ホッブズのレビュー一覧

  • リヴァイアサン1

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    理想的かといえば理想的。必然的ともいいうる国家像を到着地点として、組織や個人についての意義、特徴を丁寧に紐解く姿勢に、精緻な構造化を図ろうとする姿勢が窺われた。特に、人間という生物についての考察がなされており、一見現実主義に偏向しているように思えるようで深淵な思想家であると感服した。

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    2026年06月14日
  • ビヒモス

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    A アリストテレスの哲学が宗教の要素とされたことも、大学から始まった。それは、キリストの体の性格や、天国における天使や聖徒の状態にかんする、非常に多くのばかげた信仰箇条を言いつくろうのに役立った。大学はそうした信仰箇条を、信仰させるにふさわしいと考えた。なぜなら、そうした信仰箇条は聖職者に対して、その最も地位の低い者にすら、利益や崇敬を与えたからだった。最も地位の低い聖職者でさえキリストの体を作ることができる、と大学が人々に信じさせ、とくに人が病気の際には、聖職者が救い主をこしらえて病人のところへ持ってきてくれる、と信じられるならば、聖職者に崇敬を示さない者が、また聖職者や教会に物惜しみするような者がいるだろうか?

    B しかし、アリストテレスの教説は、こうしたペテンにおいて、どのように聖職者の役に立ったのでしょうか?

    A 彼らは、アリストテレスの教説というよりも、その漠然としたところを利用したのだ。彼らのお得意は、人々を言葉で困惑させて陥れ、ローマ教会の決定で最終的決着をつけねばならぬような論争を培養することだった。この点で、アリストテレスのそれこそ、うってつけの古代哲学者の文書だった。彼らは、アリストテレスの教説における多くの議論を利用した。

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    2026年02月21日
  • リヴァイアサン1

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    君主は頭。元老院は心臓。財務官は胃腸。裁判官は目耳舌。兵士は武装した手。役人は武装していない手。農民は足。国家は身分秩序の下、共通の目的のために協働している。ソールズベリのジョン『ポリクラティクス』1159

    唯一最高の普遍的な政治的権威・世界帝国が秩序を生む。ダンテ・アリギエーリAlighieri『帝政論』1312

    サン・バルテルミの虐殺(1572)。宗教による暴力が横行。悲惨。無秩序。秩序を取り戻すため、何者にも(ローマ教皇にも)依存従属しない主権者が必要だ。主権者は絶対であり、いかなる抵抗も許されない▼国家を国家たらしめるものは、主権的権力であり、それは絶対・永続・不可分である▼主権者は臣民の同意なしに法律を作ることができる。主権とは何よりもまず立法権。主権者こそが法の源泉であり、主権者自身は法に服さない。ジャン・ボダンBodin『国家論』1576

    人間は自分の生命を保存・発展させる権利(自己保存の権利)をもつ。人間は他人と自分を比べ「もっと、もっと」と自分の利益を追求し続ける▼しかし富は有限なので、パイを奪い合うことに。個人はばらばらに自分の目的を追求している。無秩序で、孤独で、貧しく、卑劣で、残酷で、皆がお互いに戦争状態。悲惨▼そこで、人々は自分の生命を保存・発展させる権利を放棄して、国家を作る。私も放棄するから、君も放棄してくれ。国家に全権委任。絶対権力下での平和・秩序が達せられる。ルールを破る人間には国家権力(主権者)が刑罰を与える。その力がないと社会は成り立たない。剣なき法律は、ただの紙切れにすぎない。国家が怪物リヴァイアサンになるのもやむを得ない。権力は必要悪▼法は国家の主体(主権者)の命令であり、主権者が自由に改変でき、主権者自身を拘束しない。ただし主権者自身も神の僕なので、自然法を遵守することを義務付けられる(21章)。臣民の自由は臣民それぞれの私生活など主権の及ばない(法によって不問に付されている)範囲に限られる。トーマス・ホッブズHobbes『リヴァイアサン』1651
    ■自然権。各人がそなえている自由。自らの裁量・理性に照らして最適なことをやる自由(14章)。
    ■自然法。理性によって発見された普遍的な行動規範。例えば、人の生命を害したり、生存の手立てを奪い取ることは禁じられている。人の生命の維持に役立つと分かっていながらそれを怠ること(不作為)も禁じられている(14章)。
    ■共通の権力がないところに法はない。法がないところに不正はない。人間の欲望や情動はそれ自体としては罪にならない。情動を動機とする行為もそれを禁ずる法律がない限り犯罪にはならない(13章)。
    ■あなたは就寝するときに、(家の)ドアを施錠しないだろうか(13章)。

