貫成人のレビュー一覧
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■目的
ニーチェの思想がどういうもので、哲学史にどういった影響を及ぼしているのかを知る。
■本の内容・特徴
「真理」についてニーチェ、フッサール、メルロ=ポンティ、フーコーの思想から解説。
■感想
これは一般人には一度読んだだけでは理解できないのではないでしょうか。小難しい話が容赦なく出てくる出てくる。まず哲学の体系が分かっていないと混乱するし、解説も理解するには難しいと思います。
私もよく分かりませんでした。悔しいですねぇ。しかし価値というものに本当の価値はないと考える私には、ニーチェの思想はとても面白いのです。難しい内容ではありますが、「真理」というものを多角な思想から書かれているこの本はしっかり押さえておきたくなりました。久しぶりに何度でも読み返したくなった本です。
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Posted by ブクログ
ネタバレ・プラトンは全ての人にとっての理想は善のイデアと説いた。人に限らず、全てがよりよい状態を目指している。
・デカルトは我思う故に我ありで主観こそ万物の存在する基盤と説き、自律的に存在する自分は近代個人主義の基礎となった。
・カントは実践理性批判で定言命法として人類全員がそれを行なっても構わないことしかしてはならないと説いた。それをやると最後は自分が困る。
・カントは判断力批判で、大自然や宇宙の神々しさを経験することを崇高と呼び、ひたすら想像力を拡げられるとした。全体の流れを阻害するものがなく適切なものが然るべき場所に置かれた宇宙全体の合目的性の流れに乗ることができ、すでにある知識や認識を超えて自然全体の中での方向性に乗る判断ができる(例えば、些細なことはどうでもよくなる)。芸術に触れるときも想像力が混乱なく拡がる点で同じく合目的性の流れに乗れる。
・マルクスは唯物史観で生産手段や生産活動などの下部構造が思想や言論、政治などの上部構造を規定すると説いた。
・ニーチェは善悪の根拠はルサンチマンによって弱者に有利なように作られたものであると説いた
・フロイトはナルシシズムで愛する自分というのは、ありのままの自分ではなく、もっと望ましい自分、理想自我とした。
・ハイデガーは日常の自分はつねに交換可能であり、自分の死を死ぬという非日常のみ、交換不可能な本来の自分に一瞬だけなれるという。
・サルトルは実存的決断を通じて自分の本質を決めるという実存主義を説いた。この困難さを、人間は自由の刑に処せられていると表現した。
・レヴィ=ストロースは人間が本人すら把握できない構造の一項としてのみ存在し、その行動が規制されているとして人間中心主義を否定した。
・フーコーは近代的自我は生の権力や性言説によってその行動と欲望を規格化されて作られたものに過ぎないと説いた。
・強権的政府の権力や、資本主義における生産体制からの疎外から自由になっても、欲望のままに生きるのであればそれは欲望の奴隷でありかえって不自由になっている。フーコーは生の権力や性言説に従って自分を縛る技術や技巧を自在に使いこなすことで、新たな自分だけの方向が創発的に形を結ぶという生存の美学を説いた。
・世界的な脳外科医と母親のどちらを助けるか。ベンサムの功利主義によれば医者、カントの規範主義によれば各人を対等に扱う、サルトルの実存主義によればどちらも不正でない限りどちらを選ぶかは自分の決断次第となる。公益重視の親不孝者か、親孝行者か。
・未来の世代のために環境問題を解決するという行為は、他人に危害を加えないのは自分が加えられたくないから(カントの定言命法など)、という近代倫理理論の範疇外にある。
・宗教、経済成長、戦争という超越的価値がなくなった今、人生の普遍価値はなくなった。ただ、個人レベルでは一期一会の状況で意味は自発的に発生し、それを積み上げるのがフーコーの言う生存の美学となる。哲学が教えるのはその人の人生の意味が何かということではなく、どこに意味があり得るかということである。
