスも読んでみましょう
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西のはての年代記Ⅲの上巻~ガヴは西のはての都市国家群のひとつであるエトラのアルカ家の少年奴隷だが,幸せなことに姉がいて面倒を見てくれエヴェラ先生から目を掛けられ次の教師としての教育を受けている。そして,これから起こることを思い出す特別な力がある。思い出したのは,緑の幟を立てた兵士がエトラの町を荒らして回っている様子だった。2歳年長の主人の次男トームと同じ日に生まれた奴隷のホビーは戦争ごっこで苛めに来る。ホビーの目の上を木の剣で傷つけた後は奴隷達によって井戸に逆さ吊りにされ殺され掛けた。トームは奴隷に武器を持たせたことと幼い奴隷の男の子を叩いて殺したことにより夏の農村でのバカンスに同行を許されず,ホビーも男奴隷のバラックに移って力仕事を担うことになる。長男のヤヴェンは優しい陽気な人柄で20歳の士官となると慈愛に溢れる女主人により姉のサロを与えられ,姉も幸せだ。南の都市と抗争が起き,北のカシカーが城壁に迫り,市には独裁官が置かれ,食糧は配給になり,悲壮感が増していく中で,奴隷はバラックに閉じこめられるか,公益の為に使役される。ガヴは城壁防備のための石班に配属され,班長になっていたホビーに執拗に苛められる。姉はヤヴンの子を産んだが月足らずと栄養不足で1時間後には亡くなり,ガヴは知識を頼りにされて書物を父祖廟地下に移動させる任を与えられる。他の館の者から自由に関する詩を教えられ感銘を受ける。南に展開していた連隊が漸く引き上げて市内からの攻撃でカシカー軍を撃退し,姉とヤヴンの幸福な時間が訪れたのも束の間,ヤヴェンが軍務で町を後にした隙をついて,トームとホビーは姉ともう一人の乙女を他の館の別荘に無理矢理連れて行き,姉はプールで溺れて殺された。姉の埋葬後,墓地に留まったカヴは茫然自失となって町に帰らず,荒れ野に赴いた。野人クーガと一夏を過ごし,冬はブリギン一統と,春には森の心臓・バーナの所へ移動し,知識を愛されてカヴは新しい国造りの相談相手として遇される~ル=グウィンと云えばゲド戦記。暗いお話だったが,彼がカリフォルニア生まれ,私の親と同世代だとは知らなかった。西のはての年代記は「ギフト」「ヴォイス」とこの「パワー」。ギリシアやローマの奴隷制がヒントだな。それよりも細かい描写なのは,どうしたら奴隷制を維持できるか,安定させられるかを作者が考えた末だろう。例えば,生まれた子はすぐに交換に出され,母と子の絆を断つとか。絹の囲いに門番を立てるとか。さあ,下巻に取りかかろう
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西のはての年代記Ⅲの下巻~バナーの率いる森の心臓に攫われてきたイラードはメルと云う名の妹を連れていたが,バナーから逃れるためにイラードがカヴの部屋に隠れていたことで命を狙われると恐れる周囲が森を出ることを勧めた。行く場所は故郷である水郷地帯しかない。14・5年前に攫われた時の姉と自分の名前だけだったが,すぐに伯母が見つかり,伯父の許へ送られた。水郷では男と女が別れて村を作り,男は狩りや漁で手に入れた水鳥や魚を持って女の許に行き,料理をして貰うのだ。大人の儀式と釣りの腕で認められたガヴは暫く後,自分の力の話を始めるが,伯母が同じ力を持っている事を知り,他の大人に葦の島に連れて行かれる。カヴは偉大なる目になれるという目使いのドロドは麻薬効果のある茸を使って思い出しをさせる。死に掛けているところに伯母が現れ,小さな子を連れて追っ手に迫られつつ二つの川を越えていく姿が見えたという言葉で,自由を求めて旅立つ。預けた金の入った巾着を取り戻そうとクーガの洞窟を訪ねると,クーガは小川の中で半ば白骨化した姿をしていたが,居間となる洞窟には彼の宝の塩箱が置かれ,きちんと巾着も納められていた。クーガを埋葬し,バナーの森を訪ねると,多くの死者を出した戦乱の果てにエトラとカシカは同盟を結び,不足した奴隷を補うために,森の心臓を焼き払い,イラードも連れ去られていた。メルを救い出したカヴィアは大学のある北東のメサンを目指すが,行く先々で吟遊詩人とも云う逃亡奴隷を執拗に追い掛けるエトラの者の噂で持ちきりだ。カヴィアは追っ手がホビーであることを直感し,村や町を避けて二つ目の川を目指す。渡し場近くでホビーを現れるのを見て,慎重に二つ目の川を越える。後ろを向こう岸に着いて振り返ると乗り手を失った馬が溺れかけている姿を見る。メサンに着いた二人は,自由の詩を書いたオレックを訪問し,自由と家と仕事と大学での学生という身分を得る~あれっ,これで終わり?