    教皇(カトリック教会)の権威を再認識し、教皇が各国の君主の主権濫用を監視すべき。ド・メストルde Maistre『教皇論』1819

    平時は法で統治できる。しかし危機(例外状態)が必ず起きる。戦争、国家崩壊的危機、憲法が想定しない状況。非常時は法律は機能しない。それでも決断が必要。その決断者が主権者。主権者とは例外状態について決定する者▼ただし、法は例外を排除できないが、例外を「想定構造」として内包している。主権者は決断者だが内容決定者ではない。例外時の決断は秩序を維持するための行為。カール・シュミットSchmitt『政治神学』1922

    古代ローマ法。「ホモ・サケル」とは、殺されても法的には罪に問われないが、宗教的儀式の犠牲にはできない存在。法秩序の内側にも完全な外側にも属さないという奇妙な位置に置かれた人間。人間の生には単なる生物学的生命(ゾーエー)と、政治的・社会的に資格づけられた生(ビオス)があり、ホモ・サケルとは後者を剥奪され、前者に還元された「剥き出しの生(bare life)」▼主権とは誰を法の保護圏から排除するかを決定する権力。単に秩序を維持する力ではなく、ある人間を法の内と外のあいだに宙吊りにし、保護されない生として生かし続ける力▼ 現代政治において例外状態は一時的な非常事態ではなく、むしろ常態化している。法の外部に追放された存在は特殊な例外ではなく、統治構造の中で継続的に生産される。収容所や難民の状況はその極端な例であり、そこでは人間は法的主体性を剥奪されたまま、生物学的生命としてのみ管理される。ジョルジョ・アガンベン『ホモ・サケル』1995

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    2025年02月26日
  • リヴァイアサン2

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    イスラエルやイギリスのことについても触れられていて、今日の情勢のことを思うと予見の書のようにも読める。

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    2021年09月11日
  • リヴァイアサン2

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    リヴァイアサン1に引き続き、1で構築した人間はほっておくと悪さをするというロジックの上に、
    より具体的な国家のあり方、法について説かれている。

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    2019年02月13日
  • リヴァイアサン1

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    元祖 民主主義・社会契約論である
    イングランドのホッブズ著の『リヴァイアサン』

    1651年に刊行。

    まず言えることは、
    この古典がなければ恐らく、
    ジョン・ロック『市民政府論』、トーマス・ペイン『コモンセンス』、ルソー『人間不平等起源論』などの、民主主義を振興した古典達は生まれなかったであろうということ。

    ということは、
    名誉革命も、アメリカ独立戦争も、フランス革命もあの時期にあのように起こりはしなかっただろう。

    歴史に「If」はないというのはもはや陳腐な言い方かもしれないが、このホッブズの『リヴァイアサン』に関してはそれほどのインパクトを与えた、今の世界を構成している民主主義国家の礎となる概念、自然法や人権というものを生み出していくきっかけとなった本だ。

    人間というのは、自然状態、つまり原始の状態では、互いに争いを行うということが、ホッブズの論理の前提となっており、
    それを表す著名な言葉が「万人の万人に対する闘争」