・状況が大きく変わりつつある現代では、いま・ここ・わたしよ哲学を自分で作り上げていかねばならない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレやはり赤ちゃんには離乳食だし、病人にはおかゆなわけで。
いきなり哲学の硬いリンゴは食せないので、すりおろしリンゴにしてみた。
本著はカント哲学を端的にまとめた4コママンガで、大変わかりやすい。
カントによると、哲学の問いは
「人は何を知りうるのか」
「人は何をすべきか」
「人は何を望みうるのか」
の3つに集約されるそう。
特に「人は何を望みうるのか」では、いくら人間が鳥になりたくても鳥になることはできない。
しかし、飛行機に乗って旅行したり、鳥人間コンテストに出たりはできる。
つまり望めることと望めないことを区別して、何のために生きるかを考えることで、人生は随分違うものになる、という話に感銘を受けた。
ルソーの「不幸の本質は能力と欲望のギャップである」という話に似ている。
カントはルソーの『エミール』をあまりに読み耽って、いつもの散歩を忘れたというくらいだから、ルソーの延長線上でカントの考えが生まれたのかなと思うと、さらに面白くなった。
また、「人は何を知りうるのか」(認識論)に関して、人間の知的能力には限りがある、わかりようのないことは素直に諦めようというのがカントの基本的な考えとのこと。
当時はイギリス経験論(英)と、大陸合理論(仏・蘭・独)の対立があった。
・経験論:確認検証作業を重視
・合理論:合理的推論を重視
そして、経験論が行き過ぎると懐疑論に、合理論が行き過ぎると独断論になってしまうことから、カントは両者を調停し、知と信を区別して、知の対象をはっきりさせた。
・懐疑論:目に見える証拠がないと断言できない
→ボールの裏側は見えなくても、ボールが転がっていると言えるように、目に見える証拠がなくても経験は成立している
・独断論:証拠がなくても推測によって断言し、独りよがりになる
→見たり聞いたりして確かめることもできず、矛盾=二律背反するような主張は形而上学的であり、信仰の対象であって知の対象ではない
上記の過程から、「一つのボールの動き」に関する目に見えない単一性や因果性を語れるのは、「一つのボールに関する経験」を経て、人間の知性から「純粋悟性概念」が生まれたからである。ボールがあるから経験できるのではなく、経験ができるからボールがあるんだという、この発想を「コペルニクス的転回」というそうだ。
なかなか難しくもあったが、またいつか深掘りしたいし、ルソーの『エミール』が読みたい。 -
Posted by ブクログ
ニーチェ以後の哲学は、「普遍性」や「本質」「真理」、そして「自我」などの概念が確固としたものとして存在するという見方をしりぞけ、それらがさまざまな社会的関係の網の目のなかで規定されていることを明らかにしてきました。ニーチェのパースペクティヴィズムや後期フッサールの生活世界の現象学、フーコーの系譜学やシステム論などの思想に、そうした新しい考え方を見ることができます。本書は、身近な文化現象のなかにある具体例をとりあげながら、そのような新しい哲学的な発想について論じています。
哲学的な「見方」によって、身近な文化現象がどのように見えてくるのか、ということがわかりやすく解説されており、哲学のおもしろさに触れることのできる本ではないかと思います。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ★★★☆☆
少し前に哲学・思想の歴史的な流れを理解したいと思って入門として評価の高い本を3冊買った。
『哲学入門』『ヨーロッパ思想入門』と順に読んで本書がトリとなる。
3冊読んでわかったことがある。
どうやら哲学は向いていないみたい。
一冊だとたまたまその本が合ってない可能性があるので3冊読んだんだけど、どれもいまいち頭に入ってこない。
僕の場合、別に勉強のために読んでいるわけじゃないから興味がわかないなら無理する必要はないわけ……
なんだけど、なんか止められない、哲学や思想に惹かれる部分が自分の中にあるのだ!