    それが故に、人間は国家で法律を決めてきちんと管理されなきゃならんと言う。

    ホッブズは、
    なぜ自然状態では万人の万人に対する闘争になるのかというメカニズムを、
    国家を構成する人間の本性にまでさかのぼって論じている。

    この光文社のリヴァイアサンは2巻あるが、この1巻はほぼ全てをその論証に使って、緻密に論理を組み立てていっている。

    この緻密さがまた、この古典を古典たらしめた所以だろう。

    人は論理的に説明されるからこそ、
    ちゃんと腹に落ち、深く腑に落ちるからこそ、
    その論理は残るのだから。

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    2019年02月08日
  • ビヒモス

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    まだ、リヴァイアサンを通読できていませんが、先にベヒーモスを読んでみました。イングランド内戦の原因と経緯を踏まえて、主権論を検討しようというものと理解しました。

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    2018年09月17日
  • リヴァイアサン2

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    国家について、特に法律の意義、もっというと立法者の考えや国の状況、さらに時代背景までの1つの見識を得られた。このような考え方は、日本の法律についての洞察と推察、そして判断するのに際して、自分にとって有益な物差しとなった。

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    2026年06月17日
  • リヴァイアサンI

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    ネタバレ

    Xで日本人の絵師に汚い英語のポストを浴びせては、ジョークだという人がいる。その人たちにこれを言いたい。"説数とか公共の場において、あるいは未知の人々、尊敬すべき人々の面前では、ことばの遊びは必ず愚かな行為と受けとられる。このちがいもまた分別の欠如から発する。したがって、知力がないとき、そこに失けているのは想像力ではなく、分別である。したがって、判断力は想像力を伴わなくとも知力であるが、判断力を伴わない想像力は知力ではない"

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    2025年02月18日
  • リヴァイアサン1

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    自然法という言葉は教科書で習ったけど、それがなぜ「自然」と言えるのかはよく知らなかった。「当たり前」の根源に立ち向かう哲学書。

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    2023年05月21日
  • リヴァイアサン1

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    例の闘争状態を証明するために、人間の性質についてかなり細かく論じられているのが面白い。契約などについての自然法が、平和の追求を基本として演繹的に導かれているのもよく分かりました。素晴らしい翻訳がそれらの理解の助けになっています。

    ホッブズが分析する人間の行動様式は、感覚的に納得のいくものばかり。現代人も基本的には変わってないなと思えるので、彼の演繹には普遍性があるかも。その人間の愚かさを前提に三段論法で万人の闘争状態を導く流れは見事です。

    個人的には、ある程度豊かさの底上げがされ、人間の利他性や共感力が証明されてきている現在、この理屈が通用しない世の中がくるのでは?という期待を持っています。

    ホッブズの基本原理が平和であって豊かさではないところは面白いです。その結果、正不正の概念は国家と法がないと成立しないのでなんとも不安になりました。平和のみを追求する結果、格差の拡大を許し、契約による正義でそれが正当化され、結果として人が不幸になるのではと。

    自然法を演繹的に導いていますが、その基本原理が平和の追求であることの根拠が欲しかった。個人的な欲求は人それぞれだから、それを目指すと闘争状態になると書かれてますが、うーん、腑に落ちない…。

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    2022年09月17日
  • ビヒモス

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    『リヴァイアサン』で知られるトマス・ホッブズの晩年の著作。イングランド内戦を体験した年長者Aとそれに質問や合いの手を入れる若年者Bの対話篇という形式をとっている。イングランド内戦の歴史的経緯を追うといっても、史実を細かく列挙するのとは少し趣を異にしている(というか日付の間違いなどの指摘が訳注などでなされている)。むしろ、イングランド王国が崩壊し、主権の担い手が変遷し、最終的に王政復古によって秩序が回復していく経緯に因果論的説明を加えていくのが本書の主旨だといってよいだろう。その意味で、第一部は、内戦勃発の原因を聖職者集団に求めるあたり、教会の力と国家秩序確立の努力が相反するに至った17世紀の経験を濃縮的に表現している。その後は内戦の経緯をたどりながら、王の処刑、クロムウェルの護民官就任、王政復古といった事件が語り出されていくが、いずれにしても、内戦という最大の悪を現出させた(とホッブズは考える)長老派や議会に対しては非常に手厳しい批評が加えられている。この悪を防ぐためには、誰にでも分かる正義の準則を大学で教えるしかないという主張は、『リヴァイアサン』に対する自負の念を窺わせる。また、「至高の権力」は民兵権であるという本書で度々強調される主張は、ホッブズの主権理論理解の参考にもなるだろう。

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    2015年04月06日
  • リヴァイアサンI

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    本書は、コモンウェルスにかんする論述である。ホッブズはコモンウェルスを巨大な人工人間ととらえ、これを論ずるにあたり以下四点について考察する。①その「素材」と「製作者」がともに「人間」であること。②「いかにして」またどのような「契約」によって人工人間はつくられるのか。③「キリスト教的コモンウェルス」とは何か。④「暗黒の王国」とは何か。本書(第一巻)では、①と②についての考察が述べられる。

    ・リヴァイアサンの素材と製作者がともに人間であること
     ホッブズはまず「人間」に関する考察から始める。ホッブズが用いた方法は自身への内省であった。ホッブズは、「ひとりの人間の思考や情念は他の人間のそれに類似している(P9)」ことを確信し、そのため自分自身について内省することは、人間一般についての知識を得ることだと信じているのである。ホッブズは、人間の情念についての考察を終えたのち、人間の自然状態についての考察に移る。人間の個体差などはわずかであり、肉体的な強さにおいても、精神的諸能力においてもほとんど平等である。圧倒的に有力な個体がいないのであるから、もしも人間の本性に「争い」の原因があれば、争いはとまらない。ホッブズは、人間の本性には、争いについての主要な原因が三つあると述べる。第一は競争、第二は不信、第三は自負である。自分たちすべてを畏怖させるような共通の権力がない間は、人間は戦争と呼ばれる状態、各人の各人にたいする戦争状態にある。この状態においては、正も不正も存在しない。ではこの状態からいかにしてコモンウェルスの建設が行われるのか。それは自然法による。自然法は、自然権を基礎に理性によって発見される一般法則である。自然権とは、「各人が自分自身の自然すなわち生命を維持するために、自分の力を自分が欲するように用いうるよう各人が持っている自由(P177)」である。自然法が発見されていない時、各人は自然権のみを所持しているので、必ず自然状態に陥る。ここでは、自己の安全は全く保障されていない。この状態から理性によって自然法を発見するのである。自然法は二つの要素からなる。第一に「平和を求め、それに従え」。第二に「可能なあらゆる方法によって自分自身を守れ」。ここから、次のような法が導かれる。「平和のために、また自己防衛のために必要であると考えられる限りにおいて、人は、他の人々も同意するならば、万物に対するこの権利を喜んで放棄すべきである(P179)」。こうして、コモンウェルス建設に向かうのである。


    ・「いかにして」またどのような「契約」によって人工人間はつくられるのか
     上述した通り、理性により自然法が発見され、コモンウェルスが設立される。コモンウェルスをホッブズは以下のように定義する。「それは一個の人格であり、その行為は、多くの人々の相互契約により、彼らの平和と共同防衛のためにすべての人の強さと手段を彼が適当に用いることができるように、彼ら各人をその本人とすること(P238)」である。そしてその原理は自己保存の原理であった。したがって、コモンウェルスの設立「目的」も同様に安全の保障である。コモンウェルスの設立は二段階に分かれる。一段階目は「和合」の成立である。契約により、相互侵害を止める。しかしながら、この状態は刹那的な性質のものである。永続的ではない。そこで、第二段階として、この和合を恒常的・永続的にするために公共的な権力(コモン・パワー)を設立するのである。公共的な権力を確立するため、契約者は個人の持つあらゆる力と強さを譲り渡す。これは、同意もしくは和合以上のものであり、「それぞれの人間がたがいに契約を結ぶことによって、すべての人間が一個の同じ人格に真に結合される(P237)」。以上のようにして、人工人間は設立される。

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    2014年12月07日
  • リヴァイアサンI