実際、萱野稔人さんの著書なんかは『国家とはなにか』みたいな僕からしたら結構難しい本でも、深く理解できているかどうかはともかく、ちゃんと最後まで楽しく読めているし、もっと難解なジャック・ラカンに関する本も好きだったりするわけで。
哲学・思想といってもいろいろ細かくわかれているみたいだから分野によるのだろうか。
どなたか素人でも読める哲学・思想系の本でおすすめのものがあったら教えてくれません? -
Posted by ブクログ
私たちは、自分の当たり前から抜け出すことがなかなかできない。「無知の知」は非常に有名な言葉だが、実践は難しい。一人の人間が知り得ることには限界があると理解していても、やはり自分が身につけてきた認識や思考の枠組みにとらわれてしまい、知らないという状態そのものに気がつかず、過ちをおかしてしまうことがある。
自分にとっての未知を発見し、新たな知識や経験を得ていくために、問いを立てるという方法が一つあると思う。日常考えもしない事について、なぜだろうと考えてみる。幸運にもうまく問いを立てることができれば、自分が答えられるかどうかで、自分の無知に気づくことができるかもしれない。
本書にあるように、哲学史は「問いと答えのアーカイブ」だといえる。先人達がいかなる問いを立てて、いかにして自分なりの(しかも後世に伝えられるような)答えに到達したかという事例の宝庫だ。それは、うまく利用すれば、自分が問いを立てる上でのヒントとなりうる。このアーカイブを有効に利用するためには、誰がどのような事を問うたのかを、大まかにでも知っておいた方が良いだろう。
本書は、西洋哲学が問題として来た内容を、概ね時系列に沿って紹介するとともに、どのようなことが、どのような切り口から問われてきたか、を哲学的思考図式の変遷という視点から整理するものだ。
すなわち、
①「~とは何か」
②「わたしとは誰か、なにを知りうるのか」
③ 問い①×②
④「なぜそれを問うのか」
というように「哲学の問い」が変化してきたとして、先人たちの哲学をマッピングしようというわけだ。なお、巨大な地図がついているというわけではない。
①から④に至るまでの流れは、問いの変遷というシンプルなガイドを導入することにより、確かに位置づけしやすくなっているように感じた。しかし、④「なぜそれを問うのか」に至ってから以降の現代哲学の紹介については、私には少々分かりづらかった。
これは一つには多様な学説を紹介しきるには字数が限られているということもあろうかと思うが、現代哲学を整理する有効な座標のようなものが、現時点ではまだ見出しづらいということにもあるように思う。もちろん、現代哲学に親しみがある人だとまた感想が異なる可能性はある。
幸いにも、本書には、さらに理解を深めたい読者のためのブックガイドも用意されている。これらを参考にさらに知識を得た後に、もう一度立ち返り、再び思考を整理してみるという方法もありそうだ。
ブックガイド付きでお値段もお求め安く、文章も平易であるため、興味はあるが難解な専門書はまだちょっと、という方にとっては十分お買い得ではないだろうか。 -
Posted by ブクログ
古代ギリシャから現代哲学までの西洋哲学の流れを総まとめしてくれている。東洋思想にも触れられていて、日本人である私にとって、とても受け入れやすい解説だった。
入門書であるが、前提知識を全く持たない人よりも、ある程度、各哲学者やその思想の知識を持っている方に勧めたい。
点であった知識がつながり、線の知識になる。線と線が交差し、発展することで、自分なりの哲学マップが形成される感覚を味わうことができた。
まだまだ、未開の地は多くある。
知識も浅いものばかりだ。
新たな知識を開拓し、今の知識をさらに深くする。
そして、より立体的な、哲学マップを形成していたいと思う。 -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
われわれは、ある限られた状況からの眺め・考え・感覚をたやすく真理ととりちがえてしまう。
この病いを癒すためにもっとも有効なのが、ニーチェにはじまる二〇世紀の哲学にほかならない。
真理の相対性を明らかにしたニーチェ、その生成メカニズムを分析したフッサール、われわれが真理をいかに生きているかを問い直すメルロ=ポンティ、そして、権力との共犯関係を暴くフーコーを軸に、さらに分析哲学の真理観までを紹介。
現代哲学の、そして、われわれが生きることの入門書。
[ 目次 ]
第1章 真理の脱価値化-ニーチェ(“眺望固定病” 力への意志 “自我”“真理”“実体”)
第2章 真理の生成-フッサール(“真理”の場所-志向性理論 自我という構造 超越論的速度性)
第3章 生きられる真理-メルロ=ポンティ(原初的構造-『行動の構造』 “状況‐身体‐系”の力動的分析-『知覚の現象学』 “世界”の分節化?知覚
肉)
第4章 真理の政治性-フーコー(「理性」の他者-『狂気の歴史』 『言葉と物』 権力と生政治 言説が生成する場-力への意志
フッサール、メルロ=ポンティ、フーコー)
第5章 真理制作の方法-フレーゲからクワインまで(分析哲学の歴史 超越論的パースペクティヴィズムと分析哲学)
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[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]