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    「名前は知ってるけど読んだことないよね」シリーズ。
    存外に良かった。第一章 人間についての後半部。
    もう一冊ある。

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    2011年06月03日
  • リヴァイアサン2

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    第2部は国家について書かれています。主権者が絶対的で法の影響を受けないと書かれているところが、絶対君主制を擁護しているようにも取られますね。しかし、自然法における個人の自己保存を認めている点で、主権者に盲目的に従うようには言っていないようです。

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    2026年03月29日
  • リヴァイアサン1

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    第1部は人間について書かれています。180ページまでは人間についての説明なので読み飛ばしました。その後、自然状態について書かれています。ここが「万人の万人による闘争」が書かれている部分です。

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    2026年03月29日
  • リヴァイアサン2

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    『リヴァイアサン』の第2部の訳本。
    何とか読み終えました。

    第1部は人間に対する考察本で、読んでいてかなり辛かったのですが(400年前の本ということもあり、科学のレベルが低く、読んでいて辛かった…)、第2部は、政治や国家に関する内容ということもあり、第1部と比べると読みやすかったです(科学と比べ、政治や国家の進歩は遅い、ということか…)。

    とはいえ、「主権者のあり方」や「宗教と政治の関係」については、やはり400年前の本ということもあり、考察が不十分だと思われる点や、論理がおかしい点が多々あり、第1部ほどではないものの、読んでいて辛かったのは事実。

    この本で最もよかったのは翻訳者による解説。
    本文の消化を促してくれる整腸剤のような役割を果たしてくれました。
    また、本編の内容の古臭さをカバーしてくれますし、原著の背景の説明や、本編の内容と現代社会をつなぐ補助線の提示は秀逸。

    『リヴァイアサン』の原著には、第3部と第4部もあるようですが、本シリーズは、第2部で打ち止めのようですね(そもそもそういう企画としてはじまったようですし)。
    残念。

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    2024年06月30日
  • リヴァイアサン1

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    社会科学を勉強していると、ちょいちょい『リヴァイアサン』の話が出てくるので、「読まないといけないかも」と思い、読んでみました。
    が、正直言って、要約本があれば、それを読めば十分かも、と思いました。

    原著は400年前の本ということもあり、仕方ないとは思うのですが、とくに理系的な素養がある程度ある人は、自然科学やそれに類する部分に関わる記述ではツッコミどころが多すぎて、読むのがつらいかもしれません。
    ロジックも甘く、場合分けも粗いですし、エビデンスも希薄で、客観性に乏しく主観的。

    「この本をたたき台にして、社会についていろいろ考えていきましょう」という位置づけであれば、読む価値はあると思いますが、現代社会のあり方や仕組み、現代社会に至るまでの歴史をそれなりに知っている人であれば、わざわざこの本を読むことはないと思います。

    とはいえ、この本は、『リヴァイアサン』の第一部でしかないので、念のため、続きも読んでみるつもりです。

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    2024年06月19日
  • リヴァイアサン2

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    君主が絶対的な主権を持つべきという主張をベースに、国家がどうあるべきかを演繹的に導いていきます。徹底してロジカルなので、まあそうなるよね、という当然の論理展開であまり面白みがない。そのうえ法律や宗教などの固い話が多かった。

    君主が自然法を守って国民の平和を守ることが大前提なのに、その根拠が薄いです。そのせいでその先の演繹が不安定になっているのは、一巻でホッブズ自身が注意していることのブーメランではないか。

    君主への要求が高すぎて、プラトンの哲人皇帝のような非現実的な主張になっているかもしれない。最後にホッブズがそう自戒しているのが面白い。

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    2022年09月26日
  • リヴァイアサン2

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    2021.9.3

    時折非常に読み難く感じるのは理解力に乏しいからか?
    ひとまず「万人の万人に対する闘争」の不安から避難するために主権者に本来持っている権利を()に入れて明け渡し、政府を作って日々の安寧を手に入れるべき。と理解した。

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    2021年09月04日